はりせんぼん

今は調査員のお仕事をしている、もと看護師。最近、お勉強不足、渇を入れてやってください。

心の傷 身体の傷 Ⅱ

2012-02-03 20:26:37 | 名前
黒人霊歌が現世の苦しみからようやく解放されたその人を
優しく、楽しく、包み込むように、
 それが故、いっそう切ないのですけれども
死という感覚は
辛さをまとった人間には甘美な感覚さえもたらすのかもしれません。


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けれども、
いっぽうで死は
限られた生を生きる私達の生を
肯定する強い「見方」であり「味方」だと思います。

死という存在が
 生きられるだけ生きてみよう。
 どうせならば
 今を大切に生きてみたい。
 私と、私を取り巻く人たちの
 ささやかかもしれない良い未来を作るならば
死を通した生の肯定も、今の肯定もできるかもしれません。
心の傷も 身体の傷も あまりに痛いけれども
それが故、違った明日を生きる活力になるかもしれません。

そんな事を 先の話の後で思ってみました。
苦しみは人生のスパイスかもと。
それから、なんとも楽観的な自分自身に苦笑しました。

今日は節分。
明日は春。

苦笑の貌のまま、やっぱり、今を大切に生きて生きたいと思う私でした。
その結果、友情を育てられれば 素敵に違いないと思いながら。
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六月

2011-06-05 20:07:28 | 名前
六月号のキルトジャパンを見ました。
和のキルとなのですが、
さすがに夏。
軽妙な特集ですてきだなあと思いました。

なかでも、絽を使った薄絹のタペストリーは
独特のすけ感があって、
優雅な涼しさを運んできます。

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と、積んである布を横目で見ました。
 どうしてくれよう。

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六月はあっという間に過ぎていきます。
それは師走と同じぐらい
あっという間。
あんまり早く過ぎていかれても
ちょっと淋しい心地になりました。

だから、大掃除をしました。
 間違っている?

掃除が終わると雨が降り出しました。
 罰が当たった?
 おかしいなぁ……。



六月に群舞するこの花。
何度名前を聞いても覚えられません。
まん丸な実がなるのですが、
その実の頭に二本の角。
まるで宇宙人みたい。
勝手に、「宇宙人の花」と命名したのが運のつきでした。
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名前(その2)

2011-01-14 12:11:13 | 名前
で、輸液ポンプ、特に新生児用などは、当時、非常に高価なものでした。
だから、たくさんの名前が記されたポンプがあったと
その本には書かれていました。
とても、名前が重要視されているのです。

で、で、この話、
‘寅さん(たいがー)’たちの寄進関連の報道を見て思い出しました。
名前があるから、受け入れられ、
名前があるから、送り得る。
でも、それは匿名、偽名という名前。

そうだ、
どうして実名で寄進、寄付をしているたくさんの人たちは
ニュースとしてピックアップされないのでしょうか。

うーん、と、首をかしげながら、
かくいう私も匿名であったかと
後ろめたい気持ちに……。

海の外では実名社会、が情報発信の鍵を担い始めている様子(日経はそう言う)。
この国の名前はどこへ行くのでしょうか。
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名前(その1)

2011-01-14 08:37:43 | 名前
以前、読んだ、グリーフ・ケアの本があります。
その本には、新生児集中治療室の話がありました。

生まれつき重度の障害を負った少女。
 (名前を忘れてしまったので、ここでは仮に‘ジェニファー’としましょう)
母親はジェニファーを抱くことさえできません。
初産だった母親の困惑は強く、
ジェニファーの容態は日に日に重くなります。
そんな中、治療室の看護師たちは
工夫を重ね、母親に子どもを抱かせ、
たくさん話を聞き、言葉を掛け続けましたのですが、
残念なことに、ジェニファーは亡くなりました。
母親の落胆は目に余るものでした。

亡くなって一週間、一ヶ月と
看護師たちは母親を訪ね、あるいは招き、
いろいろなことを話し、
沈み込んだ母親の気持ちを
受け止めようとしました。
そんなある日、

母親はジェニファーが何もなくなってしまった。
片手に乗るジェニファー、
どこに埋めたのかもわからなくなるぐらいの小さな御棺。
消えていく名前の記憶。
母親の落胆はいっそう激しいものになっていました。

看護師たちは母親の愛をたたえました。
それは愛だと。

その後の子細な経緯は忘れてしまったのですが、
母親は喪の悲しみから抜けるときに
病院への寄付を思いつきました。
是非、たくさんの子どもたちを幸せにしてほしい。
病院はその申し出を喜び、
ジェニファーと名前が彫られた新生児用の輸液ポンプを購入しました。
ジェニファーは以来、ずっと、
新生児治療室でたくさんの子どもたちの命を守っています。

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名前

2010-11-29 19:59:45 | 名前
包みを開けると、
この牛の名前は○○で、何月何日に生まれ、何月何日に「と殺」されたかが
記してありました。
ギョ ギョ ギョ ギョーっと言いながら
食べちゃったのです、その牛。
はじめての体験でした。

で、
一頭の牛さんから取れる肉は400キログラムを超えるとか。
私、一トンは取れると思っていたので、
1/2.5 の肉量に愕然としました。
あの巨体で、これだけの肉しか取れないのかと。

日本の農政批判本には 
一キロ当たり1600円の税金を使って飼育している牛の の件があります。
そうした税金で競争力を上げた上で、
さらに、
美味しい肉にするために去勢したり、
行動制限をしたり、
餌を工夫したりと
実に大変な工夫と苦労があるそうです。
調べてみたら、実に、知らないことだらけでした。


スーパーに並んでいるお肉には
牛さんの名前も、豚さんの名前も、ましてブロイラーの名前もありません。
飼育した人、飼育された場所、生きた期間など、
どこにも記されていません。
おおむかし、ある飼育農家に伺ったら、
悲しすぎるからね、出荷がと、
肉牛の子どもは「ベビーちゃん」
乳牛の子どもは「スノーちゃん」
こればっかりというのです。

何にも知らずに口にする肉たち、魚たち。
命を頂いていたのですね。
そんなことを自覚させられた体験でした。
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雲の名前

2010-08-29 21:54:45 | 名前
秋を思わせる雲が出て、
真綿色の柔らかさ
青い空に浮かんでいます。

さて、なんという名前の雲かと、
調べてみたのですが、
「高積雲?」
の気がします。
 (なんといい加減な)

それから、気象学的な分類だの、
俳句の世界での呼び方だの、
おびただしい雲を見て、
これかなあ、あれかなあと、
思案を繰り返しました。
で、けっきょく、名前がわからない……。

毎日、毎時、雲を見ているのに、
名前も知らずに、
「雲」!
こればっかりでは いささか淋しいと反省。

それにしても、今日はめまぐるしく変わる雲でした。
みんな名前があるのだと、
さっきから調べておりますが、
やっぱり、さっぱり、鱗雲ぐらいしかわからないのでした。

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菜の花

2010-04-14 22:59:45 | 名前
水菜の菜の花です。

菜っ葉って、葉っぱがいろいろあっても
同じような菜の花が咲くんですね。

世界に一つだけの花

と、言われても、似たり寄ったりで
「菜の花」これです。

たとえ、「はりせんぼん」という名前があったとしても、
「オバサン」という属性で語られ、
「女」とか、「主婦」とか、「看護職」とか、
何に付け、「はりせんぼん」以外の枠に入れられるのが世間です。
オバサンはどこか似たり寄ったりですから。

そういう中で、
「はりせんぼん」と呼んで下さる、あなた!
「世界に一つだけの花」とお思い下さるのですね。
ありがとうございます。

ちなみに、菜の花に訊いてみましたところ、
 サクヤコノハナノヒメ
などと ぬかしておりました?
隅に置けません……。
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訪ね来たる人

2010-03-27 22:30:50 | 名前
2年前に行った美術館での展示。
芳名帳にお名前を記して下さった人に
お礼状を出しました。
その2年前の写真と私の名前が心に残っていたとか。

その人は、
新聞に2行だけ掲載された今回の展示の記事を見て、
30㎞も離れた場所から訪ね来て下さいました。

2年前、私はあいにく席を外しておりまして、
その時直接お話はしませんでした。
それでも、なにかが記憶に残って下さったのですね。
嬉しく思いました。

それから森山大道やらアラーキーやら藤原真也やらの話で盛り上がって、
オーナーを巻き込んでの長丁場となりました。
いよいよ帰り際になってその人の言うに、
職業は元商業写真家。

あ、もっと早く仰って欲しかったな。
偉そうなことを述べたあとに
「実は」なんて切り出されて、
おろおろしてしました。

それから、別のアーティストさんのファン到来。
日本画家の人でした。
日本画家はすぐさま、そのアーティストの作品を一葉買い求めました。
「参考になります」と。
聞けば、山桜の絵を描いてくれと頼まれた、
その絵の参考にするのだとか。
「そうですね、この前のことですが、
 わび助の絵を描くときは
 厚さにして2㎝ぐらいの資料を集めて描きました」とのこと。
リアルに迫るには、多大な努力を惜しまない姿に
驚いた次第です。

そうそう、今日は無類の孔雀好きにもお会いしました。
孔雀が羽を展開する季節や動物園などをお節介にも解説。
で、「頑張る~!」との反応。
油絵をたしなむ人で、絵を描く参考にしたいからとのこと。

いずれも、学ぶことをいとわぬ人々の
熱い思いを感じた次第です。
素敵ですね。
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春ですね

2010-03-20 22:41:20 | 名前
巨大なオオイヌノフグリだの、
仏の座だの、
あれこれ植物名を教えてもらったのですが、
みんな忘れてしまいました。

覚えているのは仏の座がキツネ顔だということぐらい。

かわいそうに、この子にも名前があるのに覚えられませんでした。

ともかくも、春の野は花だらけ。
緑が深くなった麦畑と絶妙なコントラストです。
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あだ名(その3)

2009-09-16 19:51:53 | 名前
で、昨日の小動物公園「カルメン」のお話です。

450ミリの望遠を持って鳥を撮っていたら、
新調する鳥の看板写真は「ボクが撮る」と
飼育員さんに言われちゃったあの話。

やっぱりそうだろうなあと思いました。
以前、私が撮った幾葉かの写真を持参したら、
「俺たちと視点が違うわ」と言われたのです。
確かに「素をとらえている」らしかったのですが、
その素は、あまりにも切り取られた一瞬の素で
飼育員さんたちが見ている、
ごく当たり前の姿じゃなかったのだと思いました。
飼育員さんたちが見た、
ごく当たり前の姿こそ、看板にするのにふさわしいと
私は思います。

それから、あだ名について考えました。
飼育員さんたちにとっては
 カメラ<羽根 の親しみやすさがありましょう。
八百屋のおっちゃんにとっては
 日頃目にしている雑誌に親しみが、
とある店のお姉さんには
 興味のあるパッチワークが売ることよりも親しめる。
ご近所さんにとっては
 毎日目にするバラのほうが私を象徴している。

あだ名って、自分の関心エリアの反映かもしれません。
その人が私を識別する時、
その人が世の中を仕切っている尺度がフル稼働している。
そんな状態で名付けている、と思ったのです。
ですから、名前(あだ名)には、
その人にとって意味がある感覚が投影されることが多そうです。

そうそう、例の小動物公園では名刺を渡したあとも、
ちっとも私の名前を覚えてくれません。
相変わらず、
「羽根の人」
最大の賛辞ですね、きっと。

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キジが歩いて亡霊写真ができました。
現在真新しく極彩色の羽根が美しいキジです。
宝石箱をお見せできずに残念。
再挑戦しに行きます。
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