प्रज्ञापारमिता

𝔇𝔥𝔞𝔯𝔪𝔞 𝔗𝔞𝔩𝔨, 𝔅𝔲𝔡𝔡𝔥𝔦𝔰𝔪, 𝔗𝔥𝔦𝔫𝔨𝔦𝔫𝔤, 𝔞𝔫𝔡 𝔱𝔥𝔢 𝔚𝔬𝔯𝔡

押入れ

2015年09月16日 | 閑話休題
高野山団参も終わりまして、次は近隣寺院でのコンサート…出演者が友人という事で、もちろん行きます。
それに合わせて他の友人も山口に来ますので、当日は宿泊7名。
布団はレンタルで(笑)

それが終わったら荒神様。

で、今年も本当に、お終い。

で、高野山団参に行ったと言いましたが、そこで友人にモンゴルのストールをいただきました。
吉祥八宝です。
タンカスペースの幕に使わせていただきました。



このスペース、今はタンカが5体ありますが、実は4体を修復・表具に出してまして、
プラスもう一体を奉安する予定なので、今は半分しかありません(-_-;)
なので、スカスカ(笑)

ちなみにこれ、押入れを利用しているんですが、右半分は…



こうなってます。
ごめんなさい。
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お釈迦様の像

2015年09月06日 | 閑話休題
えー、まず、私の持仏間の念持仏を見ていただきましょう。



例によって、クリックしていただけたら拡大します。

まぁ、半分は書庫になっていますが、その本棚の上にお祀りをしています。
もうちょっとマシな場所はないんかい、と言われそうですが、場所がありません。
本堂でも…というのも違うしなぁ、と。
個室でひとりになれる場所でないと、ゆっくり自行できんし。

まぁそれはいいとして。

ズームしていきますと…。



こうなってます。

念持仏は、阿弥陀如来です。
見えにくいですが、蓮の下は波でございます。
水波。
この比喩が仏法の説明には最適だと私は信じていますので、
敢えて、こういう形に作ってもらっています。

で、右下。

小さい仏像があります。

ズームしますと…。



釈迦如来、釈尊です。

はっきり言いますが、これは「土産物」です。

19歳の時、知る人ぞ知る、吉祥寺公園通りの「仲屋むげん堂」で買った、
正真正銘の「量産の土産物」「アジアン雑貨」でございます。
値段は忘れました。数百円だったと思いますが…。

で、この仏像、以来21年間、ずっと私の側にいるんです。
クリスチャンだった頃も、押入れの中に…。
一つ屋根の下に、ずっと一緒にいる。
いなかったのは、加行中だけ(笑)

もちろん、初めて個人的に手に入れた仏像でもあります。

19歳以降、特に25歳くらいまでは本当に暗黒の日々だったわけですが、
それもすべて、側で見守っていてくれたものです。

私の念持仏は阿弥陀如来で、この仏像は特注。
確かにそこそこ費用はかかりました。
一方の「土産仏」は数百円の雑貨扱いで売られていたものです。

でも、私にとってはどちらも大切。かけがえのないものです。

万が一、私が高僧などと呼ばれるようになったとしても、
この「土産仏」も懐中仏として、ずっと大切にするでしょう。
「なんでそんなものを」と言われるでしょうけれどもね。
念持仏の阿弥陀如来は死んだあとは誰かに引き継いでもらいたいですが、
釈尊像は、一緒に焼いてもらおうかと思っています。
なにしろ、ここまでずっと、仏教に出会って以来ずっと私と一緒にいますし、
たぶん残しても、古い土産物として粗雑に扱われるでしょうからね…。
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