日々是マーケティング

女性マーケターから見た日々の出来事

私たちは「言葉」を疎かにしている?

2019-05-14 20:43:02 | 徒然

日経のコラム「COMEMO」は、日経の記事とは別によくチェックしている。
理由は、様々な立場や考えの人たちが自由に自分の考えなどを、コラムとして書いているからだ。
もちろん、コラムの中には日経新聞社絡みのイベント記事などもあるのだが、たとえそのような記事であっても実際に読んでみると「経済紙が考え・見ていること」などが分かる。

今日、そのCOMEMOをチェックしていたら、「なるほど!」と思う内容があった。
COMEMO:キレる日本人 松川行雄

「キレる」という言葉が、いつの頃から一般的に使われるようになったのだろう?
なんとなくだが、バブル経済が崩壊し、日本の経済全体が落ち込み始めた頃から使われ始めたのでは?という気がしている。
それから日本経済は、名目上は「好景気」と言われながら、生活者の多くは「景気実感が無い」という状態が続いている。
そして「キレる人」がより増え始めたのが、携帯電話やスマホでのメールやSNSの普及し始めた頃からかもしれない。
コラムにある通り、携帯電話やスマホのメールやSNSで作成される文は、文字数制限もありとても短い。
その短い文に絵文字やスタンプなどを加えることで、自分の気持ちを伝えることができるようになった。
いうなれば「感情表現」が「言葉から絵に変わってきている」ということに、なるのだろう。
作者の松川さんは、絵文字やスタンプでの感情表現を悪いと言っているのではないと思う。
ただ、感情表現を言葉に置き換える作業をする重要性を、述べているのだ。
そしてこのご意見に対して、納得できるのだ。

このコラムの中で興味深いのは、「面白いゲームをつくるためには、何が必要なのか?」という、ゲームを創られている方の言葉だ。
ゲームの世界観や登場人物像、背景となる時代や場所の設定などなど、表面的な情報だけでは面白いゲームを創ることができない、というのは、本当だろう。
そしてこのような考えは、マーケターにとっても必要なことだと思っている。
何故なら、数字の羅列のようなデータや図表から様々なモノやコトを読み取り、一つの「ストーリー」を創っていくこともまた、マーケターの仕事だからだ。

感情表現が豊かである、ということは決して悪いことではない。
しかし感情の赴くままの言葉は、人を傷つけ、周囲との軋轢を生み、自分自身をも傷つけることにもなる。
自分自身が自分の言葉で傷ついている、ということを理解(というよりも「実感」というべきか)できないことで、より自分自身を深く傷つけることにもなってしまっているのではないだろうか?
それが新たな人を傷つける言葉を生み、より社会をギスギスさせることになっているのでは?

私たちは「言葉」を疎かにすることによって、より「生きにくい社会」を自ら作りだしているのではないだろうか?


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