横浜心理カウンセリング ブログ

心理カウンセラーが教える体験談、心に響く言葉、心理学健康法等24年に亘り各種心理療法を学んだこと

不安障害とパニックで引きこもっていたが、生気を取り戻した 30代女性 ゲシュタルト療法

2018-07-19 22:01:42 | 引きこもり・体験談

こんにちは。横浜で心理カウンセリングをしているハッピーライフ・トータルセラピーの堀井です。

 今回の横浜心理カウンセリングのテーマは、「不安障害とパニックで引きこもっていたが、生気を取り戻した」です。
わたしは10年以上前から、不安障害と腹痛への恐怖、それとパニック障害に悩まされていました。
電車にもバスにも乗れない。そもそも、外出するとお腹が痛くなってしまう。そして、心の中で、ちいさな自分が泣き叫んでいるように感じて、頭と心と体が恐怖でいっぱいになってしまうんです。そんな状態でまともに働くこともできず、30歳にもなるというのに、父親に養ってもらっていました。

まともに外出ができなくなって十数年。病院で検査をし、心療内科やカウンセリング、催眠療法から認知療法まで、色々と治す努力はしてきました。
マッサージやヒーリングも受けました。けれど思うような改善は得られず、むしろ行動範囲や出来ることが徐々に狭まり、生きることに行き詰まりを感じてしました。

そしてついに昨年、ぎりぎりで続けていた短時間のパートの仕事も続けられなくなってしまったのです。

仕事を辞めたあとは、休養しながら自分を立て直そうとしてきました。
自分の考えが現状を引き起こしているんだ。そう思って、考え方や物事の受け取り方を変えるように意識しました。
ネガティブなことにだけ目を向けるのではなく、もっと心地よいこと、気分のよい部分に視線をやろうと努力しました。
それでいくらか、自分と世界に対する和らぎのようなものは得られたのですが──でも、やっぱりなんだか、奥底の方にしこりのようなものがあるのを感じていて。

そこでふと、ゲシュタルト療法を経験された方のエッセイ漫画を思い出したんです。
(ハッピーライフ・トータルセラピーさんのHPでも紹介されている、田房永子さんの漫画です)

初めて読んだのは、数年前のこと。
そして、「ゲシュタルト療法なら、意識的には把握しきれない、身体や心に貼り付いたネガティブな記憶やエネルギーを見つけることが出来るのではないか?」 そんな希望を抱きました。

けれど当時も今も、わたしは近くのセラピールームすら、足を運ぶことができない状態でした。
それで一度諦めていたゲシュタルト療法でしたが、ここでのっぴきならない程の人生の行き詰まりにぶち当たり、改めてパニック障害の改善体験などをインターネットで探していくうちに、堀井先生のされている、Skypeでのセラピーを知ることが出来たのです。

はじめてSkypeで通話したときのこと。
不慣れなSkypeにも、初対面の方とお話することにも緊張していたわたしは、けれど先生の穏やかで面白いお人柄に、すぐにリラックスすることができました。

* * *

そもそも、我が家は機能不全の家庭でした。
母親を中心に、家庭が歪んでしまっていたと思います。
(今は彼女と共に暮らしていません。それこそメンタル由来の体調不良を起こすようになった、10数年前から。)
アルコール依存、うつ病、ヒステリー。
そんな母と、四人姉弟のなかで、特にわたしの相性は最悪でした。

きっと母との問題のせいで、こうなっているに違いない。だから母と対話することになるんだろうな──それまでいくつかのゲシュタルト療法の体験談を読んでいたわたしは、なんとなくそう思っていました。

* * *

パニック障害や広場恐怖、腹痛恐怖症。体型コンプレックスに、あと不安障害。
いろいろと困ったことのある自分ですが、まずは今一番に困っていること──父が家を数日不在にするとき、怖くて仕方が無くなる、それで体調も悪くなることについて、向き合っていこうということになりました。

先生の誘導で、まずは父と対話しました。
”私は、お父さんが居なくなると不安になってしまう”──そう言ってみてと先生に言われました。わたしもきっと、そう父に言いたいんだろうなと思ってました。

でも、口をついて出たのは、
「行かないで」
でした。

不安になるとか、そういう感じはなかったんです。ただ、必死に行かないで、と言っていた。
まずこの最初の出来事で、あぁ、わたしはわたしが把握しきれていない本音があるのだな、と、頭の片隅で妙に感動していました。

父にはじまり、小さなころのわたしとも会話しました。
それから高校生の頃のわたし。20歳過ぎのわたし。

先生に手を引かれて話が進んでいくうちに、ある意味、面白いと思ったのが、母方の祖父と伯父さん(母の兄。私が幼稚園くらいの頃に、自ら命を絶ってしまいました)が出てきたことです。

「人を敵か味方で判断するその価値観は、誰から受け取った物ですか?」 

そう問われたとき、ふっと祖父の顔が浮かんだんです。それから腕組して座る祖父と、向かいに座って項垂れる伯父さんのふたりが見えました。
本当に驚きました。だって伯父さんには2回ほどしか会ったことがなく、また祖父のそんな姿も見た記憶がなかったからです。

そしてそのふたりを扉の影から覗き見ていた、母。その母から私へ、その価値観が受け継がれたのだとわかりました。

祖父と伯父が出てきたことに未だ驚いていたものの、先生の誘導によって話を進めていくうちに、あぁ、そうだったんだと、すとんと納得している自分がいました。

話が一区切りついたあと、先生は三世代の連鎖について説明して下さいました。
親子だけでなく、またその親からも続いているものがある──それは事前知識でうっすらと把握していましたが、けれど自分の内側から出てくるとは思っても見ませんでした。
ここでもまた、ゲシュタルト療法の”面白さ”を噛み締めた気がしました。

* * *

どれほど腹のうちに母への怒りをため込んでいるんだろう──?
そう思いながら受けた初めてのセッション。
ですが、実際に始めてみれば、ほとんど母は出て来ませんでした。

それよりも、わたしはずっと自分に対して怒っていたのだと気づかされました。
自分の個性や人間性を否定したのは母でした。それに対して憎しみや悲しみはあるのですが、対話していくうちに現れた小さなわたしが一番腹を立てていたのは、ほかでもない私自身でした。

出来がよく大人しい姉。病弱で、長男としてうまれた弟。
そんなふたりと比較して、幼い頃からずーっと、わたしはわたしを否定してました。

明るいところ、騒がしいところ、エネルギッシュなところに、台風の目のようなパワー。
そういった自分の面がすべて疎ましくて、どうして姉のようにおしとやかに生まれなかったんだろう、どうして弟のようにかわいがられないんだろうと、生まれを、神様を呪って生きてきたんです。

母に否定されたわたしの個性。それを、わたしは、わたしの意思でもころしてきました。

きっと今でいう、ADHD気質の人間なのだと思います。
それで普通のひとのように空気を読むことができず、これと決めたら全力でやってしまうから、周りをなぎ倒してしまう気がするんです。
大人になるにつれ、コントロールしなければと必死になってきましたが、そうやって抑えるのがとても疲れてしまって。
だから短時間のパートでも、疲れ切っていました。

こんなんで、フルタイムで働けるようになるんだろうか…
この先、どうやって生きていったらいいんだろう。

こんな気質に生まれて来たくなかった。
母に嫌われるなら、せめてもっと素直か、弱い人間であったら良かったのに。

無駄にパワーがあるから、同情すらしてもらえない。自己主張したい気持ちだって、存分にある。
勝手に傷付いて勝手に怒って…なんという”迷惑な人間”なんだろう。
なんで、こんな人間に生まれて来ちゃったんだろう。

そう、ずーっと、ずーーっと考えてきたんです。

だから、”ホントのわたし”が出ないよう、良いひとであろうと、感情を押さえようと、やっきになっていたんです。


──けれど結局、わたしはわたしなんだから。ころせるはずがなかった。
ぎゅっと小さく硬くなって、その子は腹に居座り続けたんです。

否定され続けて、意識を向けて貰えなかったその子は、最初は背を向けて、膝を抱えて座ってました。全身を緊張させながら。

それが先生の先導でその子とコンタクトをとるうちに、ぎゅっとハグしてくれるまでになりました。

可愛いと思いました。いじらしいと思いました。
でもわたしは、自分の人間性のせいで生きにくさを散々味わってきたために、”わたし”を認められませんでした。

「あなたの個性は世に認められないんだよ。誰かを傷つけちゃうんだよ、わたしの、その乱暴さは」と、わたしは涙ながらに座布団を叩きながら言いました。

彼女は「それがわたしじゃないか、バカヤロー。ひとのために生きてんのか!」と言い返してきました。

そこで「仕事はどうすんのさ。ひとと関わって行かなきゃいけないのに。それなのに好き勝手やったら、問題が起こるでしょう?」と言いました。

すると彼女は、「仕事? 何のこと言ってるかわかんない。仕事するより、まず生きることでしょう!?」と歯向かってきました。

私も負けません。
「キミがいると、生きにくいんだよ! それに、”それ”を出したら、お母さんみたいになっちゃうでしょうっ!」と反論しました。

向こうも負けじと、
「お母さんとは違う人間でしょう? お母さんじゃないじゃん…お母さんじゃないじゃん、わたしは……勘違いしてるよ……わたしは私だよぉッ!!」 

と。小さなわたしは、大きなわたしの座っている座布団をぎゅーっと握り締めました。
縋るように。救いを求めるように。寂しさと、怒りと、色んな感情をこめて、ぎゅうっと握り、掴み、引き千切らんばかりに力を入れ、泣きわめきながら、言い返してきました。

その後もひとしきり、認める、認めないで大げんかしたあと、

「わたしがわたしを生きてないから、生きにくいんだよ」

小さいわたしははっきりと、そう言いました。
まっすぐに、わたしを見つめながら。

その姿は力があって、絶対に折れるわけもないことが分かりました。
なんて生命力が強く、パワーのある子なんだろうと、我が事がながら思います(苦笑)

* * *

はじめてのゲシュタルトセラピー。
気付けばあっと言う間の90分でした。

泣いたり、怒ったり、座布団を叩いたり。
話の最中、体型のことで意地悪をしてきた女の子も出てきたのですが、その子に対して暴言を吐いてやったりもしました。
そしてもちろん、笑いました。ここずっと感じられてなかった、心からのリラックスも感じられました。

ここまで洗いざらいぶちまけられたのは、先生の誘導と、わたしの安全地帯である家で受けられたから、というのが大きくあると思います。
だから本当に堀井先生には、Skypeでのゲシュタルトセラピーを行って下さっていて、感謝してもしきれないなと思いました。

きっとわたしのように、家から出られずに苦しんでいる方は多くいるのだと思います。そういったひとが、先生に出会えるといいなと、心から思いました。


そして今、一回目のセラピーを受けた日から、数日が経ちました。
外出への緊張感はまだあります。電車に乗るのもまだ無理だな~、といった感じです。
けれど腹痛が和らいだような気がしています。そして自分の芯の部分に、セラピーのときに思い切りやり合って、生気を取り戻した”小さなわたし”が笑っているのを感じられます。
それが、とても嬉しい。

たった一回のセッションですが、濃密すぎる経験をさせていただきました。
この度は本当にありがとうございました。

少しずつでも自分の人生を歩めるよう、自分と向き合い続けたいと思います。二回目のセッションも、楽しみにしております。






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