浄土真宗本願寺派 堺・圓龍寺の法話が届いています。
《自力・他力》
北野武(ビートたけし)さんが数十年前の番組で修行僧に
「あなた一人が悟りの道を知って、生老病死(四苦)を克服し解決するのですか」と質問し、
北野武さんは
「この私はどうなるのですか」尋ねました。
悩み苦しみを克服の仕方には色々な方法がありますが、この私にあ
自力聖道門(ジリキショウドウモン)とよばれる道は、この生老病
他力浄土門(タリキジョウドモン)とよばれる道は、生老病死が一
私たちは生老病死を分けて、生はいいもの、死は悪いものだという
一つは自力の行き方、死を肯定するという行き方、
もう一つは他力の行き方、阿弥陀如来にすべてをおまかせする行き方です。

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(大阪関西万博もあることやし、あらためて関西ひとめぐり!)

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伊東慈音さんのコメントです。
《『未知日記』から (伊東慈音)
自力と他力
善とは慈悲なり、悪とは無慈悲なりと考えて修養せんことを望む。我が子を思う親の心は、慈悲なるべし。故に弥陀は慈悲心より衆生を救わんとの思いより、大願を起こして衆生の罪を己れに引き受けて、すべてを救わんというとの教えは生じたる。これを他力の法と云うなり。仏は凡てを知る、その全てを知り給う仏心のもとに、凡心を入門せしめて教えを受けんと願うを、自力の法と云うなり。
修行は自力によらねばならず、信心は他力によらねばならぬ。仏を念ずるは他力、題目を唱えるは自力なり。他力と云い自力と云うも、帰するところは「思い遣り」の念なり。思い遣りの心より口走り出づる一言の念仏・一言の題目、その働きの偉大なるに驚くこともあるならん。「有難し・忝し・勿体なし」という心を起こすも、すべては「思い遣り」なり。》






善とは慈悲なり、悪とは無慈悲なりと考えて修養せんことを望む。我が子を思う親の心は、慈悲なるべし。故に弥陀は慈悲心より衆生を救わんとの思いより、大願を起こして衆生の罪を己れに引き受けて、すべてを救わんというとの教えは生じたる。これを他力の法と云うなり。仏は凡てを知る、その全てを知り給う仏心のもとに、凡心を入門せしめて教えを受けんと願うを、自力の法と云うなり。
修行は自力によらねばならず、信心は他力によらねばならぬ。仏を念ずるは他力、題目を唱えるは自力なり。他力と云い自力と云うも、帰するところは「思い遣り」の念なり。思い遣りの心より口走り出づる一言の念仏・一言の題目、その働きの偉大なるに驚くこともあるならん。「有難し・忝し・勿体なし」という心を起こすも、すべては「思い遣り」なり。