प्रज्ञापारमिता

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起信論の正観

2012年10月30日 | 仏教・思索
この文章は大乗仏教の基本だよなぁ。
法相観だけじゃダメ、大悲・大願・精進あってはじめて完結する。
私自身は、この中でもっとも大切なのは「大願観」だと思うけれど、
いずれにしても、これは自心中の仏性あってはじめて成り立つものばかり。
表面心だけの不完全な凡夫たる「我」だけでは、どのみちなし難い。


法相観に曰く、観を修習する者は、当に一切の世間の有為法は久しく停まるを得ること無くして、須臾に変壊す、一切の心行は念念に生滅す、是を以ての故に苦なりと観ずべし。応に過去に念ずる所の諸法は慌忽として夢の如しと観ずべし。応に現在念ずる所の諸法は猶し電光の如しと観ずべし。応に未来に念ずる所の諸法は猶し雲の忽爾として起るが如しと観ずべし。応に世間一切の有身は皆悉く不浄にして種種の穢汙あり、一として楽うべきもの無しと観ずべし。
大悲観に曰く、是の如く当に念ずべし、一切衆生は、無始の時より来、皆無明によりて薫習せられるに因るが故に、心をして生滅せしめ、已に一切の身心の大苦を受く。現在に即ち無量の逼迫有り。未来に所苦も亦分斉無し。捨し難く離れ難きに、而も覚知せざる衆生は是の如く甚だ愍れむべきと為すと。
大願観に曰く、此の思惟を作して、即ち応に勇猛にして大誓願を立つべし、願くは我が心をして、分別を離れしむるが故に、十方に徧して一切の諸善功徳を修行し、其の未来を尽くして無量の方便を以て一切の苦悩の衆生を救拔し、涅槃第一義の楽を得せしめんと。
精進観に曰く、是の如き願を起すを以ての故に、一切時と一切処に於て、あらゆる衆善を、己が堪能するに随って、捨てずして修学し、心に懈怠無し。唯だ坐する時に止に専念するを除いて、若し余の一切には、悉く当に応作と不応作とを観察すべし。
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七仏通誡偈

2012年10月28日 | 仏典の言葉
仏教の最終的なところは結局どこに行き着くのか…と考えると、それは儀礼でも読経でも行法でも禅定でもないな、と。もちろん学問や僧俗の別や宗派というものとも違う。
今挙げた諸々の事は、結局は七仏通誡偈を実現するための過程でしかない。

諸悪莫作
衆善奉行
自浄其意
是諸仏教

この中の、「善悪とは何か」「意を浄くするとは何か」という事に関しての膨大な注釈が「仏典」であり、その方法論の提起が様々な実践法であって、そういう「学」や「実践法」自体に価値があるわけではなく、それそのものが仏教、ということでもない(もちろんこういう行学は覚の実現のために不可欠で意義はあるが、それ自体で別個独立した意義はない、ということ)。
そこを踏み外すと、やれ「この教学が正義」やれ「この実践方法だけが正しい」というような、ズレた議論が出てくる。挙げ句の果てにはそれで派閥を作って徒党を組み、世俗的な権力・利権の奪取と確保に汲々となっていく。

過程と目的を混同すると、ロクなことはない。

道路は何のためにあるのか。立派な道路を作るために、苦労してダイヤモンドを敷き詰めてどうするのだろうか。そしてその道路の立派さを誇示してどうなるのか。
私は道路も必要だし大切だけれど、それよりも目的地の方が大切だと思っている。そしてそれに資する限りにおいて、より自分の歩き方に適合した道路があれば幸甚だが、それはダイヤモンドである必要はないし、目的地にさえ繋がっていれば、何なら未舗装の道路でも構わない。
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泥と光

2012年10月25日 | 時事関連
私は死刑には消極的なのだけれど(決して反対派ではない)、今回の尼崎の無茶苦茶な事件を見るにつけ…さすがに考えさせられます。この件については、まったく弁護すべき余地が見当たりません。
そのうち「美代子被告の幼少期の育ちが云々」という風な「弁護論」も出てくるとは思いますけれど、仮にどういう「育ち」であったとしても、そういう人がみんなこういう犯罪を犯すわけでもない。そんな事は、この事件の陰湿さ・凄惨さの前には関係ないと言わざるを得ないでしょう。

…まぁ、死刑制度の是非についてはともかく。


どんな人間であれ、仏性がある。本来は仏だ。


これを私は信じています。今回の事件を見ても、私はそれを疑いません。
「そんなもの、直接的な被害にあっていない人間の戯言だ」と言われるかも知れませんけれど、しかしこの仏性遍満を捨ててしまうと、まったくもってこの世は、闇です。
しかし世界はそんなものではないと、私は信じます。
ですから今はただただ、人間の無明煩悩、業の深さに嘆息するのみです。本当に、人間というものは自心の光を深くに隠して眠らせているのだなぁ…。そして光を覆い隠す泥の、なんと厚くて堅いことか…実際、絶望的になります。

そんな中で私たち仏教者は、(被害者だけではなく)「加害者に対しては」どのような言葉をかけ、どのように接していけるのでしょうか。未熟な私には、わかりません。
犯罪を犯さないまでも、このように厚い泥に光を押し込めている人は、たくさん、世間には生きています。そして私もまた降り積もる泥に、油断していると身動きできないまでに埋まってしまうような、そんな弱い表層心とともに生きているのです。他人事ではありません。

そういう現実の波間に翻弄される私であればこそ出来ることがあるでしょうし、また、出来ない事もあるでしょう。
揺るぎない仏光・仏道による教えを指針として、私自身がしっかりと仏性常住を信じ、右往左往しながら、すべて私自身の問題であると受け止め、不器用に歩いていく…それしか、今の私にはできそうもありません。
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李白・杜甫・室生犀星

2012年10月25日 | 閑話休題
静夜思 李白

床前看月光  
疑是地上霜
挙頭望山月
低頭思故郷


床前月光を看る   
疑うらくは是れ地上の霜かと   
頭を挙げては山月を望み   
頭を低れては故郷を思う



詩人としては杜甫がもっとも好きなんですが、詩はこれが現時点では一番。
望郷詩は杜甫も李白も一級ですね。
この静夜思は超有名ですが、杜甫の望郷詩も最下段に挙げておきます。
これも有名な詩で、好きな詩のひとつです。
私は辺塞詩も大好きなんですけれど、
昔からどうも「故郷から遠く離れて」という類の詩が好きなようです。
今の私の現状が…という事じゃなくて(笑)、
もともと「旅」や「望郷」という心情に感じてしまう気質というか。
たとえば室生犀星という詩人も好きで読むのですが、彼の詩の


小景異情 室生犀星

ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしや
うらぶれて異土の乞食となるとても
帰るところにあるまじや
ひとり都のゆふぐれに
ふるさとおもひ涙ぐむ
そのこころもて
遠きみやこにかへらばや
遠きみやこにかへらばや



これは「故郷は遠くで思うものであり、帰る場所ではない」という詩なんですが、
歌われている心情としてはやはり、望郷なんですよね。
はじめてこれを読んだのは私が東京にいた頃ですが、泣けましたよ。
自分自身、カネも希望もなく苦しい時代でしたから。
もっとも実際には犀星の場合は杜甫などと違い、金沢には時に帰っていたようですし、
そもそもこの詩自体、金沢でのものだそうですが(借金を頼みに実家に戻ったらしい)。

さて、その杜甫の望郷詩です。


絶句 杜甫

江碧鳥逾白
山青花欲然
今春看又過
何日是帰年


江碧にして鳥逾々白く
山青くして花然えんと欲す
今春看々又過ぐ
何れの日か是れ帰年ならん

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和讃二種

2012年10月22日 | 東亜仏典の言葉
光明真言和讃

帰命頂礼大潅頂 光明真言功徳力
諸仏菩薩の光明を 二十三字に蔵めたり
「おん」の一字を唱うれば 三世の仏にことごとく
香華燈明飯食の 供養の功徳具われり
「あぼきゃ」と唱うる功力には 諸仏諸菩薩もろともに
二世の求願をかなえしめ 衆生を救け給うなり
「べいろしゃのう」と唱うれば 唱うる我等が其のままに
大日如来の御身にて 説法し給う姿なり
「まかぼだら」の大印は 生仏不二と印可して
一切衆生をことごとく 菩提の道にぞ入れ給う
「まに」の宝珠の利益には 此世をかけて未来まで
福寿意の如くにて 大安楽の身とぞなる
「はんどま」唱うるその人は いかなる罪も消滅し
華の台に招かれて 心の蓮を開くなり
「じんばら」唱うる光明に 無明変じて明となり
数多の我等を摂取して 有縁の浄土に安き給う
「はらばりたや」を唱うれば 万の願望成就して
仏も我等も隔てなき 神通自在の身を得べし
「うん」字を唱うる功力には 罪障深きわれわれが
造りし地獄も破られて 忽ち浄土と成りぬべし
亡者のために呪を誦じて 土砂をば加持し回向せば
悪趣に迷う精霊も 速得解脱と説きたまう
真言醍醐の妙教は 余教超過の御法にて
無辺の功徳具われり 説くともいかで尽くすべき
南無大師遍照尊 南無大師遍照尊 南無大師遍照尊


真言安心和讃

帰命頂礼大日尊 八葉四重の円壇は
一切如来の秘要にて 衆生心地の曼荼なり
十方浄土の諸聖衆は 大日普門の万徳を
開きて示しし尊なれば 密厳国土の外ならず
青龍阿闍梨の教戒に 菩提を得るは易けれど
真言秘密に逢うことの 得がたきなりと演給う
二仏出世の中間に 果報つたなく生まるれど
いかなる宿世の種因にて 解脱の時を得たりけん
五濁に満てるこの世にも 真言の教え求めつつ
如説に修行するときは 正像末のへだてなく
一念一時一生に 三密加持の不思議にて
無尽の功徳円満し 即身成仏せらるなり
善根功徳をかさねきて 決定諦信ゆるぎなく
至心に神呪を唱えなば 無明を除くと説きたまう
一密おこたることなくば 増上縁の力にて
三密具足の時いたり 終には仏果を証すべし
わけても光明真言は 諸仏菩薩の総呪にて
一字に千埋を含むゆえ 無辺の功徳備われり
信じて唱うるわれわれは 口称の功力を因として
密厳浄土とひとすじに 安心決定致すべし
南無大師遍照尊 南無大師遍照尊 南無大師遍照尊
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阿留辺幾夜宇和

2012年10月21日 | 仏教・思索
         

仏法者と云は、先づ心が無染無著にして、其の上に、物知たるは学生、験あれば験者 、真言師とも云也。能もなく、験もなきは、無為の僧なるべし。若し纔かに有所得ならば、更に仏法者と云ふに足らずと云々。

僧侶というものはまず、心が五欲に染まらず執着せず、その上で博識であれば学僧、験力あれば験者・真言師とも言える。が、そういう学識も験力もない者は、ただ僧侶である、というだけのこと。もしわずかでも執着などがあったとするならば、仏教者とすら呼ぶことは出来ない。

     ※※※※※※※※※※※※

適(たまたま)仏法に入て習ふ所の法も、出離の要道とはしなさで、官位ならんとする程の纔かに浅猿き事にし成さんと勤む程に、結句それまでも勤め出さで、病付て、何とも無げに成て死する也。嗟呼、末代辺士の作法、何と成り行たる事ともやらん。こせこせと成ける者哉と、利口事とも有るまじきなりと云々。

たまたま仏教の道に入って学んだものの、それを解脱の道とはしないで官位など出世のために利用するなど浅ましいことに勤しんだとしても、それすらも達成できずに病になって何にもならず死んでしまう。ああ、インドから遠く離れた辺境の者のなすことなど、まったくどうにもならない。こせこせした者であるなあ…賢い行為でもなかろうに。

【明恵上人『阿留辺幾夜宇和』より】


痛い、痛いなぁ。
覚鑁上人の『密厳院発露懺悔文』もそうだけれど、読むたび、痛い。
僧侶になって十年を超えたけれど、まだ誰の影すらも見えない地点にいる。
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師友

2012年10月15日 | 仏教・思索
釈尊の「善き友を得るというのは、修行の半ばを完成したというのではなく、修行のすべてを完成したことと等しい」という御言葉は、本当にその通りですね。
本当の師・法友を得ることは難しく、有難い事。とくに生涯の良師を得ることは余程の縁。森羅万象もちろんすべて師ではありますが、近侍して親しく仕えて、教え導いていただけるような現前の師を得るということは、実際かなり稀有の事ではないかと思うわけです。
私もいまだ、求めています。「阿闍梨なのに」と言われるかも知れませんが、それでもやはり生半可者ですから、善き師・善き法友は自分にとって必要です。
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泥のまま

2012年10月13日 | 仏教・思索
内村鑑三『求安録』に、以下のような文章があります(直接には教文館『一日一生』から抜粋)。

母の手から離れて泥中に陥った小児は、己を洗浄するまで母のもとに帰らないだろうか。泥衣のまま泣いて母のもとに来るのではないか。そして母はその子が早く来なかったことを怒り、直ちに新衣を取って無知の小児を装うのではないか。

内村鑑三はもちろんクリスチャンです。しかしこの文章は、仏教にも当てはまる素晴らしい言葉だと思います。

大乗仏教では「菩薩行」とか「利他」ということを大切にします。しかし「私はまだ凡夫で自分をすら救えないのに、他人を救うなんてできない」という言葉もよく聞きます。「まずは自行だ」と。

果たしてそうでしょうか。

キリスト教において「泥のまま母に飛び込む」とはつまり、イエス・キリストの救いに正しく向く、という事に他ならないのですが、仏教においてのそれは、「自利利他円満を目指して生きる」ことになると思います。自利・利他どちらが欠けても、それは大乗仏教にはならないのだ、と。

泥のままとはつまり、煩悩・無明に沈む凡夫のままでありながら、仏教の指し示す真理の存在を信じ、自分自身が如来そのものであると信じ、「つまらないこの心」こそ如来の性を十全に持っている真実のいのちだと信じ、仏のなすべき業を私がやる…まずそう決心することだと私は思います。

もちろん不十分でしょう。出来ないことも多いでしょう。挫折もするでしょう。

しかし常に仏法を燈火とし、如来の業の一分でも輝かせるようにする。自分自身の本源の心を決して卑下することなく(現実の自分について増上慢になることなく)、地道にコツコツと実践していく。その実践こそ、泥のまま母に飛び込む、ということです。
そして仏教における「母」とは、実は私自身の本来の業用でありまた、この世界森羅万象すべての中で「痛んでいるところにある慈悲の存在」そのものだと思います。
泥を落としてから…つまり「成仏してから」そこに目を向ける、というのはあり得ません。そういう「痛み」の部分に飛び込んでこそこの世界の実際が体感できるし、その先にしか成就というものはないのですから。

自戒自戒。
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迷走の記録

2012年10月13日 | 仏教・思索
私、高校は「国語科」という専門学科の卒業でしたので、日本の古典文学や古典文化を、普通科高校よりは多めに学んできました(それでも古典文法は苦手でしたけれども)。
しかし当時を思い返しても、仏教そのものについてはそれほど関心が高かったとは言えません。「好き嫌い」というよりも、知識も情報もなかった、というのが実際のところ。もちろん古典などやっていれば寺院の名前なんかは出てきますからまったくノータッチだったわけじゃないし、私自身、子供の頃から奈良にはよく行っていたのですが、寺院・日本文化と仏教がリンクしていなかったという感じで。
正直に言えば、「日本文化や大寺院は素晴らしいけれど、実際の仏教はなんかダサい」というのが偽らざる感覚でした(今にしてみたら、仏教ほどカッコ良くてお洒落かつ国際的かつ深淵なものはないと思うんですけどね。ただ、伝え方が下手というか、坊さん自身が仏教のカッコ良さを知らないだけ)。

それがどうして坊さんなんかになろうと思ったのか。当時から考えたら不思議です…。
以下、自分自身の人生の備忘のためと、もし今ちょっと人生で悩んでいる人がいれば、ちょっとしたヒントのひとつにでもなればいいかなと思い、恥ずかしながら私の迷走の記録を書き連ねたいと思います。

さて、その高校で日本文化や日本の歴史、古典に関心を持ったので、普通ストレートに考えたら大学では国文か国史あたりに進むのでしょうけれど、なぜか私は「インドがやりたい」と思ったんですね。
日本の仏教の実際面・教学面には関心がなかったのですが、「文化」としての仏教にはちょっと関心があったので(もちろんそれは表裏一体のものですが、高校生当時はまったくその両者が連結していなかったのです)、そのルーツのインドに興味が出てきて、また「知らない世界を見たい」という若気の至りというものも手伝って、なんとなくインド関係に進もうかな、と。
ところが私は高校当時はまったく勉強せずに本ばっかり読んでた学生でしたので、志望校に悉く落ちた挙句、浪人中に色々と紆余曲折もあり、東京の某専門学校でヒンディー語を勉強することになりました。この学校を出れば、その後にインドの大学に行けるという話だったもので、この際いっそ日本ではなくてインドの大学でもいいか、という。安直ですが。
しかし、卒業後にインドの大学に行けるとしても、それは少なくともヒンディー語をある程度マスターしての話であり、確かに友人たちで留学した人も多かったんですが、私みたいに語学音痴の上に努力しない者が行けるはずもなく(なんせ相変わらず日本語の本ばっかり読む生活を私はしていましたし、挙句の果てに留年までしましたからね…親不孝者です)、卒業後はタラタラ仕事をしたりインドに(旅行に)行ったりキリスト教会に通ったり、人生五里霧中の迷走をしていました。

ここまで単に自堕落なことばかりで、まったく僧侶になるような兆候もないですね(笑

ただ私、そういう堕落した生活を送っていたにも関わらず(だったからこそ?)、親にも悪いし自分の将来も見えてこないし…と、実は心中深く挫折感に苛まれる毎日でして、必要以上に物事をウジウジ考え込む癖がついてしまったんです。順風満帆だとそう考えなかったかも知れませんが、当時はまったく、どう生きていけばいいか皆目見当もつかない状況だったので…。
年齢もそうこうしているうちに25歳が迫ってきて、「このままじゃいかん」という気持ちがいよいよ切羽詰まり、「自分は何がしたのか、何をすべきか」を根本的に考えてみようと、改めて冷静にしっかりと自分と対話することにしました。

その時に出会ったのが一冊の本。
増谷文雄師の『この人を見よ』。
『この人を見よ』というのは釈尊の伝記で(いわゆる「仏伝」)、それまでも渡辺照宏師の『新釈尊伝』なども読んでたんですが、何故だか増谷師の本書を読んで泣けてきまして、釈尊の穏やかさと揺ぎのない精神に自分自身の今の馬鹿さ加減が照射された気持ちになり、「もっとこの人の教えについて知りたい、いや、自分の人生にとってそれは義務だ。僧侶になって修行しよう」と勝手に思い込み、後先考えずに東京のアパートを引き払って大阪に戻ったのでしたた。
もちろん「これは今の自分の誤魔化し・逃げなのか、それとも前進なのか、どっちだ」とかなり悩んだのですが、恐らくその両面が渾然一体となっていたのだと思います。最終的には「もはや考えても仕方ない、〈やってみたい〉と思ったのだから、やろう。もしこれが〈逃げ〉なんだとすれば、きっと途中でくじけるだろうから、答えはその時にわかる」と決めて進むことにしました。

さて、大阪に戻ったは良いのですが、もちろん現実の寺院にコネがあるわけでもなく。
諸宗兼学だという奈良仏教もしくは真言宗なら広く仏教が学べると思い(それに奈良そのものに対する憧憬もありましたから)、実際に奈良の大寺に行ったものの、どう言って誰に話せばいいかも分からず、拝観料だけ払って「観光」して帰ること数度、「こりゃ埒があかない」と、世間知らずの私はいくつかお寺に電話などして相談したものの門前払いが続き、いよいよこりゃ困ったな、と。僧侶になると決めたものの、スタートラインがどこにあるかもわからない…。

その時、「宗門大学」というものがあると気づき、もしかしたらそういう大学に行くのが良いのではないか…奈良仏教には残念ながらそういうものがないけれど、真言宗には高野山大学があるぞ…と。真言宗ならインドとも近そうだし、チベットにも関心あるし、そもそも奈良仏教にも近い…しかしいまさら学校に行くのもなぁ…経済的にも色々あるし…等々、思い悩んだ末、「この際、やると決めたのだから借金してでもやるべきだ」と決意し、返済型の奨学金を受けて高野山大学に入学したわけです(幸い巡り合わせが良かったのかどうか、色々とありまして学費に関してはそれほど苦労せずに済みました。感謝なことです)。
そしてその後、なんとか真別処で修行をさせて頂き…。

と、まぁ。

私が僧侶になったのは以上のような経緯です。
そのあと大学院に行こうとしたものの経済的な事情で限界に達して行けなくなったり、これまでも今現在でも色々と紆余曲折がありますが、多分これからの苦労は今までの比ではなくなるでしょう。将来の抱負・方向性など色々と実現未成で道遠し…なのですが、私は本当にこの道で良かったな、と。
奈良の近く(信貴山麓)で育ち、高校で国語科、その後にヒンディー語、人生迷走、高野山大学、真別処、そして山口の寺…こうやって経てきた経験は、その時その時はバラバラで、迷いながら選択した結果に過ぎないのですが、現在の地点から振り返ると、すべて有機的なつながりがあるように感じます。「私」という現象を焦点として、こういう「縁」がつながっている。
あぁ、これは今後にもっともっと生かさないとなぁ…と、本当にそう思います。
人によって人生の歩みや能力は違うし、志も違います。ただ、その時点では意味のない事だと他人には見えたとしても、真剣に考えてやっていれば、たとえ不器用な生き方をしたとしても、きっときっと、すべてがいつかつながります。良い結果になります。
大切なことは、不器用でも、馬鹿に見えても、真剣にやってみる・考えてみる、ということなんじゃないでしょうか。

私の人生は別に劇的なこともなく、ほとんど迷走の連続でしかないのですが、それでも自分なりにここまで色々な人に助けられて不十分ながらもやって来ました。これからも色々な方面に面倒をかけるでしょう。
だからこそ…というのもありますし、それ以上に仏教の素晴らしさを知ったということもありますから、これからは自分自身のためだけではなく、少しでも仏教を人のために真剣に紹介したい。本来「法師(dharmabhanaka)」とはそういう存在で、自分自身そう生きていければ、と思っています。
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菩薩の道の歩き方

2012年10月12日 | 仏教・思索
今までの私なりの乏しいながらも色々な経験、今現在の経験、そういうものはすべて意味があって、有機的な繋がりがある…と信じたい。

僧侶としてこれからの残りの人生をどう生きていくべきか、このところ色々と考えています。

もちろん人によってその「役割」はまったく違うでしょう。私が「素晴らしいな」と思える僧侶方の生き方と、私のそれが同じである必要はないと思います。思いますが、しかし自分自身を省みたとき、どうにもならない自分の無能力・怠惰な性根に暗澹たる気持ちになってしまうのもまた、事実です。
でも暗澹たる気持ちでメゲるのではなく、この地点から、歩き出さなくてはなりません。

私には何ができるだろう、何を以て仏道を歩みまた菩薩道を実践できるのだろうか。
六波羅蜜、四無量心あるいは十善戒。そういう指針は当然あります。それすら満足にできないのも事実ではあるのですが、それを踏まえたうえでさて、具体的に「私自身の仏道」とはいったい、何だろう? 「我を張る」という意味での「私」ではなく、大海と一致しながらも、同時に個としての波である「私」の、波としてのカタチ。それはどういうカタチなんだろうか。
漫然と「僧侶でございます」と生きることは可能なのかも知れないけれど、それでは多分、仏教的にも正しい生き方ではないのだと思う…。
だから今更ながら、今までの自分自身の歩み・経験をもう一度振り返り、私の「なすべき事」を真剣に、もっと掘り下げて考えていかなくてはと。そう思っています。

しかし、息苦しくなるような「真剣さ」はもうやめたいと思っています。しかめ面で真剣にやることの大切さもわかっていますが、それだけだと煮詰まります。
和気藹々、いい意味で力の抜けた真剣さ。それが自然に出るようになればいいなぁ。
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