高原千尋の暗中模索

行く川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しく止とゞまる事なし。

『貧困』を考える-2.捕捉率19.7%

2009年11月02日 | 貧困を考える
 ドイツ:85~90%
 英 国:87%
 日 本:19.7%

 日本だけ異常に低い、この数値。
 これは、生活保護基準以下の生活者のうちの保護受給者の割合、すなわち生活保護の“捕捉率”である。
 「生活保護」というセーフティネットが存在しながら、日本の場合、このネットには大きな穴が開いている。生活保護の受給対象にありながら、そのうちの80%のひとが受給できていないのである。2008年度の生活保護の実数は159万人にのぼる。捕捉率が19.7%の場合、生活保護受給対象数は807万人ということになる。807万人-159万人=648万人。この648万人が生活保護制度から漏れているというのが、セーフティネットのひとつ、「生活保護」制度の実態である。

 実は、この生活保護の捕捉率の調査を、自公旧政権は拒否してきた。貧困率を調査しない、という姿勢と同じである。したがって、捕捉率19.7%というのは推定値である。
 捕捉率について日弁連は4チームの研究者による推定値を紹介(生活保護法改正要綱案のリーフレット)している。

 ①和田有美子・木村光彦(1998) 
  生活保護世帯の平均消費額・最低生活費以下の世帯
  → 10.0~9.0%(1988~1993)
 ②小川光(2000)
  生活保護基準未満の世帯
  → 9.9%(1995)
 ③駒村康平(2003)
  生活・住宅・教育扶助と各加算の合計額以下の世帯
  → 18.5%(1999)
 ④橘木俊昭・浦川邦夫(2006)
  生活保護基準未満の世帯
  → 19.7~16.3%(1995~2001)

 19.7%というのは、こうした研究のうち、橘木俊昭・浦川邦夫が割り出した数値の最も高い値を採用している。両氏の研究値の下限である16.3%を採用すると、生活保護受給対象数は975万人となり、約1,000万人とまるめていい値となる。この場合、816万人が生活保護制度から漏れているということになる。
 800万人ものひとが、生活保護の適用条件にありながら、その制度を利用できないというのは異常なことである。なぜ、こんなことが起こるのだろうか。

 反貧困ネットワーク事務局長の湯浅誠氏は、この問題の背景に自治体による「水際(みずぎわ)作戦」があると指摘する。
 湯浅氏によると、「生活保護など受けたくない」という心理的な要因とともに、自治体の窓口において、担当職員が本人の働く意欲や親族による扶養を盾にして、申請そのものをさせずに追い返す「水際(みずぎわ)作戦」が横行している、という。2007年7月に、北九州市において生活保護を打ち切られた男性が、「おにぎりが食べたい」と書き残して餓死していたという事件は記憶に新しい。北九州市の事件は「水際作戦」の氷山の一角にすぎない。湯浅氏は、自治体窓口で保護の申し出を拒否されたうちの66%がその対応に生活保護法違反の可能性がある(日弁連の見解)と指摘している(『反貧困』湯浅誠著 岩波新書より)。
 
 こうした事態が発生する背景には、生活保護費の4分の1を地方自治体が負担していることや、ケースワーカーが不足していることなどがある。地方に費用を負担させる趣旨は「濫給(らんきゅう)防止」という名目であるが、実態は、財政難にあえぐ地方自治体の自衛策という色合いが濃い。このことを湯浅氏は以下のように批判する。

 「生活保護と言うと、すぐに『必要のない人が受けている』『不正受給者がいる』と言われることがあるが、生活保護の不正受給件数は2006年で14,669件である。必要のない人に支給されることを『濫給(らんきゅう)』と言い、本当に必要な人に行き渡らないことを『漏給(ろうきゅう)』と言うが、14,669件の濫給問題と600万~850万人の漏給問題と、どちらが問題の本質として深刻か、見極める必要があると思う。」(『反貧困』湯浅誠著 岩波新書より)


 生活保護の受給者数の実情を確認しておこう。
 以下のグラフは、1952年から2008年までの生活保護受給者数の推移である。棒グラフが受給世帯数の推移で、折れ線グラフが受給者数の推移を示す。グラフを見ると、ともに1993年頃が変化の起点になっている。
 受給世帯数は1993年の56.5万世帯を底にして上昇しはじめ、2002年には過去のピーク78.9万人(1984年)を突破し、さらに上昇を続けた。2007年には108万世帯にまで達している。
 一方、受給者数で見ると、景気動向により上下するものの、日本の経済的繁栄に反比例して1993年までは低下を続けた。しかし、1991年のバブル崩壊に伴う大幅な景気後退により93年~95年を底に受給者数が急上昇し、2008年には1993年の2倍に近い、159万人にまで増加している。



 2002年から2007までの6年間、日本経済は戦後最長となる好景気をうわべ上達成した。実際、2002年からの5年間で、名目GDPは14兆円増加し、大企業の役員報酬は84%増加し、株主の配当は2.6倍になった。その一方で、雇用者の報酬は5兆円も減少したという。小泉流「構造改革」は、富める者はより一層富み、貧するものはより一層貧するという弱肉強食“改革”であった。バブルの崩壊と、それに続く小泉構造改革が、低所得者の生活を一層窮地に追い込んだのである。
 “構造”的につくられた格差の拡大が、日本を急速に貧困大国へと追いやったことがグラフから見てとれる。したがって、この問題を解決するためには対症療法的な対策ではとても追いつかない。まさに逆“構造”改革が必要となる。それこそ「痛みが伴う」改革が必要であり、その痛みとは何か、真剣に議論されなければならない。この点にこそ、国民が民主党に政権を委ねた真意がある。

 日弁連は、2006年10月の第49回人権擁護大会において、「貧困の連鎖を断ち切り、すべての人の尊厳に値する生存を実現することを求める決議」を採択し、生活保護制度の実態把握とその運用改善、申請援助体制の整備、生活保護法改正提案のための調査研究等の活動に取り組んだ。その結果を生活保護法改正要綱案として取りまとめ、2008年11月、要綱案を厚生労働大臣、財務大臣、そして各政党宛に提出している。この要綱案には、以下の4本柱が定められている。

第1 水際作戦を不可能にする
 ○実施機関は申請権を侵害してはならないことを明記する
 ○国と実施機関の周知・広報義務、説明・教示義務を明記する
 ○簡単に書ける申請書の窓口備置きを実施機関に義務づける
第2 権利性を明確にする
 ○法律の名称を「生活保障法」に変える
 ○「保護」の用語をやめ「保障」や「給付」に置き換える
第3 保護基準決定の民主的コントロール
 ○保護の基準は厚生労働大臣ではなく国会が定める
 ○老齢加算、母子加算を復活させる
第4 ワーキングプアに対する積極的支援
 ○収入が最低生活費の130%未満であれば、資産を問わず、
  住宅・医療・生業に限り支援を行う


 「貧困」問題は貧困層だけの問題ではない。セーフティネットが機能しない状況は様々な社会的混乱を招く。それは国家そのものの衰退に直結する。究極的には「戦争」の2文字につながる問題である。そうしたことを次稿以降で、さらに考察していきたい。


<関 連>

『貧困』を考える-1.貧困率15.7%
『貧困』を考える-2.捕捉率19.7%
『貧困』を考える-3.非正社員比率34.1%
『貧困』を考える-4.雇用保険受給率21.1%
『貧困』を考える-5.最低生活費284万円
『貧困』を考える-6.自己責任論①
『貧困』を考える-6.自己責任論②
『貧困』を考える-7.石田徹也

貧困大国アメリカ(その一)
貧困大国アメリカ(その二)
貧困大国アメリカ(その三)
貧困大国アメリカ(その四)
貧困大国アメリカ(余話)


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