प्रज्ञापारमिता

𝔇𝔥𝔞𝔯𝔪𝔞 𝔗𝔞𝔩𝔨, 𝔅𝔲𝔡𝔡𝔥𝔦𝔰𝔪, 𝔗𝔥𝔦𝔫𝔨𝔦𝔫𝔤, 𝔞𝔫𝔡 𝔱𝔥𝔢 𝔚𝔬𝔯𝔡

高野山大学

2015年03月24日 | 閑話休題
高野山大学に教育学部ができるそうな。河内長野に。
今年は御山に「人間学科」という失敗が既定路線のような学科ができました。日本文化学科、スピケア学科と失敗続きで、学習能力がないのではないかと不安になります。

高野山内での大学の存続と発展を図るのが基本線ですが、高野山ならでは、のものにしないと意味ない。
理想を言えば、密教・仏教の二学科体制のほうがマシだと思うし、他に作るなら、「哲学科」として西洋・中国思想と宗教学を充実させ、あとは「仏教芸術学科」など設置して欲しいな、と思ってます。人は集まらないかも知れませんが、どうせコケるなら。

あと、前々から思ってるんですが、文理融合学部を考えてもいいんじゃないかと。
高野山は山です。
自然環境もあるし、社会的ニーズもあるのですから、「山岳自然学部」を設置して、生物学・植物学・地学、環境保護や林業、火山学・災害学、山岳救助、山岳文化・民俗学、修験文化、ヒマラヤ学ということを教え、自然環境保護や山岳の専門家を養成する。熊楠学とかもいいし。
これだと、興味のある学生は都市志向じゃないはずで、高野山が田舎にあることは障害にならないのでは、と。アウトドアな学生が増えたら雰囲気も活性化するし、10人よりは学生も来ると思いますよ。

コストは人間学科なんかよりかかるだろうけれど、高野山の立地条件と、独自性、存在価値を勘案しても、「山岳自然学部」は可能性があると思います。日本の宗教文化との連結をしっかり基盤に据えて「山の専門家」を養成できるのは、高野山大学こそ適任だと思うんですけれども。
大学関係の方、どうですかね。
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3 コメント

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教育学部について (匿名)
2019-07-20 13:50:24
私は、高野山大学の教育学部新設に共感しております。高野山大学出身ですし、公立学校の教員・管理職・大学の教員養成での教員をしてきました。空海の教えは教育で具現化すると考えています。学校教育が崩壊しつつある今日、宗教心を持ち実践力を持った教員の育成が必要です。教員の応募者が減る中、より実践力のある教師を必要としています。例え教師になれなくても、ここで学んだことを社会に還元できるのです。
 教育学部こそ、最も高野山大学にふさわしいものです。実現されましたら私のネットワークを使って学生募集もしていく所存です。
 先日、東京の某教育委員会にポスターが貼ってありました。コンプリメントで子育てする親の会第2回全国大会の後援に高野山大学があったのです。おどろきました。一度、コンプリメントで子育てする東京親の会のブログを覗いてください。真言宗の寺が協力すれば不登校の問題も解決へと一歩進めることができますよ。社会問題にも協力していく寺院であってほしいと思います。
Unknown (管理人H)
2019-07-22 14:16:55
なかなか現実的には難しいでしょうね。
大阪南部には、たとえば小学教員養成に実績のある四天王大学、大阪大谷大学、何より大阪教育大学があります。そんな中で他の学校に校舎を間借りする大学に、高校生が行きたいと思うかどうか…非常に疑問です。

理念的に、お大師様の流れを汲む教員養成には賛同しますが、勝算がないならやはりやらない方が良いでしょう。
まぁお手並み拝見、するしかないので、OBとしては見守るしかありませんが。

…しかし、設置延期になりましたね。高野山大学自体がちょっと「噂」も出てきていますから、教育学部が本当にできるのかどうか自体が暗雲ですが…。
Unknown (管理人H)
2019-07-22 14:22:51
かなり後ろ向きな意見なのは、ご存知のように、この20年近くの、新しい学科を作っては潰す…を繰り返す大学や宗門当局ヘの不信感もあります。
果たして一貫した大学像があるんだろうか、学生数確保のためにいけそうな分野を…くらいの考えならば、教育学部だって見通しは暗いでしょう。

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