प्रज्ञापारमिता

𝔇𝔥𝔞𝔯𝔪𝔞 𝔗𝔞𝔩𝔨, 𝔅𝔲𝔡𝔡𝔥𝔦𝔰𝔪, 𝔗𝔥𝔦𝔫𝔨𝔦𝔫𝔤, 𝔞𝔫𝔡 𝔱𝔥𝔢 𝔚𝔬𝔯𝔡

年末

2009年12月29日 | 閑話休題
気付いたらクリスマスも過ぎ去り、明後日には大晦日ですね。

先日、山口市内の某禅林寺院にて忘年会(?)があり、行ってきました。参加者は臨済宗・曹洞宗・華厳宗と真言宗の私で僧侶が4名、一般の人ふたりの計6人。
夜中まで色々と話込んでしまって帰りは真夜中過ぎになってしまったのですが、雨天と言う事もあって車のフロントミラーが曇りまくって大変でした…エアコンの調子が悪いのでなかなか曇りが取れず、前を走る車のテールライトだけを見ながら、真っ暗の峠道を…ちょっと怖かった(ちなみに私はお酒を飲みませんので、飲酒運転ではないですよ。ご安心ください)。

さて、今年のブログ更新はこれでおしまいです。
私のくだらん記事を読んでくださっている方…ありがとうございました。
来年もぼちぼち更新しますので、よろしくお願いいたします。
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井筒先生最新刊

2009年12月18日 | 仏教・思索
この十年来、私のもっとも尊敬する大学者である故・井筒俊彦先生の最新刊が出版されました。

『読むと書く』
http://www.keio-up.co.jp/np/isbn/9784766416633/


井筒先生の業績についてはここで紹介するまでもないことですが、とにかく言語哲学・イスラーム学の世界的権威であると同時に、欧州からロシア・ペルシア・インド・中国・日本に渡る宗教・思想・文化・言語の広汎な分野に渡る業績を残された方です。
巷では岩波文庫『コーラン』を翻訳したイスラーム学者のイメージが強いかも知れませんが、最後の著作『意識の形而上学』が『大乗起信論』を取り上げていたことを述べるまでもなく、井筒先生にとってはイスラームやキリスト教をも含んだ「全東洋的思惟の有機的構造の解明」こそがその学問の焦点だったと思います。

経歴等の詳細はリンク先を見てください。

さて、この本は井筒先生の全集に漏れたものを集めたものですが、非常に読みやすくて面白い内容です。
イスラーム関係のエッセイが充実しているのは当然ですが、仏教との関係でいうと、高野山での講演も収載されていますし(言語哲学的観点から見た真言密教思想について)、あるいは随所に示唆的な文章が出てきます。「空」や「色即是空」について、凡百の仏教学者の書いた「解説書」なんかよりも余程しっかり理解できます。某上座部僧侶の書いた般若心経批判の本がありますが、あの自称「論理学的批判」がどれだけ浅薄なものかが、この本によってだけでも明白になるでしょう。

いずれにしても、買って損は絶対にない、と断言します。少し値段が高いですが、充実した内容で750ページを超える本ですから、井筒思想の入門としては決して高い買い物じゃないと思います。
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let it be?

2009年12月14日 | 仏教・思索
ビートルズの名曲「Let it be」はいい曲ですが、「あるがままに」「自然法爾」というのは、受け止め方を間違えるととんでもないことになります。

「あるがまま」「そのままでいい」というのは、昨今のスピリチュアルブームで一層の加速を見せています。そして仏教はその源泉の一つであるとされ、そんな「ぬるーい」「やさしーい」思考の親玉みたく思われているようです。
とりわけ如来蔵思想や仏性思想はその典型と思われています。
しかし如来蔵思想にしても、修行して覚に至らなければ(あるいは弛まぬ菩薩行の実践なくしては)、別に仏性などあってなきが如しなんですけれどね。法華経の「衣裏繋珠」の比喩にある如く。

たとえばいくら銀行口座に莫大な貯金があったって、暗証番号も知らず通帳もハンコのありかも知らず、そもそも口座があるのがどの銀行かもよく知らぬでは、そんな貯金などないも同然。
それでも「いいんだよ、そのままで。だってそれでも金持ちであることに変わらないから」などと言う人間がいるでしょうか。いるわけないです。

確かに私たちの本性は如来そのものであり、自性清浄なる真如法身を本質としています。その意味では我々は「全世界を所有するほどの金持ち」ですが、その財産の在り処と引き出し方・使い方を学ばなくては詮無いことです。
「そのままでいい」というのは、自分自身の絶大無限なる価値を否定して卑下すべきでないことを意味しますが、それを知った時、そこに留まるのならば今度は高慢と怠惰の罪に陥るでしょう。
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『ブッダ』

2009年12月10日 | 仏教・思索
手塚治虫の漫画『ブッダ』をはじめて通読しました。

一読した感想として最初に出てきたのは、「初心者にはお勧めしかねるな」でした。
一時期流行した「人間・ブッダ」「人間・キリスト」という類の系譜に属する作品で、まぁ、それはそれで結構ですけれど、私からしたらあまりにも釈尊を軽く描き過ぎているように感じました。釈尊があまりにも精神的に弱すぎ…しかも迷いすぎで、これじゃあ何をもって「覚者」なのか曖昧です。
もちろん私が仏教徒であるという立場もありますし、他の方から見たら「釈尊だって所詮は人間、死ぬまで迷うのは当たり前だ」ということかも知れませんけれど。

しかし私はやはり仏教徒ですし、その立場でモノを言います。

私たち凡夫の視点を常識的立場として、その観点で釈尊の言行を「引き下ろしすぎて」解釈することは、気をつけないと「覚者」とは何であるかという根本的な部分を見落とすことになりかねません。
事実、涅槃の場面での釈尊の「三帰依」についての言葉はちょっといただけないものです(仏宝を「天の教え」と述べていますが、意味が不明です。恐らく作者は「人間ブッダ」が「私を敬え」などと言うのはマズイと考えたのかも知れませんが、もちろん本来の仏宝とはそんな自己中のエラソーな意味ではありません)。

他にもツッコミどころはたくさんあるので(「人は誰でも神になれるのだ」という釈尊の晩年の「新しい覚り」等は恐らく「仏性」のことを言いたかったのだと思いますが、ここで「神」という単語は絶対に使えないでしょう…等々)、初心者の方が最初にこれを読むとちょっと誤解をしてしまうかも知れません。漫画というのは視覚的効果が高いだけに、より強い印象を与えますから。

漫画も芸術作品ですから、ストーリー上の都合で架空の人物を出したり、またアーナンダやデーヴァダッタその他実在の人物の設定が無茶苦茶だったりするのはある程度は致し方ない部分もありますけれど、それにしても「仏教の入門書」としては及第点を出すわけには行かないですね…。
もっとも、漫画という手法は大切なものだと思います。
にも関わらず、この『ブッダ』を超えるような釈尊伝として水準の高い漫画が他にほとんどないというのは問題で、出来ればきちんとした歴史考証と思想を踏まえた(エンタテイメントとしても成立した)作品が出てくることを切に切に、祈っています。
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成道会

2009年12月08日 | 仏教・思索
今日は成道会の日、つまり釈尊が菩提樹下で覚を得られて仏陀となった記念の日です。曹洞宗では臘八接心で、12月1日から8日未明まで座禅三昧の期間になっているようですね。

釈尊関係の行事としては4月8日の花まつり=灌仏会・仏生会、つまり「仏教のクリスマス」である釈尊誕生日が有名ですが、仏教徒としては成道会のほうが重要な日なんじゃないかと思います。
キリスト教でも、クリスマスよりも復活祭であるイースターのほうが宗教的には重要な日とされているのと同様ですね。キリスト教では十字架の復活が根源であるように、仏教では「覚」がすべのはじまりですから。

私の住持する寺では実は成道会には(…仏生会も涅槃会も…汗)何も行事をしていないのですが(本尊薬師如来の月例御開帳日ではありますけれど)、来年あるいは再来年あたりからは何か行事を考えています。
幸いに成道会と仏生会は御開帳日と重なっていますから、どうにかカタチを考えてみたいと思っています。
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師走恒例

2009年12月07日 | 閑話休題
12月、そろそろ私の最大の苦手仕事をしなくてはならない季節がやって参りました。年末調整とその他諸々の役所書類作成です。
私はこの類の仕事にはまったくもって向いておりませんし、そもそもどうしても関心が持てないので、いまだに書類の書き様や計算の仕方などがわかっていません。大した計算ではないはずなのですが、ほぼ丸一日(以上)を費やすことでしょう。去年は税務署を二往復して教えてもらってやっと書いたのですが、まったく進歩していません。

だいたい、こういう行政書類というものはわざと「わからせないよう」な形式にしてるとしか思えません。わからせるつもりゼロでしょ。行政書士や司法書士の仕事確保のためかどうか知りませんが、私のような「事務センス皆無」の人間でも簡単に作成できるような親切なシステムに変更していただきたいものです。
民間会社でこんな面倒なシステムにしてたら倒産しまっせ、ホンマに。

ま、来年からは所得税その他の配偶者控除もキレイになくなるようですし、多少は計算もわかりやすくなるでしょう…マッタク…。
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新書店OPEN

2009年12月02日 | 閑話休題
山口市大内御堀に、明屋書店の新店舗が今日オープンしました。

「県下最大級」という宣伝でしたので、若干の期待をしつつ行って参りましたが、まぁ、予想以上ではないものの、そこそこの規模ではあったと思います。
私の場合は宗教・人文科学関係の専門書の品揃えがもっとも気になるのですが、近隣の書店の中ではもっとも充実しているように感じました(もちろん都市部の大型書店とは比較にならないですし、ある程度のレベル以上の専門書は置いていませんが)。
もっとも、惜しむらくは講談社学術文庫や岩波文庫、平凡社ライブラリー等「売れない本」たちのスペースが非常に狭かったことですね…これも致し方ないでしょうけれど…。

防府ロックシティ内のフタバ図書が新刊書籍スペースを最近になって半減させ、文具コーナー拡充と半端な古本スペースの設置をしたことで、もともと少なかった専門書が壊滅状態になり文庫・新書も激減してしまったので、取り敢えず私は明屋書店に乗り換えます。
山口の明屋書店の近くには(あまり好きではない会社ですが)ブックオフもありますし。
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