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変えていくのは、誰?

2019-05-02 10:16:56 | 徒然

昨日、元号が平成から令和へと変わった。
元号が変わるということで、祝賀ムードのあるお代替わりだった。
新年を迎えるお祭り騒ぎとは違う「何かが変わるのではないか?」という期待感のある祝賀ムードのように感じたのは、私だけではないと思う。
そしてこの「何かが変わる」という期待感は、一体誰に向けたものだろう?と、フッと思ったのだ。

拙ブログで時折取り上げさせていただくFM番組、「感じて漢字の世界」で今週取り上げた漢字は「変」だった。
以下紹介文

今日の漢字は「変える」「変わる」。
「変化」「変更」「変革」の「変(ヘン)」です。
元号が変わろうとする今、ひもといてみたい漢字です。

「変(ヘン)」という字の旧字体(變)を見てみましょう。
上半分(䜌)は左から「糸」、「言語」の「言」、
そして再び「糸」を横に三文字並べます。
この部分は、神への誓いの言葉を入れた器の左右に、
糸飾りをつけた形を表しているといいます。
その下に書くのは「ぼくにゅう(攴)」と呼ばれる部首です。
「ぼくにゅう」は、手にこん棒を持って「打つ、叩く」様子。
そこから「変」という字は、誓いの言葉が入った器を手で打つこと、
つまり、神への誓いを破り、改めるという意味を表す漢字になったのです。
そこから「かえる、かわる、みだれる」といった意味でも用いるようになりました。

今からおよそ三千年前、紀元前十四世紀頃の殷王朝時代に生まれた漢字。
動物の骨や亀の甲羅に刻まれた甲骨文字は、
国王による占いの結果を記録しておくための手段。
同時に、神の意志と相違ないということの証明でもあります。
祭祀を始めとする年中行事や戦争、狩猟や農作業の時期、日々の決まりごと。
占われたのは、人々の生活のほとんどすべてであり、
その結果は、神と国王の合意という絶対的なものでした。

それでも、人の魂は限りなく自由。
考え、学び、やがて神意とは異なる理想の未来を思い描きます。
そして、勇気あるその人は、
神棚に供えられた箱に、力いっぱいこん棒を叩き続けるのです。
「変えてみせる」という固い決意のもと、何度も何度も、叩きます。
民衆を押さえつけるために刻まれた文字が、彼を奮いたたせるという皮肉。
今、私たちは、勇気ある先人の姿を、この漢字に見るのです。

元号が変わり、オリンピック開催を控えたこの国は、刻々と変貌を遂げています。
叩き壊そうとしている古きものの価値。
作り出そうとしている新しきものの意味。
私たちは、その一つひとつの是非を判断する責任があります。
「ニーバーの祈り」は、そんなときの指針となる言葉。
その出典には諸説ありますが、
アメリカの神学者、ラインホールド・ニーバーが、
一九四三年、マサチューセッツ州西部の教会で捧げたという説が有名です。
変革のときを迎えてざわつく心を静めたいときに、つぶやいてみてください。
―神よ、変えられないことは、それを受け入れる平穏を。
変えられることは、それを変える勇気を。
そして、そのふたつを見分ける知恵を、お与え下さい。

「変」という感じの成り立ちに、神への誓いを打ち破るという白川文字学の解釈に違和感を感じられる方もいらっしゃるかもしれないが、「変える」ということは、それほどの強い意思と勇気が必要だということなのだろう。
とすれば「変える」のは新天皇、皇后ではなく、私たちの「変えていきたい」という強い意思と勇気なのではないだろうか?
と同時に神学者ニーバーの言葉「変えられないことを受け入れる平穏」ということもまた、重要なことだろう。

変える必要があるモノ・コトには勇気をもって、そして変えなくても良いものにはそれを受け入れる寛容性を、そのバランスが令和という時代を創っていくのではないだろうか?



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