प्रज्ञापारमिता

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死後の魂

2011年02月22日 | 仏教・思索
死後の魂があるのかないのか、なんて事、たまに議論になります。

私は別にどっちでもいいのですが、その類の議論を聞いてて気になることがひとつあります。曰く、「仏教では魂を否定しているのだ」という類の発言がまま見られますけれど、だから「輪廻はない」ということと接木して論じるのはちょっとおかしいのではないか、ということです。
無我説と輪廻説が矛盾している、というのは自明の事なんですかね?
この肉体は常住不変の実体ではなく、たまたま縁によって成っている仮設のものに過ぎないのと同程度のリアリティーで、魂というものがあったとしても問題ないと思うんですが。それが輪廻してちゃ何か不都合でも?
固定的実体的魂はあり得ないのですが、縁生縁滅の魂まで「ない」と断言する論理的根拠はどうなんだろ。「魂」が不変の絶対的存在だというのなら問題ありますが、「魂」というだけで、それを勝手に「不変の実体」と同置して否定するのは、ちょっと無理のある論理展開ではないかなぁ。

覚って解脱しない限り、無明があり、また仮設された縁生の魂もある…というのがそんなに非仏教的とも思わないですが。そこまで否定すると、却って論理破綻を起こしてしまうでしょ。

もちろん縁生無常の魂など歯牙にもかけず、真如大海の一を覚すべきが仏教の大道ですから、魂の有無を証明すべき大問題としてかかずらう必要はないでしょうが、もし「ない」のであれば、釈尊は五蘊無我とかは説かずに、端的に「そんなもんないよ」と一言でお仕舞いにしていた筈です。
私たちは断滅論・常見論ともに離れなくてはなりません。
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最低限の漢文

2011年02月16日 | 閑話休題
最近は僧侶ですら漢文を避けているように思えます。このままでは、僧侶の内実がますますスカスカ、日中朝越に渡る千年以上の漢文仏教の伝統が崩壊してしまいます。
私自身、日本大乗仏教を奉ずる僧侶として最低限の漢文を…と言っても、いまさら高校漢文でもなかろうと思いますし(句形の基本程度は憶えておくべきですが)、私が思う「漢文の学び方」をちょっと書いてみます。
碌に読めない私が言うにはいささか僭越ですが…まぁ、自分もこうやって学ばなくては、という意味で書きます。対告衆は自分自身です。

実用的かつ最低限度の基礎的漢文力をつけるための学習方法ですが、まず一般的な漢文を理解する力が第一で、それには四書がやはり基本になるんだと思います。それに加えて、僧侶であれば老子と荘子。歴史が好きならメジャーな史書のどれか。
勿論これらを白文だけで読む必要はありません。
訓読文と注釈のある本を選び、白文と対照させて、白文を「読み下していく」。これが一番だと思います。

例えば、吉蔵の言葉「諸大乗経顕道無異」の場合、「諸の大乗経は道を顕すに異なること無し」となるでしょう。これを訓読だけ読んで良しとせず、必ず原文に戻って読み下し、そして「諸大乗経(は)、顕す、道を、(それにおいては)異なる無し」と理解していく。まぁ、英語の学習と一緒かも知れませんが、出来るだけ頭から理解していく。そうしないと、読経しながら文意が取れなくなります。
この練習をコツコツやって行き、文章の蓄積を増していけば、いずれ初見の経典でもある程度は意味が取れるように…なるかも知れません。

この練習に適したものとしては、手始めには日栄社のアンソロジー(これは高校漢文ですが…)は解説もありますから、まずそれが良いでしょう。あとは岩波か学術文庫、それと明徳出版の中国古典新書シリーズ。古典新書は抜粋ですが、ちょっとマイナーで面白そうなものも多いですし(マテオ・リッチの漢文なんぞ、普通は読めないでしょ)。
我々としては仏教漢文が本丸ですが、メジャーな経典の訓読文は巷に溢れていますので、自分の依る経典を手始めに、少しずつ範囲を広げて行く。

この方法、どんなもんでしょう?
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つばめ

2011年02月07日 | 閑話休題
そろそろ燕の営巣時期ですね。

昨年まで車庫に燕が巣を作っていまして、檀家参りの時にえらい困ることがあり、また構造上なかなか糞避けの対策も取りにくく…可哀そうですが、今年は営巣しないように対策を立てました。まさか卵を産んだ後に巣を撤去…なんて私にはできない相談ですから、今のうちに、と。
まぁ対策と言っても、せいぜいCDとアルミ灰皿を10個程度ぶら下げただけですが。

因みに鳩も本堂正面の梁上に作ろうとしたことがあり、それも申し訳ないながらも初期段階から妨害行為(もちろん非暴力ですよ)をせざるを得ませんでした。なんか罪悪感…。

燕自体は好きなので、出来たら境内でもほど良い場所に作ってくれればいいのになぁ、と思っています。境内に営巣可能な場所はいくつかあるのですが、どうにも困る場所をめがけて作りますね。
彼らに何とかこちらの気持ちを伝えられないものでしょうかねぇ…。
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見台

2011年02月06日 | 閑話休題
使っていた金剛般若経の経本、一部ちょっと手を加えたついでに、拡大してコピー製本してもらいました。わざわざ拡大したのは、実は私は目が悪いので、将来的な事も含めて字を大きくしておきたかったわけです。

で、仕上がって来た経本、思ったより大判になってしまい、ちょっと手で持って読むのに不便…金剛般若経は大部の経典じゃないので、別に重さ的には問題ないんですが…。
ということで、見台を注文。
仏具店のものは数万円以上するので論外として、一般的な書見台の上置き型を注文した次第です。一般商品のほうが安くて立派。

しかし、なんで仏具店関係で売ってるものは何でも異様に高いんだろう。例えば本堂用椅子ひとつとっても、似たようなものが一般店では下手したら半額以下。質も一緒。
何とかならんものでしょうか。
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