प्रज्ञापारमिता

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聖書と仏教聖典

2011年11月08日 | 閑話休題
仏教には「これだ!」という決定版的な現代語訳聖典集がなかなか出版されないなぁ…ということは今までも書いてきたことなんですが、「そう言えば、聖書のほうは今どういう状況なんだろうか」と思い、ちょっと検索してみました。

私がクリスチャンだった頃は新改訳聖書を使う教会でしたが、基本的には普通の辞書サイズの中型、文庫サイズの小型、分冊式の大型、それ以外はチェーン式という研究タイプの大型、リビングバイブルという超訳型…このくらいでした。新共同訳や口語訳聖書よりは選択の幅があったように思えますが、まぁ、色目も黒や紺、エンジが中心で地味でした。

今は…というと。

なんかお洒落に充実してる。

新改訳聖書センター(旧・日本聖書刊行会)のリストと、日本聖書協会のリストを見ると、中型やチェーン式などの旧来のオーソドックスなものももちろんありますが、「mini」だの「キューブ」だの「Bible+」だの…iPhone対応のソフトはどちらからも出ていますね…しかもデザイン性が優れている…。

こういうのを見るとなぁ。

なんかなぁ。

仏教は…。

別に教会の真似するのがすべて良いとは言いませんが、でも、布教伝道ということを考えたら、トラクト(パンフレット)類の充実も含めて、どうしたって教会の方に軍配が上がります。
そりゃ仏教の場合はキリスト教と違い、確定的で分量が適度な聖典がそもそもないので同列にはいきませんけれど、それでも、例えば木津無庵の聖典をベースに文章を全面改訂した「新・新訳仏教聖典」を作るとか、あるいは仏教伝道協会発行の仏教聖典は簡略に過ぎて実用には耐えないのですが、それをもっともっと増補していくとかすれば…と、実は「素材」はあるんですよね。

たとえば創価学会の御書や出版事業は、あれが教会を意識しているかは知りませんが、しかし類似の形態をもって「成功」しています。

キリスト教会や創価学会なんか他宗教のことじゃないか…という偏見を捨てて、良い部分はどんどん参考にして取り入れていかなくてはならないでしょう。やはりまとまった、学問的にも穏当で各派に共通する仏典を収録した、そして宗教的雰囲気に溢れる「仏教聖典」は必要です(文章さえ改訂すれば木津聖典は可能性があるのですが…如何せん、あの独特の癖がある文章で一般に受け入れられるのはまず無理です)。
仏教者でもある仏教学者は文献学の殻に籠るのではなく、その知見を活かしてこういう「事業」にもっと積極的なリーダーシップを果たして欲しいものです。
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9 コメント

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今昔 (maggio)
2011-11-08 23:20:08
聖書の品揃え(?)がこんなにも変わっていたなんて。昔の訳文のはいまでも持っていますが、初めて知りました。仏教のも、もう少し気軽に、ちゃんとしたものがどこかで確実に手に入る、または手にとれるようになっていたらうれしいな。
Unknown (よっき)
2011-11-08 23:29:24
なるほど。仏教が世界に広まらないのは、キリスト教より団体ごとの教義が異なる、内容が難しいためと思っていましたが、聖書のような統一経典がないことも大きい要因ですね。仏説摩訶般若波羅蜜多心経はありますが、難しすぎる。
Unknown (管理人H)
2011-11-09 16:04:04
>maggioさん
人口比1%のキリスト教でこれですから、仏教ならもっと何とか…とも思うのですが、これ多分、学者の怠慢というよりも、寺と教会の組織のありかたの相違かな、とも思います。
毎週毎週、定期的に礼拝があり、聖書研究会も開催し、みことばとともに歩むクリスチャンを養成する教会と、葬儀法事だけやって経典など読経でしか手にも取らない僧侶が大多数の寺では、もちろん「信徒」養成など不可能ですから、そりゃ勝負にもならないですよねぇ。
ネット時代ですから、何とか打開策も模索していきたいですし、そんなに悲観してばかりはいないですが…。

>よっきさん
完全な統一経典は難しいにしても、少なくとも基礎経典は作れると思います。
阿含、般若系、法華、華厳、勝鬘その他、大乗仏教における基本的なペースとなる経典はあるわけですから、それらの主要な部分をきちんと収録して提示する聖典。木津聖典がそうでしたけれど、そういう方向で全仏教徒共通の基礎経典は出来ます。
内容が難解な部分もそのままとにかく現代語訳で載せれば良いでしょう。法師・僧侶がそれを講説すればいいわけですから。それができなくて何の法師でしょうか。
Unknown (mmm)
2011-11-09 22:19:58
http://www.jpnews.org/gospelbox/index.html
facebookで「いのちのことば」社をフォローしているのですが、最近こんなのもあるみたいです。

私はキリスト教の人間であって、立場的にあまりこういう提案はふさわしくないかもしれませんが、私自身「これまでに多くの人がかかわってまとめられてきたものはすべて人類の財産」と思っています。でも、今は「誰の財産」というのがかなり限定的すぎます(寺は檀家のものだとか…)。

今の日本仏教に必要なのは「協力」ではないかなと思います。教派(宗派?)が書物をひとつにまとめよう、というのもいいんですが、それぞれバラバラな「教典」のままであっても、こういった形で「一般の方が」触れられるようにするのが第一歩です。まとめるのはきっととても長い時間がかかりますよ。(私の教会では共同訳を使っています。これもかなりの時間がかかったそうですね)
Unknown (管理人H)
2011-11-10 10:41:36
移動書店ですか。これは面白いですねぇ。教会は定期的な礼拝がありますし、こういう方法もいいかも知れませんね。

まぁ「誰の財産」かというと、仏教徒の立場から言えば、それは「仏の財産」つまり「一法界の財産」、結局「みんなのもの」です。誰かが特別に独占できるものなど、本当は何もありません。
この立場をちゃんと理解していれば、問題の多くが実は解決できるものです。

仏教聖典の「統一」は絶対に無理ですし、する必要もありません。それは無意味です。仏教と言うのは、八万四千の法蔵あり、無尽蔵の教説があって、そこに誰しもが機・縁によって受持すべき「聖典」が存在するわけで、万人に統一的な教理を押し付ける必要はないです。
とは言え、「大乗仏教」であるからには、基本的に共通する教説はやはり存在しますので、その基本的部分をまとめた共通の聖典を作ることは可能ですし、必要だと思います。
旧約・新約ではないですが、「旧約部分」は全仏教徒共通の聖典、「新約部分」は各派別個、という形にできたらいいんですけれどね。
Unknown (mmm)
2011-11-12 19:44:38
>旧約・新約ではないですが、「旧約部分」は全仏教徒共通の聖典、「新約部分」は各派別個、という形にできたらいいんですけれどね。
うーん、そうなってくれると他宗教の人間にはものすごく助かります。何を読めばいいかわかりますね。宗派の名前は聞いたことがあるものの何がどう違うのかまるっきりわかりません…情けないやら何やら。
Unknown (管理人H)
2011-11-12 20:47:48
違いがわかってる人のほうが少ないですよ(笑
まぁどうでもいいと言えばどうでもいい事ですしね…。
例えばキリスト教で、改革派とルーテルとホーリネスと福音派とカトリックとオーソドックス…まぁ確かに違うし、相互の関係も色々ありますが、主イエス・キリストを信じ、聖三位一体を信じ、隠所でただひとり神の御下で静かに聖書を読み祈る…という、もっとも重要なところは共通していますよね? それに比べたら、さかしらな教義の違いなど些細な事です。仏教も一緒です。
だからこそ、共通する部分の基礎的な聖典があった方が、仏教徒の本質的一致の自覚をより高められると思うんですよね。
現代語仏教聖典を (冨士 玄峰)
2014-03-24 23:02:04
はじめまして。神戸の臨済宗明泉寺の先住職です。
現代語仏教聖典「釈尊のご生涯とみ教え」
を発行しておりまして、お考えに同感なものですから、寄せていただきました。
 amazonでご覧頂きますれば幸いに存じます。広めたいと思いまして頑張っておりますので、是非、レビューをお願いできればと思います。よろしくお願いします。
Unknown (管理人H)
2014-03-28 09:42:15
コメントありがとうございます。
その本ももちろん持っております。読みやすくて良いものですね。木津聖典を基にして作られていると思うのですが、字も大きくて。
個人的に改善点を感じる部分もあるのですが、もし今後改定する事があれば、当該部分の出典を示す事と、ルビを括弧ではなくて横に示すようにしていただければ更に良いかと思います。特に出典ですが、いざ法話で使う場合、やはり出典情報は必要ではないかな、と思いますので、経典名と大正蔵の該当頁くらいは示していただければ、格段に利用しやすくなろうかと。
いずれにしても、伝道協会版のものよりも文章的には良いと思いますので、末永く流通されることを希望します。

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