प्रज्ञापारमिता

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金剛般若経

2019年08月20日 | 閑話休題
僕の持経は「金剛般若経」・念持仏は般若仏母ですが、この度ちょっとした縁を得て、台湾・国家図書館に蔵されている、600年以上前の元代、中興路資福寺で製作された経典の復刻版を迎えました。

  

「金剛般若経」持経功徳分第十五に

須菩提在在処処若有此経一切世間天人阿修羅所応供養当知此処則為是塔皆応恭敬作礼囲繞以諸華香而散其処

…とあります。つまりこの経典がありるところ、そこは仏塔である…と。今回、原寸大判を持仏間に奉安させていただきますので、めでたくそこが仏塔となった次第です。
もちろん、内容を理解して受持して伝えることの重要性を力説して已まないのが「金剛般若経」ですから、奉安しただけで満足してはなりませんが。



那謨婆伽跋帝 鉢喇壞 波羅弭多曵
唵 伊利 底伊 室利 輸盧駄毘舍耶 毘舍耶 莎婆訶

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十三仏

2019年08月16日 | 法話関係
一切法は一法 多尊は是れ一尊なり

(宗秘論)


すべての存在はひとつに尽きる。多数の仏は一仏にまとまる。

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【十三仏】

不動明王 初七日 慈悲
釈迦如来 二七日 ●過去
文殊菩薩 三七日 ●過去
普賢菩薩 四七日 ●過去
地蔵菩薩 五七日 現在
弥勒菩薩 六七日 未来
薬師如来 七七日 東
観音菩薩 百か日 ○西
勢至菩薩 一周忌 ○西
阿弥陀如来 三回忌 ○西
阿閦如来 七回忌 東
金剛界大日如来 十三回忌 根本
虚空蔵菩薩 三十三回忌 智慧

十七回忌は胎蔵大日如来、二十五回忌・五十回忌は愛染明王、百回忌は五秘密如来…などもありますが、基本は十三仏です。故人の迷いの段階から覚りの段階まで、順を追って導いてくださいます。


【干支守り本尊】

千手観音 子年
虚空蔵菩薩 丑・虎年
文殊菩薩 卯年
普賢菩薩 辰・巳年
勢至菩薩 午年
大日如来 未・申年
不動明王 酉年
阿弥陀如来 戌・亥年

自分が特に縁を感じて信心する仏様は様々ありますから、縁を感じるならばどの仏様でもしっかり拝まれて結構です。わからない場合は生まれ年ごとにも守り本尊がありますから、それを意識されるのも良いと思います。
まず第一に菩提寺の御本尊、次に個人的な念持仏(あるいは干支の守り本尊)。

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お盆

2019年08月08日 | 法話関係
三界法水に沐し 六趣甘露に飽き
同じく愛纏を出でて 共に覚道を成ぜん

(性霊集六 天長皇帝雨乞)

すべての生き物が仏の教えを蒙り、地獄餓鬼乃至人間天界の者も甘露を味わって、皆ともに愛執から離れて覚りへの道を歩もう。

…………………………

ご先祖様、故人がお盆に「帰ってくる」とは、どういう意味でしょうか。普段はここにいないのでしょうか?
お盆は大切な人やご先祖様を思い起こし供養する時ですが、同時に、大きないのちの流れを意識して、みな同じひとつのいのちの中にいるのだ、海と波のように・・・と、生きとし生けるすべてに感謝する時でもあります。

さて。

令和最初のお盆の時期になりました。
お盆は旧暦7/13〜16、今の暦では一ヶ月ほどずれまして、8/13〜16の期間になります。七夕も本来は盆行事で、旧暦7/7、つまり新暦では8/7頃に準備を始めます。

お盆には、よくこんな質問を受けます。

「ご先祖さんが帰ってくると言うが、では普段はお祀りしなくていいのでは?」…あるいは、「お墓と仏壇のどちらに先祖がいるの?」

…等等。
皆さんはどう考えていますか?

簡単に言いますと、ご先祖さんあるいは故人は、手を合わせるところいつでもどこにでも本当はおられます。ただ日常、私達がそれをなかなか意識していないだけ。
仏様の世界はクラウドみたいなもの、あるいはラジオの電波みたいなもので、いつでもどこでもあるんですが、スイッチを入れて集中しなくては、なかなか繋がっていることを意識できないものです。

人はなかなか普段は忙しさにかまけてしまうのですが、時期を区切り、改めて姿勢を正してご先祖さんに向き合う機会を作ることで、繋がりを回復していけます。そうやって「自分の心を開いて心新たに先祖を迎える」、それを「ご先祖さんが帰ってくる」と表現しています。

自分の心の中に迎え入れたご先祖さんは、同時に他の人の心にもいるし、浄土にもいるし、来世にもいます。どこにでもいるのです。
あとは、手を合わせる方が会いたいと願うかどうか。

ただその「会いたい」が執着になってはなりません。執着は「どこにでもいるご先祖さん、親しい故人」を、「ずっとここだけに」縛る心ですから、それは大きな世界、大きないのちの流れを堰き止める行為になります。
そうではなく、手を合わせる時に自分自身が大きな世界・流れのなかにあり、ご先祖さんや故人とその都度に新しく出会うのだ、という気持ちでいてください。

それでは、よいお盆を迎えられますように。
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