よっちんのフォト日記

旅先や日常で感じたことを
写真と文章で綴ってみたい。
そう思ってブログを始めてみました。

「けいおん」の聖地-滋賀県豊郷町:旧豊郷小学校

2014年04月30日 | 滋賀
Toyosato Elementary School, Toyosato Town, Shiga Pref.

さてさて、滋賀県豊郷町にある旧豊郷小学校をワタクシは訪ねたのですが、近年になってこの小学校が大きな話題となりました。
それは何かといいますと、ワタクシは全然知らないのですが「けいおん」という名前の人気アニメがありまして
そのアニメは女子高校生たちが主人公だそうなのですが、彼女たちが通う高校の建物が旧豊郷小学校をモデルにしているんですよ。
そのため、この校舎は「けいおんマニアの聖地」とも言われるようになり、一躍話題となったのです


この建物なのですが、現在は観光案内書や休憩所として利用されているのですが、もともとは2階建ての図書館でありました。
校舎の外に吹き抜け2階建ての図書館があった小学校ってすごいですよねぇ

そしてそして、今ではこの建物に「けいおん」オタク、いや失礼、ファン達がいろんなゆかりの商品を寄贈しているんですよ。


「けいおん」って女子高生のロックバンドを描いたアニメなんですね。ですから「軽音」っていうことでしょうか


ワタクシにはこういう女性を見ても「萌える」感性はありませぬ。
それにしてもどうしてこの手のアニメの女性って、異様に目が大きいのでしょうね


寄贈された楽器も飾ってありました。おぉ、ギブソンのレス・ポールじゃあーりませんか
ワタクシなどはレス・ポールというとレッド・ツェッペリンのジミー・ペイジなどがすぐに頭に浮かびます。世代がばれますね


こちらはフェンダーのムスタング。ワタクシはフェンダーだとテレキャスターが好きなんですよねぇ
ロックファンの多くはストラトキャスターの方を好むでしょうが、ワタクシ、テレキャスターのデザインが好きなのです。
テレキャスターを無造作に弾くキース・リチャーズのカッコよさと言ったら…。


女子高生バンドのベーシストは左利きのようですね。左利きのベーシストと言えば、なんといってもポール・マッカートニーを思い浮かべます。


ワタクシが中高生の頃は、洋楽ばっかり聞いていました。そのおかげで英語が好きになったのですからロックも勉強に役立ったのですよ。

ではでは、そろそろ素晴らしかった豊郷小学校を後にしようと駐車場に向かって行ったワタクシは、目を剥いたのでありました


まさかフォルクスワーゲンも、こんな塗装をされるとは思っていなかったでしょうねぇ
この車、多摩ナンバーでしたからこの車で東名、名神高速を走って来たんですなぁ。


こちらは小牧ナンバーでありました。まさに日本各地から「聖地巡礼」に来るんですねぇ

使用したカメラ:FUJIFILM X-E1


まぁ、旧豊郷小学校の校舎が思わぬことから注目されたわけですが、それも悪くはないかなぁと思います。
ただ、せっかくこの校舎を訪れた若い人たちには、「けいおん」の舞台の学校だというだけでなく
この校舎が建てられた経緯や、この校舎に込められた思いを知って帰ってほしい…そう願う私でした



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コメント (30)

日本一の小学校-滋賀県豊郷町:旧豊郷小学校

2014年04月29日 | 滋賀
Toyosato Elementary School, Toyosato Town, Shiga Pref.

さてさて、滋賀県豊郷町にある旧豊郷小学校の校舎を訪ねたワタクシでありますが、校舎の中を歩くと懐かしい気持ちになるんです。


黒板消し…学校を卒業すると、まず使うことは無いですよねぇ
どんなに時代が変化しても、今も学校では黒板に先生がチョークで文字を書くんだなぁって思っていたのですが
最近は「電子黒板」なるものがあるのだと聞きました。便利かもしれないけど、味気ない気がしますねぇ


閉校当時の机がそのまま残っていました。さすがに平成の世の机は、新しい感じがします。
でも、大阪の小学校では机は天板だけが木材で、あとは金属製なんですよ。すべて木製っていいですねぇ。


真鍮製のドアノブが素敵です。今でも扉を開けて、校長先生が出てきそうな気がしました


オルガンの音色も、ずいぶん長い間耳にしていない気がします。小学校の時は音楽の授業って大嫌いだったのに、今となっては懐かしいなぁ。


この学校は「音楽室」ではなく「唱歌室」って言うんですよねぇ
最近は小学校の音楽の教科書から、唱歌や童謡がどんどん減っているそうですね
ワタクシ、美しい日本語の唱歌や童謡を大きな声で歌わせてほしいと願うのですが、今の時代にはそぐわないのでしょうか。

校舎をずっと歩いていくと、校舎の奥に講堂がありましたが、これにもまたビックリです


なんと立派で、そしてなんと暖かみのある素晴らしい講堂でしょう。「日本一の小学校」は決して誇張じゃないですよね


無味乾燥な体育館ではなく、こんな暖かみのある校舎で卒業式を行ったのなら、その思い出はいつまでも心に残るでしょう。
卒業生である住民達が、「校舎の解体」に反対するのも当然の気がします。
この素晴らしい校舎や講堂を解体していたら、取り返しのつかない損失だったと思います


講堂内は撮影自由でしたので、ワタクシ、壇上に上がってみました。
なるほどなぁ…校長先生って、こういう目線で児童や生徒を眺めているんですねぇ


この素晴らしい旧豊郷小学校なのですが、実は近年になってまた大きな話題になったんです。
それは何かというと…明日のお楽しみということにいたしましょう

使用したカメラ:FUJIFILM X-E1


私が通った小学校、中学校、高校ともに私が学んだ時とは違い、すべて新しい校舎に立て替わっています。
学校の前を通っても「母校」という感じはあまりしないし、わざわざ校舎内に入りたいとも思いません。
今更仕方ないのですが、校舎が建て替えられる前に写真でも撮っておけばよかったなぁって思うんですよね



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コメント (33)

ウサギとカメ-滋賀県豊郷町:旧豊郷小学校

2014年04月28日 | 滋賀
Toyosato Elementary School, Toyosato Town, Shiga Pref.

さてさて、いよいよゴールデン・ウィークとなりました。ワタクシ、この連休は仕事があったりしますので、遠出が出来ません
せめて日帰りでもいいからどこかに行きたい…そんなワタクシは、連休初日の4月26日に滋賀県に向かったのでありました。
まず最初に向かったのは滋賀県豊郷町にある旧豊郷小学校の校舎でありました


見てください。この素晴らしい堂々たる校舎を
この校舎は1937年(昭和12年)に豊郷小学校出身で、伊藤忠兵衛(伊藤忠商事の創設者ですな)の下で丁稚奉公から立身出世し、
実業家として大成功した古川鉄次郎という人物が「故郷に恩返ししたい」という思いで私財を投げ打って作った校舎なんです。
当時の金額で60万円(現在の価値では数十億円)という自分の財産の3分の2という巨費を投じ、日本一と言われた校舎を完成させました
また、この校舎は滋賀県にゆかり深いウィリアム・メレル・ヴォーリズが設計を行なったということもよく知られております。
(このブログでも近江八幡日野などでヴォーリズが設計した建物を紹介させていただきました)


ワタクシがこの校舎のことを知ったのは1999年(平成11年)のことでありました。
当時の豊郷町長が校舎の老朽化を理由に校舎の解体と新校舎の建築を発表。
それに対してこの小学校の卒業生である住民たちが猛反発し、工事の差し止め要求を裁判所に提出するという大騒動となりました。
ことの顛末を書きだすと長くなりすぎますので省略しますが、結果として旧校舎は保存され、隣に新校舎が建てられることとなったのです。


「白亜の殿堂」とも称された旧豊郷小学校の校舎ですが、外観も素晴らしいのですが、校舎の中に入るとため息すら出てきます。
こんな素晴らしい校舎の中で勉強したら、ワタクシももう少し賢くなっていたかなぁ


「貴賓室」なんてのがある小学校って、ワタクシは初めて目にします。どんな人がこの部屋を利用したのでしょうね


解体を逃れることが出来たこの校舎は、今は町立図書館、町教育委員会室、子育て支援センターなどに利用されています。
そしてそして、この小学校の校舎に入ってなんといっても目につくのは階段なんですよ


校舎の階段の手すりには童謡「ウサギとカメ」を表したオブジェが作られているのですが、その理由をご存知でしょうか
前述した古川鉄次郎が校舎の設計をヴォーリズに依頼した時、こんな話をしたそうなんですよ。


自分は何をしてもノロマで、小学校時代はよくみんなにからかわれたり馬鹿にされたりしていた。
そんな自分に担任は「君は何をしても時間がかかる。でも、君はどんなことでも絶対に最後までやりとげるじゃないか。
それが君の素晴らしさだ」と言って童謡の「ウサギとカメ」を歌い、
「いいか。君はカメかもしれない。でも、最後は努力するカメが勝つんだ」と言ってくれた。
その先生の言葉をずっと忘れたことは無い。その先生がいてくれたから、今の自分があるのだ。


その話を聞いたヴォーリズは、豊郷小学校に通う子供たちに鉄次郎の心を伝えたいと思い、ウサギとカメのオブジェを作ったそうです。

何て素敵な話なんだろう…ワタクシは胸が熱くなりました

使用したカメラ:FUJIFILM X-E1


最後は努力するカメが勝つ…現実の世の中は、必ずしもそういうわけではありません。
努力しても努力しても報われることもなく、才能に恵まれた人物に勝ることは出来ないことの方が多いでしょう。
それでも私は、努力が報われることを信じて、愚直に頑張って来た日本人が大好きです



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難読地名-京都府久御山町:東一口

2014年04月27日 | 京都(京都市以外)
Higashi-Imoarai, Kumiyama Town, Kyoto Pref.

さてさて、今回は京都といってもちょっと変わった京都を紹介したいと思います
ワタクシ、少し前のことなのですが京都府久御山町にある東一口という集落に、漁村の風景を眺めようと出向きました。
まずここで「よっちんさんもついに酒の飲み過ぎで頭がおかしくなったかな。京都市の南にある久御山町に、なんで漁村があるねん」と思った方も多いでしょう。
そう思われるのは当然です。京都市の伏見区に接する久御山町には当然ですが、海はありません。大きな川もありません。
しかししかし、この地図を見てください。


京都市の南部にはかつて巨椋池という「池」というより、「湖」という言葉がふさわしい大きな池がありました
この地図はかつての巨椋池を今の地図に描いてみたものです。その大きさがわかるでしょうか。
この巨大な池は明治時代から本格的に干拓が始まり、昭和16年には巨椋池は完全に姿を消しました。
しかしながら、かつて巨椋池で漁業が盛んだった集落には、今なお漁村の趣が残っている集落があるのです。
そんな光景を眺めたくって、ワタクシは東一口に向かったのでありました

そしてそして、次に注目してほしいのは「東一口」という地名なのですが、これ、何て読むと思います
「ひがしいちくち」「ひがしひとくち」…実はこれで「ひがしいもあらい」って読むんですよ


京都には数多くの難読地名が存在します。京都市内にある有名な難読地名だけでも
「太秦=うずまさ」「先斗町=ぽんとちょう」「化野=あだしの」などがすぐに頭に浮かんできます。
そんな難読地名が多い京都でも「一口=いもあらい」は、まあ難読中の難読地名ではないでしょうかねぇ


かつては巨椋池の独占的な漁業権を持つ3つの漁港の一つであった東一口。
訪ねてみると狭い路地に沿って、立派な古民家が立ち並んでおりました。


かつてはこの石段を下って行けば、そこには水面が広がっていたのでしょうね。この下は船着き場であったのでしょう。


猫が多いのも漁村だった名残りでしょうか…そんなことはありませんね


堤防の上に出来た東一口は東西に細長い集落で、全長1,300m、最大幅100m、最小幅27mの集落でした。
今も狭い路地に寄り添うように民家が立ち並んでいます。


巨椋池の干拓事業は木津川の洪水を防ぐという目的もありましたが、最大の目的は食糧増産のために水田を作ることでした。
同じ時期に秋田県の八郎潟や九州の有明海など、耕地拡大のために日本各地で干拓事業が進められました。
その後、コメが余るようになって減反政策が進められるのですから、なんとも皮肉なものですね


漁村としての役割を終えてもう数十年。でも東一口の佇まいは、昔のままの姿が残っておりました。


この家などは、かつては立派な漁師さんだったのでしょうね。ワタクシの立つ位置が船着き場だったのだと思います


今回はちょっと変わった京都を案内させていただきました。どんなガイドブックにも載ることがない東一口でしょうが
ワタクシには十分興味深い場所であり、訪ねる価値がありました。

使用したカメラ:FUJIFILM X-E1


東一口…この地名を知ったのは学生時代のことですから、もう30年も前のことです。
地名の面白さ、さらにそこは漁村であったということを知り、一度は訪ねたいと思っていました。
今回、30年の歳月が過ぎてやっと願いが叶いました



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青空にたなびく-奈良県五條市:五條新町

2014年04月26日 | 奈良(奈良市以外)
Gojou-Shinmachi, Gojou City, Nara Pref.

さてさて、歴史あふれる奈良県五條市の五條新町へやって来て、紀州街道沿いの古い町並みを楽しんだワタクシですが
紀州街道から狭い路地を入って行くと、今度は「昭和を感じる」下町の雰囲気が広がっているんですよ


職場にも気がつけば「平成生まれ」の若者たちが働くようになりました。「昭和は遠くになりにけり」ということを実感します。
しかしながら、日本各地には再開発の波から逃れ、昭和の風情を残す町並みが数多く残っています。
そういう町並みは観光地でもなんでもありませんが、私は大好きなんですよねぇ


ホーロー看板って、子供の頃はいたるところで目にした気がします。
もちろん一番印象深いのは水原弘であったり、由実かおるであったり、大村昆であったりするのですがねぇ


東京オリンピックが大成功し、大阪万博が大いに賑わい、札幌冬季オリンピックにみんなが熱中しました。
子供であったワタクシの目にも、日本の国が豊かになり、生活が大きく変化していくのを実感しました。
でも今になって思うんですよね。あの「高度成長期」の時代に、得たものの代わりに失ったものも多かったんだなぁって


失ったもので一番大きなものは何だったんだろう…やっぱり一番は「人と人とのつきあい、つながり」ではないでしょうか。
こんなお店の前ではお客さんとお店の人が会話をやり取りし、おばちゃん達が店の前で井戸端会議を開いていたものです


駄菓子屋は「子供たちの社交場」でありました。学校で勉強が出来る子供よりも、駄菓子屋のゲームに長けた子供がヒーローでした。
年上の子供が年下の子供に遊びを教え、そんな姿を駄菓子屋のおばちゃんが笑顔で見守ってくれていました
「人と人とのつながり」を、もう取り戻すことは無理なのかなぁ。やっぱり無理なんでしょうね。


「目立屋」という職業が、何をする仕事かわからない人も多いのでしょうね
包丁もハサミものこぎりも使い捨てになりつつある今、目立屋なんて成り立つはずがありません。
子供の頃、実家の近所に目立屋さんがあったんですよ。刃物を研いでいるのをよく見ていた記憶があるんですよねぇ。


ちょっとノスタルジックな気持ちになりながら、五條新町の路地裏を散策したワタクシです。
そしてそして、今度は五條新町の南側にある吉野川の河原に行くと素敵な光景に出会えたんです


「風薫る五月」は、もうすぐそこまで来ているんですね。鯉のぼりはやっぱり青空が似合います


久々の心地よい青空の土曜日、楽しい時間を過ごすことが出来ました。さあ、GWは天候に恵まれるかなぁ

使用したカメラ:FUJIFILM X-E1


いよいよGWを迎えます。多くの人が旅行に出向いたり、いろんな計画を立てていることでしょう。
私は仕事があったりするので、今年のGWは遠出をすることが出来ません。
せめて日帰りでどこかに行きたいので、好天を願うばかりです



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