प्रज्ञापारमिता

言語活動(言説)に依らずして、究極的なもの(勝義)は説示されない。
究極的なものを理解せずして、涅槃は証得されない。

実践

2019年01月22日 | 仏典の言葉
若し法身は無始の時より無差別無数量なるも
法身を得んが為には、応に功用を作さざるべからず


「摂大乗論」

仏の究極的な法身は本来的に時間を超え分別次元を超えていると雖も、自分自身が法身となる、つまり覚りブッダとなるには、努力し実践しなくては意味はない。

…………………………

いくら銀行口座に莫大な資産があっても、それを忘れていたらないも同然、知っていても引き出し方を知らねばないも同然、引き出し方を知っていても実際に引き出さなければないも同然。
通帳の数字だけ数えながらホクホクして餓死しかけていないか、我が身を顧みてみたい。
たとえば、十善戒を知り解釈することが大切なわけではない。やさしく思いやりを持ち、怒らず、悪口を言わずに明るく生活できているか、だ。エラソーに説教し優劣を競うよりも、穏やかに慈悲を持ち今日を生きるほうが圧倒的に尊い。知識は根拠だから大切だが、根拠だけでは意味はない。
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