はりせんぼん

今は調査員のお仕事をしている、もと看護師。最近、お勉強不足、渇を入れてやってください。

田んぼの馬

2008-09-30 17:58:36 | 日記
 もう30年近く前に、あろう事か路線バスが正規のルートを外れ、農道を迷うという事件?に同席した。乗っていたのは、大半が我が高校の学生で、なかなかにして混乱した。というのも、その日は中間試験日で、そのバスが登校時間ぎりぎりの別名「遅刻バス」だったからである。
 このバスに乗り遅れれば、一時間後にしかバスはない。だから、どれほどすし詰めになっても、文句一つ言わずに皆もみくちゃになっていた。誰が名付けたのか知らないが、元は「地獄バス」だったのだが、その日のバスは騒然きわまりない状況であった。

 で、学生が騒げば、運転手も緊張が高まる。「どなたか道をご存じの方はいませんか」と、最初は悠長な物言いであったが、しばらくすると「道がない!」とアナウンスする。学生が「えーっ」と大声を上がる。と、「あ、あんなところに馬がいました」とアナウンス。学生たちは笑っていいのか、怒っていいのか、もうどうしてよいのかわからなくなってしまった。
 だが、その馬の一声が役に立った。その馬とは隠居した真っ白な農耕馬で、名を「シロ」といった。生物部のフィールドワークで彼にはもう何度も出会っていた。「私、道がわかります」。そう申し出ると、運転手は「脱輪しないような道を案内できるの?」と聞いてから、運を私に託すことにした。刈り穂の目立つ田んぼをグルリと迷うことしばし、ようやくバスは正規の軌道に戻り、私たちは20分以上の遅刻をして試験になだれ込んだ。

 試験が終わった日、私たち有志は「シロ」に会いに行った。シロは鼻ずらを突き出して私たちの顔をなめてくれた。そこへ飼い主のおじいさんがやってきて、「ほう、シロ、若い彼女がたくさんできたか」と背をなで始めた。そして、「シロが20歳、ワシが90歳、今度、君たちと会う日はあるのかなぁ」と言った。
 気の利かない少女たちは二の句をつげずに、皆うつむいてしまった。おじいさんは、「いいんだよ、きっと君たちにもわかる日が来るから」と、確かそんなようなことを言った。

 今日、場所も時代も違う田んぼの真ん中で、農耕馬が飼われているのに出会った。聞けば、最近近所のおじいさんが飼い始めたとのこと。その馬は栗毛に流星が白く浮かんでいた。なの知らぬ馬は、私の顔を大きな目で眺めて、何度も瞬きした。その瞬きを眺めているうちに涙が出てきた。「ゴメンね、歳だから涙もろくなっちゃっているのよね」。走馬燈のような思い出、とどまることを知らない……。
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 こんな時にカメラがない…
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ぐるぐる(その3)

2008-09-29 18:08:38 | 日記
 叔母の大島を初めて用いて着付けてみた。母のお古では上手になったと独り合点していたのであるが、なかなかにしてくせ者の大島であった。おまけに、帯も義母のお下がりを身につけたところ、気に入ったようになるのに一時間かかってしまった。
 誰も我が家に訪ねぬことを前提に「お一人様の着付け教室」を開催しているのだが、こんな時に限って郵便屋のピンポンがある。「はりせんぼんさん、書留です。ハンコをお願いします」。玄関を開ける前から何も大声で呼ばなくてもよいものを、居留守も使えず、「こんな格好で」と着物の袖先だけ出して応対する。相手は顔なじみになっている郵便屋であった。着物を見てどう合点したのか、「イヤー、えらいところにご迷惑をおかけします」などと謝っている。そうじゃない、そうじゃないと言いたいのだけれども、「すみません、不作法で」とこちらも謝っておいた。
 それっきり誰も訪ねてこないだろうと思いきや、電話などが鳴って、帯のぐるぐるが足に絡まりついたまま、大蛇を背負ったオバサンの図で電話口に出る。「奥さん、息が切れておられますが?」。電話向こうで案じてくれるが、事情を説明する義理もない相手である。一人苦笑いするのみ。
 かくして、叔母の大島と母の長襦袢、義母帯が一体になった。やれ嬉しと肩をなで下ろした。それから、順繰りに脱いではたたみ肌襦袢だけになると、汗でしっとりしていた。汗かきながら着付けとは……。まだまだ発展途上の「お一人様の着付け教室」である。
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ぐるぐる(その2)

2008-09-26 17:50:32 | 日記
 「よくもまあ、アポイントともらずに人に会いに行くものだ」と、愚息君が怒っている(今日は学校が休み)。最初に訪問したのは、展示会を後援してくれている新聞社。その広報担当者である某氏に面会を求めると、「今、出先です」と言う。改めて時間をお約束して、再訪問することにした。その空いた時間に、「あなたおいしいお昼でも食べに行かない? 」と誘ってあげたのに、親には厳しい思春期の愚息君は上記の文句をたれた。
 で、食べないのかといえば、食べに行くという。さっそく支度をして、店に着くやいなや食べる、食べる。「いったい幾ら食べたら気が済むのよ!」。今度はこっちが怒っている。
 それから、某美術館の学芸員さんに会いに行く。その美術館で、懐かしい人に出会った。硝子張りの一室、それは市民ギャラリーと呼ばれるスペースなのだが、そこで俳句の会に参加していた。電動車いすの人である。私の顔をのぞいたせいではないと思うのだが、目が真っ赤に充血していた。その眼で、「ああ、お懐かしい」と言う。するとすかさず、「あら、○○さん、この人がお話になっていた、そう、よく話題にしていた看護婦さんじゃないの?」と主催者が聞く。「そうなの?」とまた彼をのぞき込むと、顔まで真っ赤になって、否定も肯定もしない。……トットットット……。慌てて再会を約束し立ち去った。
 いっぽうの某学芸員さんは不在であった。美術館の職員の曰く、「別の部署に変わりました」。その部署というのが、健康保険課というのだから面食らった。とりあえず、今度の展示会のパンフレットを置いていただけるか相談すると、快諾してくれた。
 それから、健康保険課のある場所に車を走らせた。彼は確かに健康保険課にいた。「まあ、そういうものです」と苦笑いしつつ、展示会についての去年の記憶、これから先のことなど、あれこれ気にとめていたことを話してくれた。ああ、こんな人こそ、美術館に入り用なのになぁと思った。残念だった。
 一段落して、車を新聞社に走らせた。その途中の抜け道で、なんと画材屋に会った。車の窓越しに小話をしていたつもりが、15分も話していた。明日から遊びに行くというのに、何となく浮かない顔をしていたが、「まあ、そんな日もあるか」と最後に独り言を述べていた。
 新聞社に着いて、パンフレットを渡すと、懐かしげにあれこれ話をし始めて、やがて30分も話し込んでしまった。最後に「メディアも厳しい時代なんですよ」と言うので、「じゃあ、一年の憂さを晴らしに来てくださいね」と結んだ。すると、急に眼がキラキラして、「あ、いきます。いつも楽しくもてなしてもらっていますもの。いきます!」との返事。ああ、よかったなぁと思った。
 最後に、このぐるぐる周りの待機場所に愚息君が選んだ本屋に、愚息君を迎えに行った。と、何故か、その途中で、以前ご一緒した中学校の広報委員に三人も会った。会うたびに、愚息君の迎えの時間が遅くなったが、それも合計すれば10分に満たないだろう。満たないだろうが、ちょっと気の毒かと思って本屋をのぞくと、「あれ、もう来ちゃったの。チェツ」ですって!! やっぱり、おまえ、愚息君だよ!
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強風

2008-09-25 16:58:16 | 表現することを
 強風が突如吹き出したのが、午前11時。時折砂埃を舞いあげてゆくので、目を開けるのに困った。その地面から吹き上がってくるような風が、正午過ぎから生暖かくなった。気温25度。歩けば汗をかくし、とどまれば寒い。困った陽気だと思っていたら、先ほどから雨になった。
 街を歩いた。ついでがあったので市街地に出向いたのであるが、おびただしい枯れ葉が舞っていた。紅葉の季節を待てずに、舞う葉たちである。病葉もあれば、少しだけ色づいた葉もあった。まだきれいな葉もあれば、真っ白に脱色されたような葉もあった。いろいろだなあと思った。

 風が強くて、目を開けていられないので、近くの博物館をのぞいた。古事記の展示会が催されていた。古事記が瓦版のようにして木版印刷されて100年、本居宣長の本が出版される。その後、開国にいたって、少名彦命(すくなひこのみこと)と大国主命(おおくにぬしのみこと)が荒海を挟んで対峙している絵に出会う。尊皇攘夷思想を後押ししつつ、出版の4年前に来日したペルリの影響をそこに見ると解説していただく。小さな博物館の、小さな展示室で、来客も二人という状況。学芸員さんの熱心な説明がおもしろかった。
 そして、江戸時代に出された偽本の話になった。偽本とは偽物の本の意味で、古事記の記述に準拠しない内容の本である。1,600年代に出版され藩校で読まれていたものが、庶民の暮らしに直結することで、偽本が出てきたという解釈もできる。だが、物語は物語を呼ぶという部分で、時代にフィックスしていったと解釈するのも悪くないかもしれない。ちょうど、タイタニックが幾通りにも描かれるように、時代が古事記を解釈していったのである。ここにもまた、いろいろの面白さが転がっていた。
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 さて、ようやく帰ってきたのですから、着付けの練習でもしましょうか。
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ぐるぐる

2008-09-24 16:13:34 | 供養
 着物が手元にやってきて、することといえば着付けである。その着付けが問題である。幼い頃からお茶を習っていて、初釜だ、茶会だと着物を「着せてもらった」ことは多かったが、自分で着た経験は浴衣のみ。それも、夏の暑さをしのぐに不便と思ってからは、洋装ばかりの暮らしをしてきた。改めて、着付けの本を買ってきて、肌襦袢だの、長襦袢だの、帯板だの、伊達巻きだの、着付けのあれこれを勉強する。
 出てくる言葉は嘆息混じりの驚きばかりで、「ここで、ぎゅっと締める」の紐、帯の類に息も切れ切れになっての格闘である。格闘すること1時間。ようやくそれらしくなったかと思いきや、長襦袢がゾロリを足下からのぞけている。紐や帯を締めていく間に、だんだん訪問着がたくし上がってしまったようだ。惨憺たる結果である。
 だが、まあよしとしよう。一昨日挑戦したときには、帯がぐるぐる足下で渦巻いていて、危うく転びそうになった。それよりはマシであった。
 誰かが、着物1,000日と、1,000回も着るうちに上手になると言っていたが、明日はもう少しマシに着付けられたらよいなあと思う(3回目)。

 で、「エーと、帯は背中で三角に織り上げて……」。それが上手にできないで心残りなのを知ってか、蜆蝶にたては蝶が庭の草木の先に三角に羽をたたんでぶら下がっていた。う~ん、なんだかにゃん。
 もっとも、こうした格闘はほのかな絹のにおいを体に残してゆき、それが心地よいのではある(ああ、負けず嫌い……)。
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着物供養

2008-09-22 17:05:02 | 供養
 叔母の着物が仕立て上がって、今日、取りに行った。胴裏の汚れがひどかったので洗い張りして、縫い直してもらった。呉服屋も大切な一枚でしょうと、全国技能大会で総理大臣賞を取られたお針子さんに仕事を依頼したと言う。たとえば、脇の縫い目の端正な仕上がりや、襟元のライン、……どこをとっても見事な仕上がりであった。
 また、八掛は藤色を濁らせたような地味なものであったのを、義母の着物についていた浅葱色のものに変えて、見違えるほど小粋になった。もちろん、胴裏は真新しい絹である。なんとすばらしい供養になったかと思った。呉服屋は「本当のご供養は着物を着られてですよ」と笑っていた。「いつでも着付けいたしますから、ご予約くださいね。参観日でも、パーティでも、気楽に申しつけてください」

 呉服屋が語るそばから、ほのかに、着物の香りがする。これが絹本来の香りかも知れないと思った。茶黒い地紋に、赤の幾何学模様がさりげなく織り込まれていて、その間合いに浅葱色の小さな模様が出ている。地味そうな模様であるが、着てどうなることやら、試したくなった。ちょっと羽織らせてほしいと申し出ると、呉服屋は「私も見とうございました。では、早速」と大鏡の前で着付けてくれる。
その着付けの手を休めず、呉服屋は語る。「それにしても、はりせんぼんさんは果報者ですね。私ども、ここに努めて長うございますが、大島は着物の宝石、誰も持っておりません。垂涎の的です。おばさまもきっと思いを込めてこれを買い求められたのでしょうから、大切に着てやってくださいね。良うございました」。目頭が熱くなった。

 母に連絡をすると、折しも信託銀行から、叔母の遺産手続きのすべてが終了する連絡が今し方あったとのこと。叔母は、この日を待っていたのかもしれないと思った。あれほどひどかった足や関節炎も治まり、足指に指紋も出てきた。かなり歩けるようになった。叔母もリウマチで長年苦しんだが、あれはこんな苦しさではなかったかとぼんやり思った。なにか、トンネルを抜け出た気持ちがした。その先が何であるのか、その向こうが何であるのか、まだわからないなりに、希望がもてる。漠然とした幸福感ではあるが。
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トンボ、コウモリ、ツバメ

2008-09-19 11:13:06 | 日記
 一昨日の夕方、玄関の戸を開けると無数のトンボが北へ、北へと向かっていた。アキアカネ。ほぼ無風の黄昏時で、太陽が隠れてすでに30分はたっていた。だから、残光も目に優しかった。最初はその数を数えてみようと思ったが、すぐさま断念した。あまりにおびただしい数。それが、羽を羽ばたかせるわけでもなく、やっぱり羽ばたきながら、北を目指す。羽音一つ聞こえない。
 空はすでに、蒼くなってきていた。東に向かう飛行機雲の、そこだけ白かった雲色も赤から灰色に色を変えていた。というのに、トンボたちはどこに止まるわけもなく北に向かっていた。
 北……。死者の国を目指すかの行進は、何かに合掌したくなる、根源的な感情を揺らしていった。

 昨日の夕方、玄関の戸を開けると無数のコウモリが飛んでいた。乱れて宙を回旋し、ぬめるように上昇する。眼前のブドウ畑を縫い閉じるかのように、畑の隅から中央へ、中央から隅へと飛び交っている。時々乱れたように、私の眼前を横切ってゆく。鈍い羽音が夜の始まりを告げている。
 コウモリ……。死者の国で、闇夜を司っているのか。また、何かに合掌したくなる、根源的な感情を揺らしていった。

 今日の朝方、玄関の戸を開けると一羽のツバメが飛んでいた。ブドウ畑を斜めに切り取ると、一回宙返りして、そのまま南へ飛んでいった。たしか、今年の南帰行は8月29日だった。河原の至る所から一斉に沸き立ったツバメが、高く、高く上空を旋回していた。そして、ざわめく黒い固まりになって西を目指していった。だが、ここに一羽。まだ、夏を楽しんでいるツバメがいた。幸福の王子様に引き留められているのか、それとも地球温暖化の影響か。
 ツバメ……。南の国に無事に帰って、また来年もおいで。今度は、ツバメのために合掌した。
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当て逃げ

2008-09-18 14:56:49 | 共生ということ
 視界の悪い四つ角をカーブミラーに頼って自家用車で横切る。その日は自転車の影を発見。おとなしく停止して、自転車の行きすぎるのを待った。と、自転車は速度を落とさぬまま右折してきて、我が車と正面衝突。運転手はボンネットに上半身をもたげ、「わー! 助けて!」と叫ぶ。私がパワーウィンドーに手をかけ窓を開けるその最中にも、「引かれちゃった!」と叫んでいる。

 で、突然、運転手は口をつぐんだ。そして、ボンネットに乗せていた上体を起こし、倒れた自転車を片付け、左右を確認し、やんわり私の顔をのぞくと、真っ青になって逃げていった。ゴメンもすまないもなかった。
 迷惑なことにボンネットに傷が残った。バンパーにもちょっと傷ができていた。まあ、我慢することにした。いずれも錆びない場所だったから。

 さて、本日は主人の免許所の更新につきあった。講習の終わって主人の質問。止まっている車に自転車がぶつかったときの法的理解は? 「100%相手が悪いです。最近だと加害者側が騒ぐケースがありますので、そのような場合は目撃者の確保を迅速にし、警察を呼ぶことをおすすめします」
 はぁ……。ということは、ままあるケースな訳? 世知辛い世の中だ。
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 ありふれた公園の遊具もアングルを変えると違った物語が生まれるなぁ、と撮影。 
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モズは文鳥の歌を歌う

2008-09-17 08:30:52 | 自分の感受性くらい
 モズが自慢の舌を披露する季節、隣の山桜の木に止まっては歌う。今年のお気に入りは文鳥のさえずり。何故? そういえば、去年は雀にツバメがお気に入りだった。あれの世界にも流行があるかもしれない。

 さて、放送大学では「社会と経済」のお勉強が無事終了した。経済なんて、これっぽっちも関心がなかったので、ずいぶん手を焼いた。だが、経済誌をちょっとは読めるようになったり、政治への関心がちょっとだけ高まったり、世界が新鮮に見えるようになった。ありがたいことだと思った。
 一方で、これでダブル・バチェラー、次は大学院なんてどう? と言われる。そうだなぁ、ケアに関することを研究したいなぁとは思う。だが、まずは体調を整え復職だろうか。叔母の着物の手入れにもお金がかかるが、写真の展示を維持するためにも費用捻出は不可欠。10月の写真展示、額装が完成したと昨日、画材屋の電話。早速取りに行くと、おもしろい仕上がりだった。が、高くついた……。

 モズは文鳥の歌を歌うが、私は何の歌うたう人ぞ。私は私に違いないけれども、なりきりフォームで世界を新鮮にするのは悪くない。どうせ、山頭火の歌と一緒。なりきりフォームで踏み分ける世界のその果ては、斯くの如しであろけど。

 わけいっても わけいっても 青い山
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かようびのよる

2008-09-16 18:23:18 | 日記
 今日が火曜日なので、昨日は月曜日である。月曜日なのであるが、「かようびのよる」のようであった。

 夜も8時を回って、出張帰りの主人を迎えに行こうと車のエンジンをかけた。駐車場スペースからゆっくり車を出していると、消防団の消防車がカンカン鐘を鳴らして通り過ぎていく。その後を、ソロリソロリとついて行くと、突然、何かが視界を覆うではないか。そやつは、右に左にボンネットの上を跳ね上がり、やがてフロントグラスにへばりついた。消防車の点滅灯に体の一部が輝いている。何なんだ! 減速走行して、駐車できるスペースを探すその合間も、そやつは跳ね回っている。
 ようやく、駐車できる場所に車を寄せると、対向車のヘッドライトで浮かび上がったのはアマガエル。「……、化け物みたいに大きく感じたけれども……」
 フロントグラスからおろしてやろうとドアに手をかけた私をよそに、「ああ、よかった」と、道路に飛び降りていった。

 で、「かようびのよる」。これは、デヴィッド ウィーズナー 原作で、火曜日の夜に蛙たちがロンドン?の空を飛んでゆく楽しい絵本。蓮の葉っぱに乗った蛙たちの視線が、とってもシュール。でも、空飛び蛙って、存外怖いものかもしれない……(ヒッチコックの蛙?。 
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