प्रज्ञापारमिता

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お経をよむ

2020年03月19日 | 仏教・思索
お経を「よむ」というのは、読む・詠む・誦む…のどれでしょう。

読むというのは、基本的に黙読ですからこれは違うような気がします。詠むというのは歌を詠む、という時に主に使いますのでこれもちょっと違う。和歌を作ったり、あるいはそれを吟詠することですね。芸事の意味合いが強いでしょうか。誦も実は詠と似たような意味合いがあります。

さて。

お経を読誦する、と言います。

日本仏教の世界ではこの場合、読は経文を見て読むということで、誦は暗唱して唱えることとして考えられています。
ですからお経を「よむ」という場合、詠は芸事のイメージが強いので除外するとして、「読か誦」を使うのが良いと思われます。ただ、「読む」というと、どうにも字を追って読書するイメージが強くなるので、個人的には「誦む」が(経本を目で追っていたとしても)まぁ無難かな、と。

そもそも読経というのは、「口ではなくて耳で読め」と言います。確かにこの声は自分が出しているわけですが、経文はブッダの言葉、ブッダの声です。それを己心のブッダ・仏性が震えながら説法をしておられるのであって、「俺が誦んでる」だなんて考えてはいけません。ブッダとしての自分が…となれば良いですが、まだまだそこまでの自覚がない我々は、この声はブッダの声であって、それを自分の発声器官をお貸しして説法をしてくださっている、と思うべきです。

であれば、「よむ」というのは「聴む」と書いた方がいっそう相応しいのかもしれないですね。
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