प्रज्ञापारमिता

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浄土

2015年08月24日 | 仏教・思索
浄土は、海。波のない海。

でも、波があっても、別に波のない海と別のもんじゃない。
おんなじ。
状態が違い、受け止める奴の見え方が違う。

でも、本質は一緒だし、どこか遠くに完璧な海っちゅーもんがあるわけでもない。

平らかで光輝く海は浄土。
大荒れで波が立ちまくって酔っぱらってるのが、私ら。

でも、浄土はここにしかない。
生きてても、死んでからも、浄土しかこの世界にはない。

海の本質に、波はない。
波は、私らの妄想や煩悩が海をかき回してるだけ。

でも、海はそんなことじゃ、傷つかない。
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当麻曼荼羅

2015年08月16日 | 法話関係
当麻曼荼羅(たいままんだら)とは、奈良県の当麻寺に伝わる国宝、縦横約4メートルの大図で、阿弥陀如来の極楽浄土を『観無量寿経』に基づいて描いたものです。
8世紀、藤原豊成の娘である中将姫が蓮糸を用いて一晩で織り上げたという伝説がありますが、実際にはすべて絹糸で織られています。

▲「浄土」には色々とあります。
大日如来「密厳国土」、薬師如来「浄瑠璃世界」、観音菩薩「補陀落浄土」、弥勒菩薩「兜率浄土」、釈迦如来「霊山浄土」、阿弥陀如来「極楽浄土」…等々。
それぞれの浄土は、東方・西方などの方角にあるとされていますが、本当は「十方空」と言って、人々の心が色々な所に迷っているから方角があるように感じるけれども、実際には方角があるというものではありません。
真実には、浄土は「ここ」にしかありません。
しかし私たちがその「中心」から迷い出て、色々な「心の場所」から本当の「故郷」に戻って行くことを、方角という言葉で表現しているのです。宇宙全体が、本当は仏の世界・浄土です。

▲掲げた図は、当麻曼荼羅の中心部分です。
中央の大きな舞台に説法印の阿弥陀如来が座し、右に観音、左に勢至菩薩がおられます。そのまわりを多くの菩薩方が囲んでいます。
舞台の下は池です(上品中生以下の八品の者が蓮の上に生まれています)。またこの浄土は、「須弥山」という山の上にあるものだと言われています。
その他、経典にあることを忠実に再現したのが、この曼荼羅図です。

▲各家庭の仏壇は、この浄土を模して作られています。
ですから、自宅に戻られたら、是非、仏壇をご覧ください。舞台があります。そこに、ご本尊が安置されているはずです。
その舞台の下、蓮の花のある池のところに、位牌が置かれていると思います。
仏壇の色々な装飾や彫り物も、浄土の花鳥風月を映したものであり、鈴などは音楽を、線香の煙は甘露の雲、香りはもちろん、浄土の芳香です。読経は仏様の説法です。ですから、仏壇のある場所は、そのまま浄土です。つまり、仏様もおられるし、ご先祖様も蓮の花の上で、そこにおられるのです。
これは「たとえばなし」ではなくて、目に見えないのですが、本当に、そこにおられるのです。
なぜなら、浄土というものは「どこか遠くにあるもの」ではなくて、いつも「ここにしかないもの」だからです。
私たちがそれを見る能力がないので、形ある仏壇として目の前に見えるようにしているだけであって、本当にはいつもずっと、「ここ」に仏様も浄土も御先祖様もおられます。

▲さて、お盆には「帰って来る」と言いますが、いつも「ここ」におられるのなら、ご先祖様はどこからどこに帰って来られるのでしょうか。
それは、私たちの心に、です。
すべてはいつも「ここにある」のですが、私たちの心の方が、いつもどこかに「ふらふらと出掛けて迷っている」のです。
どこかに行ってしまっているのは、ご先祖様ではなくて、私たちの心の方です。
ですからお盆は、いつも迷ってふらふらしている私たちの心が、改めてご先祖様、仏様のおられる世界に向かいますように、会えますように、という心で迎え・送らなくてはなりません。
「私たちの心にちゃんとお迎えできますように」と願い、お盆を過ごしていただきたいものです。

▲繰り返しますが、仏様も、ご先祖様も、いつもここにいらっしゃいます。
「お迎えする」のは、私たちの心の中に、です。忙しい日常の中で、私たちの心が浄土から彷徨い出てしまい、迷ってしまっているのを、せめてこの時期はしっかりと自分の心を浄土に向けて、いつも待ってくださっているご先祖様・仏様に出会わせていただく機会としましょう。
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ロー・ホイッスル

2015年08月15日 | 閑話休題
芸術の秋に向けて、遂にちゃんとしたローホイッスルを入手。



ローホイッスルは今まで樹脂のディクソンだけだったんですが、最近このMk Pro stain blackを手に入れまして、これからはこれをメインにする予定です。

ま、「ちゃんとした」という言い方は語弊があって、樹脂製のディクソンでも、ウマい人が吹けば素晴らしいんですけれどね。プロでもディクソンを使う人はいるでしょうし。
とは言え、だいたいホイッスルは金属製が普通なんですが、このMk Proホイッスルは素晴らしいです。
まず、重い(笑) 楽器感があります。樹脂は軽くて手入れが楽というメリットがあるのですが、やはり楽器感という点では金属製がかなり勝ります。息の量も必要ですが、そのぶん音量も出ますし、かなり満足です。

実はこのMkにするか、あるいはバークかゴールディにするか悩みました。
バークやゴールディは職人技のホイッスルで、一本ごとに手作り、その分、楽器ごとに個性があって面白い。
一方のMkは音響工学的に完璧を目指した最新のもので、ある意味では「面白くない」部類に入るかも知れません。
まぁ、そこまで私も区別できるほどうまくないのですが、趣味としては職人技に惹かれる部分もありつつ、悩んだ末にこちらにしました。
ローホイッスルのハイ・エンド・モデルですから、これからこれをメインに、練習に励みますわ。

しかし楽器としては、ハイ・エンド・モデルなんか普通はどんな管楽器でも百万円くらいはするものです。
構造がホイッスルと似ているアイリッシュ・フルートでも百万円近いですけれど(中級タイプでも20万円くらいかな)、ホイッスルは最高級でも4万円~5万円ですから、ハッキリ言って手頃。海外直販であれば、3万円程度で手に入りますしね。
海外のプロなんて、ローホイッスルより小型のティンホイッスルなんかだと数千円、下手したら1000円のものを使って物凄い演奏してます。

弘法筆を選ばず、ではないけれど、ホイッスルは技術がすべて。確かに楽器の力を初心者ほど借りなくてはなりませんが、プロともなると…の世界。

山口県でホイッスル吹きが見当たりませんが、値段も手頃で、奥の深い楽器です。
誰か一緒にやりませんか?


因みに、珍しい木製のホイッスルもゲットしました。



こちらはヤフオクで見つけたもので、ハンガリー製。
まだ手元に来ていないので音はよくわかりませんが、期待しています。
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