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ITと学校

2019-09-01 21:28:01 | 徒然

実家に帰省して、名古屋に帰る高速バスの車窓から見るある光景に、「地域と学校、教育って何だろう?」と考えることがある。
その光景とは、2,3年前に廃校になった小学校だ。
廃校になった小学校の窓には「〇〇小学校、ありがとう」という横断幕が、掲げてある。
横断幕があまり傷んだように見えないのは、窓の内側に掲げてあるためだろう。
100年以上の歴史を持つ小学校の廃校というのは、地域の人たちにとってどんな思いだったのだろう?と、想像するのと同時に廃校になったことで地域の高齢化が一層進んだのでは?という、気がしている。

理由を改めて述べなくてもお分かりになると思う。
学区にいた子供たちが、バスなどを使って統合されたであろう小学校に通うようになるため、廃校を機にその地域を離れた子育て世代の方々もいたのでは?ということなのだ。
「子どもたちがいなくなる」ということは、子どもたちを育てている現役世代の両親もその地域を離れる、ということにつながり、それが地域の高齢化を一層促す結果となる。
それが、より地域の活力を減らし、ますます高齢化や過疎化に拍車がかかる、という「スパイラル」が起きてくる、と考えられるからだ。

確かに、全学年を合わせても数人程度では、学校として運営していくのは難しいだろう。
新入生を迎え入れることができない、ということになれば、当然廃校ということになってしまうのもわかる。
分かるのだが、今の時代ITなどを積極的に活用して、へき地(という表現はあまり好きではないが)の学校の教育サポートという方法はできないだろうか?
というのも、過疎化による廃校だけではなく、小児がんなどの治療により長期入院・治療が必要な子供たちがいる。
そのような病気治療をしている子どもたちの多くは、友達のいる学校から「院内学級」という病院内にある分校で、勉強をすることになる。
その「院内学級」を持っている病院が、とても少ないのだ。
院内学級があったとしても、小学生までとい制約がある場合もある。

「学ぶ機会」そのものに制約がされる、というのは子供たちにとって大きなストレスとなっているのでは?という気がしたのだ。
何より「院内学級」で学ぶ子供たちは、自身が重い病気と向き合っている。
仲の良い友達と離れ、独り病気と闘いながら勉強をする、という環境は本当に子供たちにとってプラスなのだろうか?と(実は、私が乳がんの経過観察の為に通院している病院にも「院内学級」があり、院内学級の生徒さんかな?と思われる子どもさんと会うことが何度かあった)。

今のようにITが自由に使えるような時代であれば、サポート教員とタブレットなどを通した授業ができるのでは?と、思ったのだ。
それだけではなく、不登校になっている子どもたちのサポートにも「ITを利用した教育プログラム」は活用できるのでは、ないだろうか?
不登校になる理由は様々だと思うのだが、不登校になることで授業についていけなくなり、それがより学校へ行くという気持ちを失くしてしまうのでは?

「辛かったら、学校は一休みしてもいいよ。でも勉強は続けようよ。誰かの為ではなく自分の人生を切り開く為に」という呼びかけと共に、サポートをするITプログラムがあっても良いのでは?
このようなITプログラムなら廃校寸前の状況でも、病気と闘いながらでも、一時期的な不登校状態になったとしても、地元の学校で学ぶことができるのでは?と、思うだ。


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