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空(hanul 하늘)風(palam 바람)湖水(hosu 호수)2……青空を吹きぬける風が、湖水にさざ波をたてる。

私たちの暮らしは、美しい自然と共生をとりたい物です。そんな日々の暮らしで、感じたことを綴ります。

浄土真宗本願寺派 堺・圓龍寺の法話2025.03.01+雀さん12の関西ツアー+ガンバ大阪+阪神タイガースカレンダー

2025-03-01 09:10:00 | 日記

浄土真宗本願寺派 堺・圓龍寺の法話が届いています。

 

《自力・他力》
北野武(ビートたけし)さんが数十年前の番組で修行僧に
「あなた一人が悟りの道を知って、生老病死(四苦)を克服し解決するのですか」と質問し、
北野武さんは
「この私はどうなるのですか」尋ねました。


悩み苦しみを克服の仕方には色々な方法がありますが、この私にあう教えを求めることが重要なことであります。
自力聖道門(ジリキショウドウモン)とよばれる道は、この生老病死を直視し、肯定することです。その生老病死が素晴らしいものだと肯定ができたとき、死の恐怖から逃れることができるのではないでしょうか。


他力浄土門(タリキジョウドモン)とよばれる道は、生老病死が一つのものであると見えたとき、初めて、生老病死のおそろしさ、こわさ、というものを克服できるのだと思います。浄土真宗では、阿弥陀如来のみ胸に抱かれて安らかに日々を送ります。


私たちは生老病死を分けて、生はいいもの、死は悪いものだという、こだわりを捨てたとき、阿弥陀如来に一切をおまかせできるのであります。


一つは自力の行き方、死を肯定するという行き方、
もう一つは他力の行き方、阿弥陀如来にすべてをおまかせする行き方です。

雀さんカレンダー

(大阪関西万博もあることやし、あらためて関西ひとめぐり!)

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阪神タイガースカレンダー

 

 

伊東慈音さんのコメントです。

『未知日記』から (伊東慈音)

自力と他力

 善とは慈悲なり、悪とは無慈悲なりと考えて修養せんことを望む。我が子を思う親の心は、慈悲なるべし。故に弥陀は慈悲心より衆生を救わんとの思いより、大願を起こして衆生の罪を己れに引き受けて、すべてを救わんというとの教えは生じたる。これを他力の法と云うなり。仏は凡てを知る、その全てを知り給う仏心のもとに、凡心を入門せしめて教えを受けんと願うを、自力の法と云うなり。

 修行は自力によらねばならず、信心は他力によらねばならぬ。仏を念ずるは他力、題目を唱えるは自力なり。他力と云い自力と云うも、帰するところは「思い遣り」の念なり。思い遣りの心より口走り出づる一言の念仏・一言の題目、その働きの偉大なるに驚くこともあるならん。「有難し・忝し・勿体なし」という心を起こすも、すべては「思い遣り」なり。

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『未知日記』から (伊東慈音)
2025-03-01 12:06:58
自力と他力
善とは慈悲なり、悪とは無慈悲なりと考えて修養せんことを望む。我が子を思う親の心は、慈悲なるべし。故に弥陀は慈悲心より衆生を救わんとの思いより、大願を起こして衆生の罪を己れに引き受けて、すべてを救わんというとの教えは生じたる。これを他力の法と云うなり。仏は凡てを知る、その全てを知り給う仏心のもとに、凡心を入門せしめて教えを受けんと願うを、自力の法と云うなり。
修行は自力によらねばならず、信心は他力によらねばならぬ。仏を念ずるは他力、題目を唱えるは自力なり。他力と云い自力と云うも、帰するところは「思い遣り」の念なり。思い遣りの心より口走り出づる一言の念仏・一言の題目、その働きの偉大なるに驚くこともあるならん。「有難し・忝し・勿体なし」という心を起こすも、すべては「思い遣り」なり。
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