はりせんぼん

今は調査員のお仕事をしている、もと看護師。最近、お勉強不足、渇を入れてやってください。

手押し車で

2008-06-27 12:41:45 | 共生ということ
 夕暮れて、手押し車で、ご近所にお花見にゆく老女あり。がにまたに開いた足を引きずりながら、坂を下って行く。坂の出口がお花見の場所で、なじみのみっちゃんがいる。「ほれボタンの花が咲いたね」「ほれ、薔薇が咲いたね」「ほれ、デルフィニュームが咲いたね」
 一年中絶えることのない花の海。が、海とは言っても深海。緑の中に突如姿を現す花々を探しては花見する。ここまで来れば息も上がる。手押し車の荷台に老女は腰掛け、みっちゃんととりとめのない話をする。ここでの老女はさっちゃんである。
 時に、煮物の香りが漂い、時に、カレーの香りが二人を覆う。「ほんに、日が長くなったの」
 あと一週間で半夏生。カタシログサを栽培する家はこのあたりにはない。それでも、田んぼが緑の絨毯になり、迷い蛍が訪れることもある。日が短くなるのを覚えるのはいつの頃だろう。トッポリくれるまでの時間を老女二人は楽しんでいる。長い影が消えたあとも、明かりの残った空をさっちゃんは帰る。嘆息しつつ手押し車を押し、決して座らずに、帰る。
 今夕は晴れるらしい。

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 携帯で撮影した夕暮れの通り。まさに、田舎ですなぁ……。
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 来週は義父母の受診介助で木曜日までお休みの予定です。なんだかドキドキしながら週末を迎えています。どうなるのでしょうか。
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老いるアジア

2008-06-26 23:46:35 | 共生ということ
 この本には、アジア各国の2050年までの人口動向と経済に与える影響が考察されている。日本以上の高齢化、あるいは少子化をたどる国が中国であるとか、中国よりもインドのほうが人口大国になるとのデータが目をひく。
 キー概念は人口ボーナスと人口オ-ナスである。子どもが減って高齢者の少ない時期は経済的な活況が見込みやすく、この時期を人口ボーナスという。日本はこの時期を有効に活用し、めざましい経済発展を遂げた。一方の人口オーナスとは、少子化の結果、労働人口が減る一方で、高齢者を支えるために経済的負担が増える状況である。大切なことは、人口ボーナスは一国で一回しか経験されないことだ。そのボーナスが過ぎれば、人口オーナス期に入る。これは長く出口がない期間で、人口ボーナス期間にどのような財、施策、貯えをしたかによって、豊かさに大きな差が出るとされる。
 そこで、国連、あるいは各国の提示されたデータを用い、現在から2050年にわたる人口動態を推測、経済との関わりを述べている。ポイントはどこで人口オーナス期を迎えるかである。そして、人口オーナスへの備えを検討するデータを示している。
 こうしたデータ比較の上で、日本の舵取りが最終章で示唆される。その一つに、介護問題があった。現在の在宅シフトは望ましいことか、「否」とある。
 なぜならば、これからの労働人口の減少に対し、女性・老人の労働力を求められるからである。すると、女性は生涯を独身で過ごす確率が高くなる。1975年から90年までに出生した女性の未婚率は4%ほどであるが、2040年には23.5%が未婚のままで過ごすとの予測もある。それは、家事に関わる女性の役割負担が大きいこと、仕事と家庭の両立が難しい社会制度によるという(東アジアも同傾向)。そこに加えて、介護が在宅シフトすれば、誰かが、自分のキャリア、収入を犠牲にせざるをえず、日本国全体の生産効率を落としかねないからである。
 介護労働は労働集約型の産業であり、その生産効率は高くない。そうであるならば、施設等での効率的なケアが望ましいとの結論であった。
 介護保険も医療保険も年金も、破綻すると叫ばれている昨今であるが、人口減の社会を迎えるにあたり、経済学的視点では何ができるかを考えるには良書だと思った。
 小峰隆夫編集、「超長期予想・老いるアジア」、日本経済研究センター、2007年10月
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 ようやく読み終わったと言えば、この本もである。3冊、4冊を並行して読むのが当たり前なので、読みやすい本は早く、そうでない本はいつまでもダラダラと読む傾向がある。昔のような記憶力はないので、ダラダラ読むと、読み返しを必要とする場合もある(特にこの本は何度同じところを読んだことだろう)。それが悔しいくせに、やめられないのだから、習慣とは恐ろしいものである。
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習っていません

2008-06-25 10:36:31 | 不自由な言葉
 実習生の、「(学校で)習っていません」発言に悩まされる職場がいくつもある。「臨床のやり方は……」と言った途端、「習っていません」。「この現象はなんて言うの?」には、「習っていません」。万事この調子。習っていません発言でなく、宣言である。……そう主人がぼやく。
 この現象、今の小中高校生の間にも広く浸透している印象を持つ。問いかけて答えが出ないと、しばしば「習っていません」と返事がくる。
 もじもじしつつも、それには応えないとの態度で「習っていません」を使う者もいる。が、一般的には、「わからない」と言えば、その責は自分に向くが、「習っていない」ならば他人が悪くなる。そういう、責をめぐる無意識的応答が多いように思える。……そう、主人と私でぼやく。

 そんなある晩、主人はある施設のカンファレンスに招かれた。席上、施設の職員は毎度のことながらといった表情で話し始めた。
 100歳になるご老人と学生が向き合っていた。歩行はかなり不安定である。職員が、「ここを支えて」と学生に話すと、学生は「その方法は学校で習っていません」と言う。
 「困ったものだ……。これでは何も教えられない。臨床の経験知を認めないのは教育が悪いんですよ」。職員は怒った。
 すると、その施設の看護師が、「学校で習った方法と、施設の方法では、反応時間に差があるのですか?」と質問した。そこで、神経伝達速度を勘案し、反応時間を計算することになった。「およそ、0.1秒の差です」。次に、その0.1秒でどれくらいの移動が可能かを実演することにした。0.1秒での移動距離は短かった。だが、施設の方法ならば、よろめいても大きな転倒事故を起こさない可能性があることがわかった。「これはすごい!」。職員達は驚きの声を上げた。

 自宅に帰って主人は言った。「あの施設の職員定着率は群を抜いているんだって。定期的に外部の人間をカンファレンスに参加させて、学びの場を確保しているんだよ。臨床の知が言葉になることを大切にしているからかな、やめないのは。
 職員は、もちろん、習っていませんなんて言わないよ。教えてくださいとか、一緒に考えてくれますかとか、実に気持ちがよかったねぇ」
 どちらかと言えば、受け身を誇示する「習っていません」から、能動的な「一緒に学びましょう」への転換には、こうした工夫も有効なのだと思った。
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この時期の苦手

2008-06-24 12:26:31 | 日記
 この時期の苦手は、栗の花の香です。どれくらい苦手かといえば、ゲロゲロするほど苦手です。ところが、収穫を楽しみに、庭に栗を植える人がいます。クヌギを植えて、カブトムシのための朽ち木作りに励む人もいます。あげく、栗の木で垣根を作っている人もいます。今日のように晴れて気温の高い日は、辺り一面栗の花のにおいに包まれます。
 それで、香水などを体に振りまいて、臭い消しに励みます。ところが、自分の臭いは直ぐに慣れ、栗の香りが鼻腔を埋めます。
 安岡章太郎の追想には、栗の香りが好きとありました。そういう男とは絶対に一緒に生活できないと思います。

 ともあれ、五感はより強い刺激に反応すると思い、好きな本を読みます。パッチワークをいたします。映画を見るなどの努力をしました。集中している間はよろしかったのですが、集中力が途切れた瞬間、ゲロゲロするあの香りにおそわれました。
 そこで、タマネギ料理を作ることにしました。毒をもって毒を制すです。5ミリ角のみじん切りに挑戦したら、涙があふれ出て止まりませんでした。
 こうして、全く集中できない2週間を、ただいま過ごしております。著者割引で頂いた本の感想も先方にお伝えしなければならないのですが、先生ごめんなさい。○○理論とか、○○はこう言ったとか、頭に入りません。難しい先生のご本、栗の花が咲くのを諦めたら「きちんと」読みますから。どうか、感想文を性急にお求めくださいますな。

 そろそろ昼食です。今日もタマネギ料理を作ります。そんな私を友達が慰めてくれました。「中国ではタマネギはやせ薬ですのよ」。それって、おなか周りだけに効きますか?
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「ごくせん」への疑問

2008-06-23 14:12:15 | 不自由な言葉
 「ごくせん」がいよいよ最終回になるようですね。以前、「ごくせんと水戸黄門」と題して、「寛容」の方向性が違うとの仮説を書きました。水戸黄門は「許す」という方向で、ごくせんは「承認する」というのが論旨でした。その後も、「ごくせん」について、幾つかの「?」を覚えましたのでここに記します(しつこい性格……)。

 と言いつつ、これは娘が指摘した問題です。「先生には暴力が許されているけれども、非暴力を訴える番組」。
 水戸黄門だって暴力が絶対的正義として機能しています。スケさんカクさんが暴れた?後、水戸黄門は「非暴力、公正」を主張します。したがって、「権力は正義のためなら暴力を振るってもよい」と思う人は多いかもしれません。でも、娘は言うのですね。「あれは権威ではなくて、暴力を暴力で制する思想ではないか」と。「水戸黄門には人情があるけれども、ごくせんは暴力の応酬が主題でしょ。飽きちゃったよ」
たしかに、殴ったり、蹴ったり、つねったり。みんな痛いことばかりですから、見ているほうまで痛くなります。しかも、「どうしようもない高校生」とのレッテルに対する暴力が、レッテルを貼られた側からの暴力の応酬を生みます。理不尽な戦争のようなものです。
 その解決が、ヤンクミこと、仲間由紀恵の登場と、彼女による暴力シーンなのです。その証拠に、先生が振るう生徒のための暴力ならば許されてしまうのです。アレッ、これってテロのへの戦いでも聞かれたフレーズ? パクス・アメリカーナ(pax Americana)、パクス・ブリタニカ(pax Britannic)なんて言葉まで思い出してしまいました。暴力による暴力の応酬。武力による平和は、本当の平和を生み出すのでしょうか。

 それに、仲間由紀恵はしばしばがなり立て、号令を発し、気分転換にマラソン、缶蹴りなどを推奨するのも疑問です。普通の高校生ならば、ゲッソリするような先生かもしれません。こうした流れに生徒達は組み込まれてゆくのですが、なぜでしょうか。
 勉強をする高校生は勉強を、缶蹴りする高校生は缶蹴りはとまで言いませんが、この高校生たちの承認要求は学業とは結びついていないのかもしれません(そういう高校生がいてもよいのですが……)。
注意すべきは、彼らの選択肢は意外に少ない可能性です。好きで缶蹴りをしているわけではなく、そういう選択肢しかないから、缶蹴りを選んでしまうのかもしれません。少なくとも、私たちは自由を基調とした社会に生きています。自由とは選択の範囲の多さによって、社会から規定されているものです。「ごくせん」を見て、気が晴れないのは、こうした選択性の狭い中で生きる生徒像しか見えなからでしょうか。何かに打ち込む、そういう創造的場面が番組ないに少ないからかもしれませんね。

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 さて、オバサンが、流行の番組などを覗くとろくなことはないようです。子ども達はとうとう「ごくせん」を見なくなりました。もしかすると、巨大なジェネレーションギャップが子どもと私の間に横たわっているのかもしれません。
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ジャム

2008-06-20 11:31:10 | 生きることと死ぬこと
 ジャム=jam は、英語の口語では愉快なもの、楽なもの、と言う意味である。一昨昨日、ジャムを作った。愉快なもの、楽なもののはずのジャムは、悪夢をもたらした。それで、一昨日は静かに寝た。寝たつもりであった。
 だが、興奮していたのだろう。夜中に何度か目が覚めた。その眠い頭で、電車に乗って叔母の家の家具を欲しい人に送付しに行った。
 指定した業者は、約束の時間よりも1時間半早く仕事をしにきた。様々な梱包材を組み合わせて、またたく間に荷造りをする。それも、最初の50分は作業員独りの作業であった。その後、作業員2人が合流し、家具達はものの20分と経たずに、すべての荷がトラックに積み込まれてしまった。
 私一人でこの作業をしに来ると聞いていた不動産屋さんは、途中で手伝いに来てくれた。だが、業者は双方に「お手伝いは無用です」というので、2人はただの傍観者になった。
 そこに、叔母を最後まで世話してくれたヘルパーさんがやってきた。叔母の介護費用の精算にヘルパーさんが来たとき、この日のことは告げてあった。欲しいものはあるかと聞けば、叔母が愛用した鏡台、よく繕い物をしてあげた裁縫箱と言う。裁縫箱はその場で手渡したが、鏡台はこの日を待ってもらった。
 叔母はよくこの鏡をのぞき込んでいたという。いつでも身綺麗にしていなければ気が済まなかった。身を整えると、鏡台の先のベランダから外を眺めた。そして、ヘルパーさんが帰宅するときには、このベランダからいつまでも手を振ってくれた。
 そんな話を聞きながら、鏡台の鏡を外し毛布にくるんだ。いす、本体と共に運び出し、ヘルパーさんの車に乗せた。
 ヘルパーさんが帰ったあとで、不動産屋さんが「あの人も、おばさまがお好きだったようですね」と言った。嬉しかった。その後はポツリポツリと、身の上のこと、叔母のことを話していると、業者が作業終了を告げた。指定の用紙にサインを済ませると、叔母の部屋はがらんとなった。
 すべての部屋の施錠をし、不動産屋さんに叔母の家の鍵を渡した。これで、もう、叔母の家に行く機会はなくなるに違いない。そう思ったら、急に疲れが体中から溢れてきた。

 昨夜も悪夢を見たらしい。夢の内容は覚えていない。だが、全身脂汗をかいていた。ジャム=jamは、詰め込む、ふさぐ、通信を妨害する、踏む、押す、動かなくなる、苦境、窮地などの意味もある。浅いような、疲れた眠りの中で、私は何度か窮地に立ったのだろう。泣いた痕跡が顔にあった。
 ドッポリと疲れた顔で、今これを書いている。そうだ。一昨昨日作ったジャムをトーストに塗って、軽い昼食を取ろう。甘くて、酸っぱいジャム。いつだって、人は甘美なだけの記憶には浸れないものだから。

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 昨日の車窓から。田んぼが山裾にまで広がっていた。
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饑うれば則ち附き

2008-06-18 16:04:42 | 日記
 どうでも良い、些細な出来事がきっかけで、憂鬱症になったことはないだろうか。何かをするのがおっくうで、考えるのもおっくうで、寝っ転がっているのもおっくうな。終いには、息をするのもおっくうで……。
 そのうち、子ども達が帰ってきて、やれメシだの、カネだの、何だのと申し立て、主人も帰ってきて風呂だの、メシだの、会議だのと、子細が少し違うだけのような申し立てをする。どうにも息が詰まっていけない。気分転換にテレビをつけると、「あなたの胸は押さえつけられたように感じませんか? そこには、怖い病気が潜んでいるかも……」などとナレーションされている。また厄介がやってくるようで即座にテレビを消す。

 いったいなにゆえの憂鬱症なのかと思えば、死者の数を延々数えるニュースが原因であったり、咲きたいだけ咲いて、首が折れてしまった薔薇の始末であったり(写真。一枝にこれだけつけば、首も折れるというものです。端から端までで30㎝あります。少しは考えて咲いておくれよ)、トイレのスリッパの向きだったりする。いずれも小さきことである。そんな気分はやり過ごすしかないのである。やり過ごして、風がないだ頃、新しい展開があるはずだから。

 ……新しい展開ねぇ。これは試みて成すものであろう。で、昨夜は主人の仕事が終わるのを待っている間に、ジャムを作った。昨秋、主人の実家から送ってもらった冷凍物のブルーベリーに、4パック600円の小イチゴ182個のヘタを取り、砂糖をまぶした。ゆるいゆるいジャムができた。煮立ったフルーツの香りが辺り一帯に充満し、むせかえるような状況になった。「良いの、良いの、今日はみんなでスウィートな夢を見るの。悪い子はチャーリーとチョコレート工場の夢を見ればいいのよ」。できあがったジャムが小瓶に収納されたのは午前2時であった。

 夢を見た。皆食べ物の夢である。ドロドロの離乳食をベビーに与える夢、希少な豆腐を求める旅、朝になったら満腹で、何ら食欲がわかなかった。
 そういえば、菜根譚にこんな一節があったなぁ。~饑うれば則ち附き、飽(あ)ければ則ち颺(あが)る。以下略~饑えている人はよってきて、満腹の人は去っていく。こっちが金持ちの時に人はやってきて、こっちが貧乏になればいなくなる。人の本性とはこんなものだから、いつだって目を清めておきなさい。

 スウィーツ香で見た夢が食べることばかりの私は飢える人で、違う夢を見た人は違った価値を生きているのかもしれない。その証拠かどうかはわからないが、家族全員悪夢を見たとのこと。しかるに、憂鬱症は容易に感染し、長い一日を過ごしていると思われる。アァ……。 
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訪問販売-可笑しいですか?

2008-06-17 17:57:57 | 日記
 訪問販売の危険を、義妹があれこれ語る。曰く、
 知り合いはオレンジの販売員を玄関に招き入れた。すると、ナイフで皮を剥き試食をさせてくれた。おいしいと言ったら、大箱一杯分のオレンジの購入を求められた。そんなには要らないと応えると、オレンジを剥いたナイフを眼前に突きつけられた。結局、代金10000円を払わされたとか。
 別の知り合いは、夕暮れの忙しい時間に、「お願いします!」「お願いします!」と、悲鳴のような大声でわめき立てられた。その悲愴な声に心配して様子を見に行くと、パーマ屋の割引券の購入を迫られた。買わないというと、罵詈雑言の限りを並べ立て、今度は大声でその知り合いの不正をののしりだした。不正はしていないとはわかっていたが、その侮蔑するような態度に恐怖を覚えた。

 こうした訪問販売員の素行に対して、法律でも対応するようにはなったのだが、法律は予防的効果と事後の救済をもっぱらとしている。(特定商取引に関する法律・第2章 訪問販売、通信販売及び電話勧誘販売)。訪問された側の、その時の命であるとか、危機に対応するものではない。結果的には、自己防衛しかない。

 そんな話をしていたら、思い出したのが、家庭教師の訪問販売?である。数年前のことである。どうしても家庭教師をしたいと玄関先で粘った青年がいた。粘ること1時間。帰る様子はない。それを何とかなだめたりすかしたりして帰したら、翌朝電話が掛かってきた。
 「うちの社員が1時間も時間を費やしたのに契約に至らなかった事由を述べてください」。攻撃的な口調である。事由と言われても思いつく言葉がなく、モゴモゴしていると、「理由もなく1時間も拘束したのですか」と責められる。思いついたのは、「足が短かったから」という言い訳であった。先方はいきなりガチャンと電話を切った。
 それから、思い出した。あの青年が1時間も玄関先にいたのは、「家庭教師をしたいならば、以下の問題を解きなさい」と命じたのがいけなかったのかもしれない。

問1 1平方センチメートルは、何平方ミリメートルですか?
問2 1平方メートルは、何平方ミリメートルですか?
問3 1ヘクタールは、何平方ミリメートルですか?

 青年は誤解だらけであった。仕方がないので、この計算を一緒にしてやった。ところが、問2の1000×1000まで誤解なのである。これも一緒に筆算してやった。というのに、まだ家庭教師ができると青年は主張したのである。したがって、なだめたりすかしたりして帰ってもらったのだった。

 義妹はこの話を聞くと、笑い転げた。そんなに可笑しい? 可笑しいと言う。訪問販売の悪質性云々の話よりも、お姉さんに捕まったら終わりねとまで言う。本当にそうだろうか。どうにも胸がすっきりしないので、皆様のご意見などを聞きたく思うのであるが……。 
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よい人間関係とは

2008-06-16 18:07:04 | 日記
 目からウロコだったのは、アルボムッレ・スマナサーラ 、「ブッダの幸福論」、ちくまプリマ―新書、2008年でした。

 よい人間関係とは誰に対してもよい人になることではありません。よくない人間と距離を置くこと、おつきあいしないこともよい人間関係と言うのです。

 よい職業人になるためには、いつでも100点を取れる科目の道に進みなさいと説きます。そうすれば、誰からも感謝される仕事がずっとできるでしょう。感謝される仕事をし続けることであなたが生きることも豊かになるでしょう。やりたいことをするのが幸せになるわけではありません。

 まずは、人の喜ぶことをしなさい。見返りを求めてはいけません。見返りを求めなくとも、それはあなたの喜びとなるでしょう。

 こうした話が続いた後、人生には3つのすべきことがあると指摘します。学ぶこと、働くこと、社会の構成員としての自覚を持つことです。その中には、祈りの要素も込められています。私だけの幸福論ではなく、この社会でつながっている人々のための祈りです。見えないものに敬意を払うこと、感謝すること、それもよい関係と説くのです。

 159ページの薄い冊子です。さらさらと読める文章も心地のよい物でした。
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 それにしてもです。放送大学の、「幸福の社会理論」。これはいただけない科目でした。単元によっては興味深い物もあったのですが、最後のまとめ方が気に入りませんでした。
 この著者によると、「取り逃がした機会の社会学」がこれから重要視されるべきだというのです。事故を防ぐための機会を取り逃がさないためには、失敗学のような工学的な問題だけを取り上げてもダメ。それも含めてのシステムを扱う学問としての興隆の必要性が書かれています。
 でも、畑村洋太郎の「失敗学」は、工学的な問題だけに依拠して書かれてはいませんでした。米国医療の質委員会 医学研究所、L.コーンら、「人は誰でも間違える」でも、いかにシステムが大切かを論じています。1990年代の問題解決の本も同様に、人的システムと技術的問題を並行して論じています。決して、「取り逃がした機会の社会学」がオリジナルではないのです。
 それにです。予防できれば最高ですが、どれだけ手を尽くしても、人的エラーは起きてしまうものと思います。その時に、「取り逃がした機会の社会学」なんてタイトルの人々がやってきて、「調査する」と言ったら、私なんか即お断りです。「機会を取り逃がしたかもしれないことはわかりますが、あんまりにもネガティブな突っ込みを入れないでください」。こうでしょうねぇ……。まだ、「失敗学」がいいです。ダイレクトですもの。
 それに、失敗は成功の母だと信じている人と議論を交わしたいものです。あれがいけない、これがいけないとネチネチあげつらうよりも、次に生かせる要素を共に抽出できるような人をパートナーにしたいです。
 こんなにネチネチ書くのも、失敗がまるっきり不幸ととらえている著者の姿勢にあるのでしょう(私は不幸の陰気な行進-著作-と感じました)。不幸を減算できれば幸福になると言うのですが、幸福しかない社会で本当の幸福を見いだせるのでしょうか。
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 さて、21世紀は再び幸福論流行の時と著者は予言していて、事実、アランの幸福論、菜根譚などが重版出来です。これらがどのように転回-コペルニクス的-するか、興味深くはあります。
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遺品整理の話~人は不思議な輪の中で生きて

2008-06-13 16:02:48 | 生きることと死ぬこと
 2月に身罷った叔母の遺品整理に行きました。後ろ髪を引かれる思いでしたが、昨日、一昨日と、処理業者や運送業者の人に来てもらって、それぞれの費用を算出してもらいました。引き取り手の決まった家具類を送付する手続きと、どうしても貰い手のなかった物を処分するためです。これまでにも、いただいてもらえる遺品を引き継いでもらっていたのですが、残った物もたくさんだったのです。
 また、叔母は住居を母に引き継ぎ、貸し出すことを希望していましたので、近所の不動産屋さんにも来てもらいました。

 不動産屋さんと処理業者さんは同じ時間に来られました。処分費用は高かったですが、東京都の幾つかの事例と比較してほぼ妥当な価格だと私は納得しました。ところが、不動産屋さんは「もったいない」と言いました。「本当にいらない品物ならば、幾つか分けて欲しい。その分、処理料も低くなるでしょう」。欲しいものは、ガーデニング用のテーブルや鉢などでした。あまりの大鉢になった君子蘭やアマリリスももらってもらえるようです。処理業者さんも喜んでいました。「重たい物、大きな物が減ると社員が助かりますよ」。

 そうこうしていましたら、お葬式に参列された人から「紹介された」との電話がありました。「スリランカの学生支援をしているので遺品を分けて欲しい」というのです。「どうぞ」と言いましたら、さっそく車で取りに来られました。使ってあるタオル、鍋釜、電子レンジ、花ビン、布団、食器に至るまでたくさんの物をもらってくださいました。
 その人が帰りがけに言いました。「実は、先頃、母を亡くしたんです。母の遺品の整理に実家を1ヶ月間往復したのですが、残っていた物の大半は父の遺品でした。何でも使える物は使ってあげれば、それが供養になるのじゃないかなぁと、そんな気持ちになったんです。学生達はきっと喜ぶでしょう。ありがとうございました」。どんなにありがたかったでしょうか。このような人に巡り会えるなど……。

 夕方、不動産屋さんから「今からそちらにうかがいます」と電話がありました。玄関先で待つと、不動産屋さんはお菓子をもらっておられました。「実は、私ね、母を最近亡くしたんですよ。その遺品整理をして、ずいぶん寂しかったんです。そうしましたら、たまたま娘が新築した家に庭がありまして、これも、あれも、役に立つと思ったら嬉しくなりましてね。ですから、本当に遠慮なくもらっていく奴だと思わないでください。どうしても、そうして上げたい気持ちで今はいっぱいなのですから」。どんなにありがたかったでしょうか。頭を深く下げ、御礼申し上げました。

 こうして、結局の所、遺品の1/3以上がこの2日間に引き取られていきました。
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