日々是マーケティング

女性マーケターから見た日々の出来事

エネルギー政策とライフスタイルの転換

2011-03-22 12:04:28 | ライフスタイル
Yahooのトップページに、東京電力の使用状況が表示されるようになっている。
お昼現在は、92%程度のようだ。
この使用状況をポータルサイトなどで、表示するコトで「節電」を呼びかけ様という考えなのだろう。

昨日、新聞に名古屋の女子高校生たちが「浜岡原子力発電停止を求める署名活動を始めた」という記事が掲載されていた。
確かに、福島第一原子力発電所のコトを考えると、中部電力管内にある唯一の原発・浜岡原子力発電所の停止を訴えるのも分る。
現に、浜岡原子力発電所は「活断層の上にある」という指摘が数年前にされてから、何度も停止を求める動きがあった。

でも、その前に考えなくてはならないコトは、「浜岡原子力発電所に頼らない電力の使い方」というコトだろう。
これまでと同じ生活をしながら、浜岡原子力発電所を停止させることはできない、と考えるからだ。
浜岡原子力発電所ができて、30数年近くになると思う。
ということは30数年前から、原発の電力供給が必要なほど電力を使っていた、ということでもある。
30数年前といえば、コンビニなど24時間営業のお店などはほとんどなく、当然のことながら、PCや携帯電話などもなかった。
何より、今ほどエアコンが普及してはいなかった。
確かに、当時から比べると家電製品は「省エネ化」が進んだが、一方では「電力のない生活など考えられない」という状況になり、むしろ消費電力そのものは増えているはずだ。

とすれば、原子力発電の割合を減らすというのであれば、生活者自身がライフスタイルそのものを変えなくては、とても無理という話になる。
単純に原子力がダメなら、太陽光などの自然エネルギーに転換すれば良い、という話では無い。
なぜなら、現在の総発電量の約1/4が原子力に頼っているからだ。
では1/4を総て自然エネルギーに転換できるか?といわれれば、現在の技術では無理だろう。
何より、太陽光発電をはじめとする自然エネルギーの最大のネックは、「安定供給が難しい」という点にあるのだから。

実際職場や家庭で1/4節電をする、というコトになると、その生活は今と比べ、随分不便なモノになるだろう。
だが、もし原子力発電に頼らない生活をする、というのであれば、それを覚悟し、実践しなくてはならない。
理想ばかり言っていても、どうしようもないのだ。
エアコンのない夏、過ごせそうですか?(我が家には、エアコンも扇風機もないので大丈夫ですが・・・)

浜岡原子力発電については、静岡新聞のWEBサイトに詳しく掲載されています。
その中には、今後のエネルギー政策などの提言もあり、参考になるかと思います。
「浜岡原発の選択」
もう一つ、今回の「福島第一原子力発電」について現政党に厳しい意見の自民党ですが、原発を中心としたエネルギー政策を推し進めたのは、自民党そのもののはずですが・・・その点は、どうお考えなんでしょうか?

被災地に心を馳せながら、経済の建て直しを

2011-03-21 12:25:20 | 徒然
今回の「東日本大震災」は、想像をはるかに越える規模と被害で、経済そのものも一時停止状態になっている。
発生後の経済のニュースといえば、株価と円高だけたったと思う。

もちろん、ファーストリテーリング(ユニクロ)の柳井さんが10億円の寄付を表明した、企業人が被災地の救済と復興のために様々な発言も伝えれた。
企業そのものも被災地に工場を持つ企業を中心に、義援金の提供を相次いで発表している。
とにかく今は、被災地には「モノ・人」を集め、少しでも早い復興への道筋を作らなくてはならないだろう。

そのために必要なことはなんだろう?と、考えると非被災地での経済の立て直しなのでは?
一時的に、生産拠点を移すことになるのであれば、移転先で雇用するという方法もあるだろう。
工場再建工事に携わってもらう、というのも一つのやりかただろう。

復興策として「防潮堤」をはじめとする、「生活基盤」を作るための土木工事を中心に仕事は発生するはずだ。
でも、それらの仕事がズッとあるわけでは無い。
漁業関係者の方々が、再び漁業ができるように。
農家の人たちが、農業ができるように・・・するだけではなく、工場で働いていた人たちが、再び同じ様に仕事ができる、ということが大切だと思うのだ。

被災地が完全に復興するには、以前と同じ様に工場で仕事をし、収入を得るということが大切だ。
1年2年時間が必要かも知れない。
おそらく必要だろう。
その時、本体である日本経済がガタガタでは、被災地の復興などはありえない。
そのことを考えると、被災地に思いを馳せながら経済の建て直しをするための努力も、とても大切なコトだと思う。

党利党略のようなコトしか考えられない政治屋など当てにせずに、自分たちで経済を立て直す!くらいの気概が、非被災地の私たちに突きつけられているように思えるのだ。

忘れてはいけない日

2011-03-20 22:25:50 | 徒然
「東日本大震災」の状況が刻々と変わっていく中で、今日が忘れてはいけない日であるということに、気がついた。
16年前の今日、東京都心を震撼とさせた「オウム真理教・地下鉄サリン事件」が起きた日だということ。

16年前の今日、穏やかな晴れた月曜日だった。
いつもと変わらない朝、いつもと変わらない出勤風景だった。
そのいつもと変わらない風景を一変させた、事件だった。
お昼のニュースで、国会議事堂付近の騒然とした光景を見たとき、一体何が起きたのか、まったく分らなかった。

この事件を思うたびに考えるコトは、「なぜ、有名大学を出た優秀な若者たちが、いとも簡単に嘘っぱちの宗教へ心酔していったのか?」というコトだ。
そして国を転覆させることで、自分たちの存在意義のようなモノを感じると言う思考に驚くのだ。

「オウム真理教」については、その残党(といっては失礼かも知れないが)が名前を変え、今だに宗教活動を行い、信者を増やしている。
新しい信者は、かつてこのようなコトをしでかした宗教だと知って、入信をしているのだろうか?と、疑問に思うコトもある。

「東日本大震災」は、自然災害という意味では「人間の叡智の限界」のようなコトを感じる。
だがこの「オウム真理教・地下鉄サリン事件」は、人が起こした史上最悪の事件だったのだ。
あれから16年という月日が流れたが、事件を起こした犯人の一部は今だ逮捕に至っていない。
既にその記憶も遠のきはじめている。
でも、忘れてはいけない日なのだ。

極々普通に働く人たちの命をいとも簡単に奪うことで、自分たちの理想というエゴを満足させようとした事件があったということを。
そして改めて、亡くなられた方のご冥福とサリンの後遺症に苦しむ人たちにお見舞いを申し上げたい。

You are So Beautiful 

2011-03-20 05:48:54 | 徒然
「東日本大震災」後、メディアが映し出す被災地の人々。
今、福島第一原子力発電で懸命に作業を続けている作業員、自衛隊隊員、消防や警察の人々。
また、避難所で数少ない医療品や医療器具の中で、患者さんたちと不眠不休で向かい合う医療関係の人々。
それは被災した子供たちも同じだ。
いろいろな人たちが、この難局に立ち向かっている。
そしてその姿が、世界を驚かせ、感動させている。

原発で作業を続けている作業員の人たちは、「顔のない50」と当初言われていたが、今は「フクシマ50」と呼ばれている。
一人ひとりの名前は知られることのない、極普通の生活をしている人たちだ。
でも、決して「顔のない人たち」ではない。
それは、被災された方々も同じだ。
口を閉ざし、ただ黙々と人を思い、懸命な姿は、なんと美しいのだろう・・・そんな気がする。

その美しい人たちこそ、日本の資源なのでは?

この難局なのか、懸命に生き・高い使命感を持って働いている人たちを、シッカリサポートをするのが政治なのでは?
だからこそ、今懸命に原発で作業されている方々や周辺住民には、「ガン」の定期検診を義務付けて欲しいと思っている。
「がん」というと、すぐ死をイメージされる病気だが、早期発見できれば生存率が高い病気でもある。
その程度のサポートはあっても、当然なのではないだろうか?

それだけではなく、被災地の復興後の地元経済の安定を考えた「経済政策」を企業と一緒になって、ビジョンとして掲げて欲しい。
それが、政治が示すことができる「希望」なのでは?
少なくとも、「高い使命感を持って懸命に働く、美しい人たち」の努力を無にするようなコトだけはして欲しくない。

言葉・説明の難しさ

2011-03-19 14:37:42 | 徒然
「東日本大震災」発生以来、テレビでは様々な言葉が飛び交っている。
特に、東京電力の「福島第一原子力発電所」の外側の建物が爆発して以来、難しい言葉が飛び交っている。

これらの一連のニュースを見ていて感じることの一つに、「説明の難しさ」がある。
例えば、「放射線量が通常の○倍が、観測された」と聞くと、ビックリし「被爆するのでは!」と、浮き足立ってしまう。
しかし、その単位というと「シーベルト」など、普段聞きなれない単位だ。

もちろん、物質ごとに大きさを測る単位の言葉は違って当然なのだが、余りにも聞きなれない言葉であるが故に、「放射能=被爆」というイメージに「通常の○倍」と言う情報だけで、「危険な状態にある」と思い込んでしまう。
いくら枝野さんが「健康被害がないレベルです。安心してください」と言ったところで、不安がよぎるのはある部分では、仕方のないことなのかも知れない。

ただ、説明をよくよく聞くとテレビで報じられている数字はあくまでも「1時間あたり」という数値。
それも「マイクロミリシーベルト」という、「小さい」とイメージさせる「マイクロ」と「ミリ」という単位が2つもついている。
とすれば、説明をする時に「通常の○倍」という前に、「健康被害を及ぼすコトの無い、××マイクロミリシーベルト/時間が観測され、通常の○倍です」と言うほうが、「安心感を与える」のではないだろうか?

もう一つ感じていることは、今回の大震災で破壊された「防潮堤」だ。
一部ではまるで機能しなかったかのような言われ方をしているが、「もし防潮堤がなかったら」という視点で、語られることはほとんどない。
その点を地震学者の方々は、訴えられているようだが、そのコトバは伝わってはこない。
扇情的なメディアに、かき消されているようにも感じる。

「防潮堤」のことを取り上げた理由は、これから先の「防災対策」の問題の中でとても重要なポイントとなっていくと感じてているからだ。
今回のような津波に耐えられるような「防潮堤を造る」という考えもあるかも知れない。
むしろ、そのような考えをする方のほうが多いかも知れない。
しかし、それでは「観光地・三陸海岸」のイメージを著しく悪くさせてしまう。
とすれば、地震学者さんたちが言っているように、被災地域の高台などに「避難やぐら」を造るほうが現実的な気がする。
そのようなことを含め、多くの生活者が不安に感じ、動揺している時だからこそ、平易な言葉で説明をして欲しいと感じている。

何もこのような震災に限ったことでは無いのだが・・・。

批判を浴びたあの「箱モノ」を避難所に

2011-03-18 17:58:48 | 徒然
「東日本大震災」が起きてから1週間。
避難されている方々の疲労が、見えはじめた頃だろう。
医薬品なども不足し、満足な治療もできないでいる、というニュースも聞く。
一方、被災をしていない地域の自治体では避難されている方々を受け入れようと、県営住宅・市営住宅などの公営住宅の入居募集を始めている。

そんなニュースを聞きながら、思い出したことがある。
それは、批判を浴びたあの「箱モノ」だ。
赤字を垂れ流していると批判された「かんぽの宿」や、事業仕分けなどで「その施設は、本当に必要ですか?」と問われた宿泊施設を備えた研修所などだ。

二束三文で売り払われた「かんぽの宿」もあるはずだが、未売却の「かんぽの宿」もまだ多くあるはずだ。
他にも、行政や独立法人などが持っている豪華(?)な宿泊付き研修施設などだ。
被災地以外の施設を、いち早く被災者、特に病気を持っている人とその家族をそのような施設へ移すことはできないものだろうか?
「かんぽの宿」などの多くは、温泉施設などを併設しており、体を休めるのには良いのでは?もちろん地元を離れる不安はあると思うし、離れ離れになっている家族や親族などと連絡が取れない中では、難しいかも知れない。
でも、一度は避難所で身元確認さえ取れていれば、その後の連絡はスムーズにできると思う。

税金や多くの人のお金で造られた施設であれば、このような時こそ積極的に開放して欲しいと思うのだ。
まして、「赤字を垂れ流している」と批判を浴びていたり、事業仕分けで「本当に必要な施設ですか?」と問われた宿泊施設を併設した研修所などは、特に。
そのほうが、医療面での心配も少ないのでは無いだろうか?

震災で命からがら逃げ延びたのに、その後の避難生活で病気を悪化させ亡くなるというのでは、余りにも虚しい。




プロ野球ファンは、どう思うのかな?

2011-03-18 11:25:15 | スポーツ
今回の「東日本大震災」(この名称で定着しつつあるので、正式名「東北地方太平洋沖地震」と表記しません。ご理解ください)を受け、日本のスポーツ界は色々な反応を示している。

まず、Jリーグは今月一杯の中止を早々に決めた。
サッカー日本代表の試合についても、当初開催予定だった2試合を中止としている。
その他、女子ゴルフツアーなども中止が相次いでいる。
一方、開催に向けて動いているのが、高校野球。
「春の選抜」は、県の代表として戦うという意味もあり、被災地に元気な姿・プレーで勇気づけたい、という思いがあるようだ。
そして、2つの意見に分かれたのがプロ野球。

パ・リーグは、当面見送り。
18日遅れでの開催を目指すようだ。
そしてやや驚いたのは、セ・リーグの対応。
予定通り開催ということのようだ。

パ・リーグには、被災地のチーム・楽天や球場が使えなくなったロッテなどがあるため、開催を遅らせたということもあると思う。
セ・リーグのチームは、被災したり球場が使えないチームがないということもあり、開催予定としたようだ。

でも、個人的には「なぜ?」という気がしている。
確かに「被災地の皆さんを勇気づけるために、試合をする」というのは、わかる。
高校野球の開催理由も同じだから。
ただ、高校野球は基本昼間のゲームが中心で、電力不足の心配もさほどない甲子園での試合だ。
一方、プロ野球は巨人やヤクルトなど在京のチームがあり、当然ナイトゲームも予定されている。
昨日も、東京電力圏では「計画停電」が実施されたことを考えると、一般家庭よりも多く電力を使うプロ野球のナイトゲームは、実施して良いのだろうか?
というよりも、実施できるのだろうか?
新聞などでは、「ナイトゲームは2試合だから」というコトと、その2試合が東京電力圏内での試合では無い、と言うコトを理由に挙げていらっしゃるようだが、果たして、プロ野球ファンの理解は得られるのだろうか?

というのも、今「節電」に対しての意識は全国的に高まっており、東京電力圏外の地域であっても「節電にご協力を!」という案内を多く見かける。
名古屋で節電をしても、東京電力には直接的には関係ないと思うが、それでも節電するコトで火力発電で使われる重油(?)が、東北電力や東京電力で使われるとすれば、充分意味のある「節電」だと思っている。
そんな思いをしながら「節電」をしているのに、「東京電力圏外だからナイトゲームは大丈夫」と言い切ってしまうコトに、疑問を感じてしまうのだ。

もちろん、セ・リーグの加藤コミッショナーさんは「批判は、私が受け止める」と、覚悟としていらっしゃるようだが。
ファンあってのプロ野球だと考えると、この判断はどうなのだろう?

少し立ち止まって考えませんか?(被災地以外)

2011-03-17 12:05:29 | 徒然
昨日、テレビのニュース番組を見ていたら、東京電力で実施している「計画停電」があった。
その中でインタビューをされていた保育園(幼稚園だったかも知れない)を見ていて、「チョッと待って!」と思ったのだ。

その保育園は、床暖房を施してあるそうだ。
そのため、計画停電の準備として子供たちに、長ズボンをはかせ、毛布の準備をしているという、話だった。
そして「計画停電が突然あると、大変困ります」と、本当に困り顔で園長先生が話しをしていた。
その傍らでは、半袖・半ズボン・裸足の子供たちがいた。
その映像を見て、「チョッと違うんじゃ・・・」と思ったのだ。

そもそも「計画停電」の主旨は、電力不足のため。
だからこそ、「節電」をいたるところで呼びかけている。
それを考えれば、まず先にするコトは「床暖房」を消すことなのでは?
そして、保護者に「節電のため、長ズボン、ソックスの着用をしますので準備をお願いします」というのが、順番だと思うのだが・・・違うのだろうか?
ペットボトル入りの水を、大量に買い込むコトも同じ理由のような気がしている。

確かに「床暖房」のある暮らしは、安全で暖かだろう。
水にしても、ペットボトル入りの水ではなく、水道水ではなぜダメなのか?
「発ガン性物質が含まれているから」という理由を上げられる方もいらっしゃるかも知れないが、今は各自治体が競って「美味しくて安全な水」として「水道水」をペットボトルに入れて販売をしている。
東京都でも、「東京水」として販売している。
何となく、「イメージに乗せられてできてきた『豊かな生活スタイル+便利さ』を手放したくない」という気持ちがどこかではたらいているのでは?

でも30数年前までは、太平洋側のお宅の多くは「南向きの窓から差し込む太陽の暖かさ」で、昼間を過ごすことが当たり前だった。
そして、日が暮れれば、厚手のカーテンで暖かさを逃さない工夫などを、当たり前のようにしてきた。
オイルショック以降、テレビ番組は0時終了が当たり前となったが、取り立てて不便さを感じることは無かった。
電子レンジも今ほど普及していなくても、食べることには不便さを感じることも無かった。
作りおきの常備菜+温かい汁物+冷ご飯に一品、暖かいおかずがあれば、それで満足できた時代が、30数年前まであったのだ。

被災地以外に住む私たちだからこそ、立ち止まって「今の生活スタイル」の見直しをする必要があるのでは?
その上で、本当の「エコライフ」だとか「LOHAS生活」に、繋がっていくのでは?
真っ先に行っていただきたいのは、「我欲の無い」石原都知事ではありますが・・・。


ペットボトルの水じゃなきゃダメなの?

2011-03-16 20:31:23 | 徒然
「東日本大震災」が起きて以来、首都圏を中心にペットボトル入りの水やカップラーメン、レトルト食品などが売り切れになっているという。
我が家の近くのスーパーに買い物に行ったら、レトルト食品とペットボトル飲料のコーナーが空っぽだった。
「名古屋でも買い占めか?」と思ったら、棚に「被災地への物資優先にさせていただいております。」と張り紙。 
この張り紙を見れば、誰も「そうだよね、優先されるべきは被災地だね。」という気になる。

「非常用」として、ペットボトルの水やレトルト食品を買い求めることは分る。
でも、当面は空のペットボトルに沸かし冷ましの水をいれておいても、いいのでは?
レトルト食品にしても、家族分×3日程度で充分といわれているのだから、それ以上の買いだめをしても、意味がないような気がする。
何より「賞味期限・消費期限」がある食品を買いだめておいて、食べきれるのだろうか?
レトルト食品などは、賞味期限が長いので大丈夫だと思うが、逆に「非常持ち出し袋」に入れっぱなしになって、忘れ去れてしまう可能性もある。

不足気味のガソリンにしても、同じだろう。
「非常用」の水やレトルト食品をあちらこちらで買い求めるために、クルマを走らせるというのであれば、「そのお買い物、クルマじゃなきゃダメですか?」と、自問自答する必要があると思う。
「イザ!」という時のためにガソリンを満タンにしておかなくては・・・という思いから、ガソリンを探し求めクルマを走らせる・・・というのは、本末転倒なのでは?
事実、今回の震災ではクルマで逃げようとした人たちの多くが、津波に巻き込まれた。
震災時の心得として、クルマでは逃げないようにということも言われているはずだ。
電車が間引き運転だから、クルマで出勤する、という方もいらっしゃるのかも知れないが、こういう時だからこそ、積極的な年休消化をしても良いのでは?

確かに、いつ震災が来るのか分らない・・・という不安はある。
実際、昨夜寝床にはいろうかな?と思った時に、地震があった(震源地は静岡県東部)。
こんな時は「大丈夫だろうか?」と不安にもなる。
だからといって、必要以上のモノを溜め込むことはイザという時には、「お荷物」になってしまうのでは?

被災地以外に住んでいる私たちは、「生活サイズを少し小さくする」ことが今大切だと思うのだ。





音楽で寄付をする・・・

2011-03-15 21:56:02 | ライフスタイル
昨日からテレビでは、CMが流れるようになってきた。
と言っても、企業CMはまだまだ少なく代わりに流れるCMはAC(公共広告機構)のCMだ。
その中でとても気になったCMがある。

それは「国境なき医師団」のCM。
南アフリカの貧困地域で、感染病と闘うフランス人女性医師の姿が心打たれるCMだ。
私が気になったのは、その映像ではなくバックに流れている楽曲だった。

CMを見ると、小さな文字で「♪城南海」とある。
調べてみると、20代前半のまだまだお若い女性シンガー。
島歌を歌われる方のようだ。
だからなのか、歌声に哀愁を漂わせながらも芯の強さのようなモノを感じる。
楽曲のタイトルは「ずっとずっと」。
残念なことにこの楽曲は、このCMのために作られているため一般で発売をされていない。
代わりに「ドネーションミュージック」というカタチで、販売されている(このサイトを開くと「Pray for JAPAN。」という曲が流れます。とても素敵な心落ち着く曲です)。

「音楽で寄付を」という、方法もあるのだな・・・と初めて知った。
今、被災地の方々を救おうと色々な募金活動が本格化してきた。
「国境なき医師団」でも、この災害に医師を派遣しようと呼びかけている。
CMに使われている、城南海さんの「ずっとずっと」をダウンロードするとその半額が寄付をされる。
もちろん、城南海さんの楽曲でなくては良いだろう。
坂本龍一さんのお嬢さん、坂本美雨さんも参加している。
お気に入りとなる楽曲を探して欲しい。

一人でも多くの音楽ファンの方々に、このような寄付の仕方もあるのだ・・・ということを知ってもらいたい。