はりせんぼん

今は調査員のお仕事をしている、もと看護師。最近、お勉強不足、渇を入れてやってください。

らせん飛行

2008-08-29 00:17:27 | 日記
 愚息君が歯痛で受診すれば、正真正銘の虫歯でした。で、歯科医院から電話があって、先方の申すには、「お金をお忘れになったようで……」。仕方がないので、低く垂れ込めた雨雲をにらみつつ、お金を持参しました。
 行きはよいよい帰りは暗いでした。歯科医院を出たとたん、ポツリ、ポツリと雨が落ち始めました。その雨の中を、ツバメが螺旋に飛び交っていました。ああ、南に帰るんだ。どこまでも高く、どこまでもきれいな円を描く100羽近い群鳥を見て、どういうわけか涙が出てきました。

 パソコンの調子が悪くて開放したのが先週の金曜日。その後主人は出張に出かけてしまいました。確かに、ソフトはインストールされていました。でも、私に管理者権限を割り振ってくれなかったので、ファイルを開けないじゃないの?! 何にもできないじゃないの? という状態でとうとう金曜日に突入しました。

 まして、いろいろありました。義父が失禁をするようになったとの報を受けて、オムツやら横シーツやら、消臭マトレスパットやらをまずは送りました。義父は今の状態を受け入れられないので、こんでもいいといわれました。それで、ずっと待機状態のような気分で、どうにも落ち着かない毎日でした。
 でも、本当はそれどころではありませんでした。例の老化と言われた足指が激しく化膿して、歩けなくなってしまいました。寝ること2日。子供たちのお腹は空きますので、ご飯の支度だけが仕事でした。
 というのに、学校から書類を渡し忘れたので、書類を書きに来ていただきたいとの電話。仕方なく学校に行くと、待たされること一時間。つらかったです。
 それに……。書くときりがないほど、いろいろあったのに、主人が帰ってくる明日には、いろいろも解決しそうです。それでよいと、こらえ性もなく涙が出てきたのです。

 こんなに生き生きとしてきれいなものを見つめられること。素敵でした。あの小さな体で、何千キロの距離をわたり、また来年帰ってくる。それを、思うだけで涙があふれてきました。
 ツバメが何を考えているのかを私は知りません。けれども、自分までもが天空に引き上げられる幻想を見られた、あの時間は貴重でした。
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 で、ナースバンク、結局行きませんでした。いけなかったのですね。何せ、復職のための実習先が医療事故にあった病院でしたから。今晩、もう日付が変わりましたね。コード・ブルーを見ました。あんな現場にいたんだなぁと、ふと懐かしく思い出しました。それから、もう一度、あそこまでではなくとも緊張の世界に身を投じられるか不安になりました。投げ込まれれば、投げ込まれた世界で生きるのが人間とは知っていながらも、身を投じ切れない意気地なさが支配的です。私も年をとったのです。そんなことを、切に感じた一週間でもありました。

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らいしゅはまともにぱそこんをつかいたいです…… 写真展のためのデータ整理もできなくなってしまって、えらい話です。画材屋への締め切りが9月15日、写真屋への締め切りは9月早々でしょうね。もう、致命的かもしれません…。写真もアップできません。ああ…??
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着物供養

2008-08-22 11:30:46 | 供養
 2月に逝去した叔母の着物がたくさん、実家に置いてありました。叔母は母に着物をもらってもらいと言っていたようなのですが、「どうせ、あんたは着ないしねぇ」と必ず付け加えていました。事実、母は着物を着ようという気が全くありません。もっとも、着物を虫干ししたり、防虫剤を入れたりのお手入れは得意なのですが……。

 改めて叔母のタンスやら、生前に頂いた着物やらを広げてみますと、高級呉服のオンパレードでした。「まさか、あなた、切り刻むわけじゃあないでしょうね」。母はため息混じりに私に言いました。
 たしかに、叔母のお下がりの着物を私は切り刻んでジャケットにしましたし、1枚は洗いに失敗してダメにしていました。「これは大島でしょ、これは○○紡ぎでしょ、これは……」。母は上目遣いに私を見て、「まあ、好きにしてくれてもいいですけれども、生かし方ってあるんじゃないでしょうかねぇ」と、ブツブツ言いました。「たとえば、音楽会に着て行くとか、ちょっとしたご挨拶に着るとか、子ども達の卒業式に着るとか、私のお友達はそうして、お洋服代をかなり節約しましたのよ」。
 仕方がありませんので、着付け教室に通うことにしたのです。着付けの練習用にと母のお下がりを1枚、ついでに叔母の大島を1枚、帯を2本、その他諸々の小道具を荷造りしてくれました。

 帰宅して、叔母の大島を開いてみますと、胴裏が黄ばんでいました。洗濯したら何とかなるかと思いきや、呉服屋の曰く、「カビですねぇ。洗い張りして、お仕立て直しをしないと、他の置物までダメになってしまいますよ。それに、お母様のは振り袖ですね。これも袖を詰めましょう」
 呉服屋はこともなげに、8万円あまりの出費が必要だと宣った。「あの……、大島なんですけれども、多分10枚以上あるんですが、全部仕立て直すとなると何十万要るのですか?」「そうですね、お金がかかりますね。いっそのこと、はりせんぼんさん、資格もあられるのですから、お仕事をされて、お着物の供養をされたら如何ですか? 着付けの方はお教室に通うと余分なお金もかかりますから、只でお教えしますから」
 「……」

 今日、ナースバンクにアクセスしてみようかと思っている。着物供養とはげに、コストのかかるものだったのである。あぁ……。
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涼風が立つ

2008-08-21 08:57:29 | 日記
 どことなく秋風が経つような日を迎えています。当地では冬休みが2回あって、そのために夏休みが短いのです。もっとも、これは古くからの習慣にかなり影響されていて、ここに越してきた頃は、秋休みもありました。秋の刈り入れの頃の休み、正月休み、寒中休み。いずれも都会では考えられないようなスケジュールです。
 そういうわけで、子ども達はもう学校に通い始めました。共働きの親が増えていますので、「休みなんかなくてもいい」との発言もあります。まるで、映画「モモ」の世界のようです。
 それでも、朝晩は20℃を下回る日が多くなって、通学には楽になりました。9月になれば、15℃を下回る日も出てきましょう。そんな頃、眼前の山は紅葉を始めます。麓からは樹形も見えぬ巨峰が並び立っていますので、分け入らねば臨めぬ紅葉ですけれども。

 この涼風の中、道向かいの葡萄畑が甘い香りを放ち始めました。時に、嗚咽を覚えるほど、強烈に匂うこともあります。2週間の楽しみです。風向きが変わると稲穂の香りが漂ってきます。
 この時期、季節が変わったと最初に思うのは、いつも風に運ばれる香りなのでした。
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境界

2008-08-15 22:40:25 | 日記
 山の境界線の話になりました.祖父が父に境界線を教えたのですが,山の木が大きくなって,境界線があいまいになっています.その場所をもう一度確認して,受け継いでもらわなくてはなりません.一仕事だなぁと,ぼやいていました.そもそも,境界線とは、自分一人の記憶で引くものではなく,登記簿上のデータなどはあいまいです.境界線毎の地権者と会って話し合い,境界線を確認する作業が欠かせません.それは,地権の入り組んだ、過疎の里山では複雑な作業のようでした.地権者の何人かはここに居住していないのです.
 このあたりの人口はピーク時の1/3になりました.間伐が不十分な杉林もあり,大風の日には倒木する事もあります.山に十分手を回せなくなったせいか,潤沢だった地下水も涸れ気味になってきました.山は地所を守るとりでのはずなのに,地権者の多くは高齢で,山の守が出来ません.

 父は隣接する地権者の保有する樹齢60年のスギの木をたたきました.「本当だったら出荷も出来るはずなのに,山の手入れが出来ないから細っているだろう.これらの木は終戦後すぐに植えられたんだよ,太平洋の藻屑となった軍艦の甲板になったと聞くブナやケヤキの木はもうないけれども,代わりに住宅を造ろうと木を植えたんだよ.でも,時間のわりに手間をかけられなかったから,植物は正直な結果を出しているんだね,もったいない話だよ.木が売れないんだから,樵を雇うのも出費ばかりになっちゃうね.」
 下枝を落としていないので,下枝が枯れてしまったスギの木を仰ぎ見ながら,「こういう木は節が抜け落ちてしまって建材にならない」と父が言いました.「もったいないねぇ」
 そういう父もけっこうな高齢になってきました.いつまで世話が出来るか.そんなことは一言も言いませんが,出来るだけこまめに山に入り木を整え,田んぼに行って世話をし,畑でたくさんの作物を作ります,楽をするのではなく,これから何が出来るか,これからもずっと健康でいられるか,そんなことを大切に,出来ることをせっせとしているのでした.
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のど黒

2008-08-14 21:06:25 | 日記
 北陸地方では,幻の魚とか,白身の王様と呼ばれている「のど黒」の焼き魚を食べました.焼いてあるにもかかわらず,そのジューシーさには舌を打ちました.脂身が多く,身は柔らかく,箸でスルリとほぐれてきます.全体にほのかな甘みがのって,口どけの柔らかな魚でした.半身で1500円でした.
 こののど黒,一般名称は赤ムツですが,本当はススキ目の魚.全体としては鯛のような色をしていますが,腹部は銀色,金目鯛のような大きな目をしています.口を開けると,その奥は真っ黒なのどがのぞけ,それ故,のど黒と呼ばれています.日本海に生息し,新潟,富山,石川,福井,あるいは山口などでも郷土の魚として珍重されています.焼き魚,一夜干し,刺身,寿司などにして楽しまれています.

 さて,生魚が食べられない私をよそに,皆様は新鮮な刺身や岩牡蛎,たこのカルパッチョ,新鮮魚介の天ぷらと、食を堪能していました.そして,皆様ももれなく,のど黒の焼き魚を食べました.魚屋さんではハンディがあるものの,みんなでワイワイ,これが何よりのご馳走でした.

 ああ,お腹いっぱい!!
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愚息君を迎えに行く

2008-08-13 20:38:31 | 日記
 今朝も頑張ってスイカを食べました。朝ご飯の量を減らしてスイカを食べ始めたのですが、朝ご飯を抜けばよかったと思うほどたくさん食べました。それから、トイレにばかり通っておりました。

 それが一段落して、墓所を参りました。去年活けた鶏頭のこぼれ種が芽吹き、何本も花が咲いていました。近隣の墓も綺麗に掃除が行き届き、花が活けてありました。そして、ちょっとした日陰には気の早い彼岸花が咲いていました。鶏頭にはかわいそうでしたが、何せはびこるに近い状態でしたので、全部きれいに抜き取り、はす、ユリ、アスター、菊などを活けました。母の読経で皆で合掌しました。墓は安政時代に彫られたと記載されていました。先代の、そのまた先代の、そのまたまた先代あたりが建立したのでしょうか。家紋がわずかに覗けることに、今日始めて気がついたのでした。

 墓所から帰ると、親不孝のかたまりのお蔵の着物たちを見に行きました。着付け教室に通おうと思いましたので、襦袢だの、腰巻だの、帯揚げだの、あれこれ探しました。じゃあ、これだけもってゆくねというと、母は嬉しそうにしました。

 それも一段落して、今度は愚息君を駅に迎えに行きました。学校の関係で一人だけ家に置いてきたものが、電車を乗り継いでやってきたのです。愚息君は迎えに行った私と父(祖父)に嬉しそうな笑顔を見せ、それから、私に缶のお茶を渡しました。お礼だよといいました。ところが、それは暖かいお茶でした。本当はね、間違えて買っちゃったの。

 夜、花火をしました。人数が多いので、あっという間に花火は終わりました。賑やかな日がまた一日終わっていきました。

(子供の頃を思い出して、絵日記のように書いてしまいました)
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星が綺麗

2008-08-12 21:16:47 | 日記
 星がとても綺麗な実家です。そろそろ流星群が夜空を彩る頃だと思って、空ばかりを眺めています。で、何故か主人は流星を見、私は首が痛くなったばかりでした。どう考えても理不尽です。そのうち、蚊にも刺されて流星群を見る会はお開きになりましたが、仲良く左右の肘を刺されたのでした。

 私以外はスイカが嫌いなはりせんぼん家ですが、実家には西瓜好きが集合しました。山ほど西瓜を食べました。来年まで西瓜が食べられないといけないので、私は必死の形相で西瓜を食べました。

 そうそう、写真は撮りつづけていますが、何故かニコンD70で撮影しています。D700は主人が楽しんでおりまして、それ以上に、どちらが上手く撮れるかを競っているのです。この戦、私が仕掛けたとの事。
 理数系、あるいは、メカ好きの頭には、D700の機能がたまらないようなのです。でも、私なんかは、機能も大切だけれども使いこなして何ぼとの気持ちがあると述べたのが宣戦布告になったのでした。帰宅して現像が終わった暁には、どういった和解が生まれるのか、今からハラハラしております。
 う~ん……

写真のUPはしばらくお休みです。
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久方の実家

2008-08-11 08:44:51 | 日記
久しぶりに実家に帰ります。今週中はずっとお休みかなぁ? それとも、頑張って更新するのかなぁ。 ちょっと不明です。
問題はカラカラ天気のほうで、ミニバラがきちんと生きていてくれるのかが心配です。この時期、当地の平均的最高気温は30度ぐらいなのですが、この3週間、あるいはそれ以上の期間、35度前後まで毎日気温が上がっています。人も、植物も、みなへたり気味です。ああ、秋が早く来ないかしら……。
それでは行ってきます。
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坐禅をすれば善き人となる

2008-08-09 00:16:00 | 日記
 「坐禅をすれば善き人となる」というご本を読むように義父に言いつかりました。元を正せば真言宗の僧籍のある義父です。が、なぜか、曹洞宗にひかれるようです。道元禅師がとりわけお好きで、正法眼蔵のフレーズをとうとうと語ります。暗唱しているのです。
 義父も年ですので、本屋に行くのもままならず、頼まれては禅にまつわる本を送付しています。専門書と呼ばれるものが多いです。
 私もそれなりに哲学や宗教学も読んできました。けれども、日本の宗教とか、日本の哲学とかは、ほぼ完全に迂回してきました。というわけで、哲学が好きというならば、まずは禅宗を学びなさい。それが、義父の指摘です。といいますのに、私は義父の欲する本をアマゾンで注文しては直接送付しますので、目を通さないままでした(ウ~ン、これって反抗かも……)。
 義父はそれをもったいないというのです。一冊の本を一人が読めば、一人だけのものになってしまいます。せっかくだから読みなさい。(でも、いきなり専門書は嫌だなぁと思って、二の足を踏んでいました)
 で、今回の、「坐禅をすれば善き人となる」は、NHKのディレクターが書いたものですからと、渋々……。でも、読んでよかったです。主人公は、第78世永平寺貫首、宮崎奕保(えきほ)禅師。自分を律して生きるということのすごさや、丁寧な生き方に胸を打たれました。飾らないお人柄だったようで、記載された言葉の一つ、一つに重みを感じました。
 問題は、感想文です。今度、主人が実家を訪ねるまでの間に頑張らねばなりません。なぜ……。(あ、その時を一生懸命生きなさい、与えられたことを一生懸命にしなさいと本文にあったけれども、これってパラドックス?)
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D700で撮りました。
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土産

2008-08-07 12:24:26 | 日記
 昨夜遅くに主人が長期出張から帰ってきて、明けてびっくりのお土産がNikon D700でした。どれくらいびっくりしたかと言えば、声も出ないほどびっくりしたのでした。
 ISO6400でも綺麗な画像が取れると薀蓄を傾けながら、取りだした画像がまた鮮明でした。何がと言えば、エッジがクリアで色かぶりがかなり押さえられていること。そのため、全体としてバランスのよい、見たままに近い画像ができあがっていました。その上、秒5コマの連続撮影で走行中の車を取った画像は、どれもピントも露出も合っていました。NikonD70に長らく親しんだ私には、「ああ、画期的……」の一言でした。
 今朝、さっそく撮影をしてみました。いろいろ撮りました。ともかく、画像が綺麗でワクワクしました。難点はちょっと重いこと。このところ、また手の障害に悩まされていますので、頑張って筋トレし、自在に操れると良いなぁと思います。障害は使ってなんぼのものです。
 写真は主人の手によるもの。ISO1600で撮影された画像の、わずか1/25以下の面積で、この解像度です。あぁ、たまりません!
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