प्रज्ञापारमिता

言語活動(言説)に依らずして、究極的なもの(勝義)は説示されない。
究極的なものを理解せずして、涅槃は証得されない。

報恩

2019年03月06日 | 法話関係
風かに聞く 三世の如来 十方の菩薩
四恩の徳を報じて悉く菩提を證す

(性霊集八 仏経講演表白)


聞くところによれば、すべての仏菩薩は、あらゆる恩に報いて悟りを獲られたという。

…………………………

3月8日は、渋谷駅前に今も銅像がある、あの「忠犬ハチ公」の命日です。
ハチ公は秋田犬で、大正12年に生まれ、東京帝国大学農学部の教授だった上野英三郎に飼われて、毎朝毎夕に山手線渋谷駅に教授を送迎していたのですが、大正14年、ハチ公が2歳の時に教授が亡くなりました。しかしその後も昭和10年にハチ公が死ぬまで、渋谷駅を離れずに主人の帰りを10年も待ち続けた…という有名な話です。

さて、私たちが日々生活する中で大切にすべき心のありかたのひとつに、「恩」があります。様々な恩がありますが、仏教では特に「四恩」を大切にします。
・父母
・国家
・衆生
・三宝
以上の4つの恩を必ず意識して生活せよ、ということです。どれが上でどれが下ということはないのですが、父母よりは国家は広く、国家より衆生は広く、そして衆生より三宝は限りなく広い、とお大師様は仰っています。
しかし三宝は根本的な苦を抜き安楽平安を示す、永遠の救いの道であるとは言え、まず父母の恩を忘れるようでは、まったくそれは意味がありません。
ハチ公ですら主人を思慕し恩を感じ、犬は犬はなりに報恩の生き方をしたのでしょうが、私たち人間は、不平不満ばかりで時に親を呪い、恩など無視してはいないでしょうか。そのくせ、我が子に恩の気持ちがないと嘆くのです。

親への報恩とは、何も親のいいなりなることではありません。
生まれてきた意味を自分でよく考え、「善き人」になることが第一です。素直な心、信心を持って先祖を祀り、怠けず精進して、周りと和合して生活をすることです。
そして「善き人」の最上は、この「自分」というものが仏そのものであり、自分の心こそ仏心であり慈悲に満ちていたのだと気づくことです。これを悟ることが、最上の報恩です。逆説的ですが、これを悟るために、釈尊や祖師方は、家を捨てて出家されました。それは父母の恩を蔑ろにしたのではなく、最上の報恩をするために、厳しい道を自ら選ばれたのです。そうして、宇宙一切に恩を報じようとされたのです。

私たちもそのような道を歩めますが、厳しい道です。しかしそれほどの覚悟の道を歩まないにしろ、まずは父母の恩を考え、「善き人」になることが根本的に大切な第一歩です。素直な心、信心を持って先祖を祀り、怠けず精進して、周りと和合して生活をすること。
そのような姿を父母に見ていただくことが、最高の「父母への恩返し」なのではないでしょうか。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
« 寂静、明晰 | トップ | 立派な人 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

法話関係」カテゴリの最新記事