प्रज्ञापारमिता

𝔇𝔥𝔞𝔯𝔪𝔞 𝔗𝔞𝔩𝔨, 𝔅𝔲𝔡𝔡𝔥𝔦𝔰𝔪, 𝔗𝔥𝔦𝔫𝔨𝔦𝔫𝔤, 𝔞𝔫𝔡 𝔱𝔥𝔢 𝔚𝔬𝔯𝔡

一人一切人

2019年10月08日 | 法話関係
一人一切人 一切人一人

『弥陀の妙偈』


ひとりの人は一切の人であり 一切の人はひとりの人である

…………………………

ラグビーのワールドカップで、連日熱戦が行われています。
日本代表も3連勝で、次の試合に勝てば文句なく決勝トーナメントに進出することになります。

さて、ラグビーには昔からよく言われる言葉があります。

One for All, All for One.
(ひとりはみんなのために、みんなはひとつの目標のために)

…という言葉です。

冒頭に掲げた「一人一切人 一切人一人」も、英語に訳すと「One for All, All for One」になります。

しかしお気づきでしょうか、少しだけ意味が異なります。

ラグビーの場合、一人はみんなの為に尽くし、みんなは唯一の目的(トライ)の為に尽くす、という意味です。試合を見ればわかるように、みんな必死に相手を止め、ひとりがゴールに飛び込みます。
つまり、ひとりの人間→みんな→目的、そういう一直線の意味になります。だから「All」はどちらも「みんな」ですが、「One」は「ひとり」「唯一の目的」で、最初と二番目の意味が違います。

では、「一人一切人 一切人一人」はどんな意味でしょうか。

この言葉は平安時代後期、良忍上人という方が阿弥陀如来から直に授けられたとされる言葉ですが、『華厳経』に書かれている「一切衆生の身、一衆生の身に入り、一衆生の身、一切衆生の身に入る」が元になった言葉と言われています。

意味は、「わたしひとりに全宇宙が収まり、全宇宙はわたしひとりそのもの」、つまり宇宙とこの私は別ではなくまったく同じで、「あなたは私であり、私はあなたである」ということ、互いに分けられずに繋がっている。《縁起》である、ということです。本当はひとつですが、「取り敢えず分けて考えているだけ」、《海と波》のようなものなのです。

つまり、「ひとり=一切の人」「One=All」です。ラグビーのように「ひとりの人間→みんな→目的」の一直線の意味ではなく、すべてが繋がり「私はあなた、あなたは私」「私は宇宙、宇宙は私」という、すべてが互いの関わりの中で生き生かされている、生きとし生ける者の身体や自然だけではなく、精神や魂のレベルまで、また時間や空間も含めすべて深く絡み合っているのだ、という話です。

これが心底わかればブッダです。仏様です。
しかし私達はなかなかそこまではわかりません。頭でわかっても、心底わかる、腹でわかるのは難しいです(それがわかると腹が立たなくなりますし、愚痴や嫉妬や不安、死への恐怖などがなくなりますが、なくなっていないとしたら、まだまだ腹に落ちはていないのでしょう)。

ただ、この「互いに分けられずに繋がっている《縁起》」を、なるべく良い繋がりにしていくことは出来ます。それは《思い遣りと慈悲》で繋がりを太くしていくことです。いずれにしても私達はすべてと繋がっています。あとはその繫がりを如何なるものにしていくか、が大切なのです。
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