「ヨシロウ童話」

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

高安義郎1600字の短編小説集リーフノベル「山桜」出版しました

2017-10-30 23:15:27 | 短編小説


短編小説リーフノベル「山桜」を2017年10月10日に出版しました。
長年、詩を書いてきて、たどり着いた世界が短編小説リーフノベルです。
東金市の情報誌に連載してきたものと未発表のものをまとめました。
人生を重ねたからこそ見えてくる日常の喜びや悲しみをテーマにしました。
「山桜」は現代社会とその生活に潜むアイロニーや心をくすぐる笑いなどを、4コマ漫画的手法で記した短編小説といえましょう。
1600字に文章収めるという定型を貫きました。どうぞご高覧下さい。
アマゾンから購入できます。
https://www.amazon.co.jp/%E5%B1%B1%E6%A1%9C-%E9%AB%98%E5%AE%89%E7%BE%A9%E9%83%8E/dp/4866450460/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1509371186&sr=1-1&keywords=%E9%AB%98%E5%AE%89%E7%BE%A9%E9%83%8E


高安義郎1600字の短編小説集リーフノベル「山桜」出版しました

2017-10-30 22:51:46 | 短編小説

高安義郎1600字の短編小説集リーフノベル「山桜」発行

2017-10-16 21:05:20 | 短編小説
         お知らせ

  2017年10月高安義郎が1600字の短編小説集「山桜」を発行しました。
  日常的なものをテーマに、現代社会とその生活に潜むアイロニーや
  心をくすぐる笑いなどが中心でいわば4コマ漫画的短編小説です。
  アマゾンから購入できます。ご高覧下さい。

   

ヨシロウ童話  小さな龍の物語

2017-07-11 16:22:46 | 童話









 村は日に日にかわいていきました。ぬかるんでいた田はひびわれをおこし、

裏のため池もすっかりかわいてしまいました。

 こまりはてた村人たちは、村の世話役さんの家に集まり相談しました。世

話役さん達は名主さんの家に集まりまた相談しました。けれどどんなに頭を

ひねってもなすすべはありません。

「水を分けてくれと言ったって、分ける水がねえんだから分けようがねえ。

あじょにもかじょにもやりようがあんめえ」

「うんだあ。ともかく雨が降らねえことにゃあ、わし等にはどうすることも

できねえ」

「こりゃあやっぱりお上人さまにご祈祷(キトウ)していただくしか方法は

あんめえ」

「ああ、それしかあるめえなあ」

 世話役さんや名主さん達は、雨乞いをお願いする事に決めました。

名主さんを先頭に世話役さん達は、沼にほど近い安食村(アジキムラ)の

お寺、『龍閣寺』(リュウカクジ)にやって来ました。この寺には村一番の

知恵者として名高いお上人、釈命上人(シャクメイショウニン)様がいら

っしゃいました。

「お上人様。もうわしらにはどうすることもできませんですだ。そこでお上

人様には雨乞いのご祈祷をお願いしようってことになりまして・・・」

上人様もこの長い日でりに心をいためていたところでしたので、すぐに気持

ちよく引き受けられました。

「わしの力でどこまでできるか分からんが、ともかくやってみよう」と、

さっそくその日の夕方印旛沼で、祈りをささげることになりました。

 夕方になりました。お上人様はご祈祷のために沼の真ん中に行きたかった

のですが、船を出すにも船を浮かべるだけの水がありません。歩いて行くに

はぬかるんでいてすすめません。そこで若者数人が戸板でこしを作り、そこ

にお上人様をお乗せし、田下駄(タゲタ)をはいて沼の中央に案内しました。

村人や子供達はみな沼の岸辺に立ち、遠くから手を合わせました。

 沼の中ほどに来た上人様は、自分のまわりにろうそくと線香(センコウ)

を立てると、声高らかにお経をとなえました。子供たちも小さな手を合わせ

村人たちといっしょに祈りました。

 夕方から真夜中までお祈りは続きました。けれど、一ぺんの雲さえあらわ

れず、まんてんの星がうらめしいほどにかがやいているばかりでした。

「あすの夕方にもう一度ここに集まろう。」お上人様の言葉でその日のお祈

りは終わり、村人たちは帰っていきました。

 沼はひび割れがひろがり、あちらこちらに、死んだフナやドジョウが干か

らびて散らばっていました。

 よく日の昼すぎでした。天界から通信係のカササギが飛んできて、『子龍

の罪がゆるされたので、天界にもどって来てよい』という知らせをとどけて

きたのです。子龍はよろびました。さっそく天に帰ろうと思いました。ですが、

これまでいっしょに遊んでくれた村の子供達に、だまって行くわけにはいき

ません。どうしてももう一度あって、お別れの言葉を言いたいと思いました。

 日がかたむき始めると、雨乞いのためにまた村人達が印旛沼に集まりました。

子供達もいっしょにやって来ました。やさしいあのキイねえちゃんもおりま

した。子龍はキイねえちゃんを見つけるとかけよりました。

「キイねえちゃん、おいらね・・・」声をかけて顔をのぞきこみますと、キ

イねえちゃんはとてもかなしそうな顔をしていたのです。

「どうしたの。なにかあったの?それにきのうから大ぜいの人が沼に来て、

何のお祈りをしているの」

子龍は聞きました。するとキイねえちゃんは言いました。

「もう半年も雨がふらねえから、うちのニワトリは半分死んじまった。畑の

野さいは育たねえし、もうじき田植えをしなけりゃいけねえけど、それもで

きねえ。これじゃ村中が大変なことになっちまう」

「どう大変なの?」

「このままだと今年は年貢(ネング)が納められねえっぺ」

「治められなければどうなるの」

「米の代わりに銭(ゼニ)を出さねばなんねえ」

「銭?お金だね。お金はあるの?」

「オラゲには銭などねえ。だからオレが奉公(ホウコウ)に出るしかねえんだ」

「ええ?奉公に出るの?そりゃあ大変だ。なんとかならないの?」

「だからご祈祷をしてもらって、雨を降らせていただくんださ」

 そう話すキイねえちゃんの顔は、本当にかなしそうでした。子龍は知って

いました。地上でいくらお祈りをしても、龍王が天の水門をあけてくださる

はずのないことを。でも子龍はキイねえちゃんのさびしそうな横顔を見てい

ると、なぜかたまらなく悲しくなってきました。

「よし、それじゃキイねえちゃん。おいらが天にもどって、龍王様に雨をふ

らせるようにたのんでみるから」そう言ったかと思うと、枯れかかった笹

藪(ササヤブ)にかけ込み姿を消しました。やがて一じょうの光となって子

龍は天にのぼって行ったのでした。

 天界にもどると子龍は、あいさつのために龍王の前に進み出ました。

「子龍よ、しばらくぶりだのお。少しは修行になったか」龍王はにらむよ

うな目で言いました。

「はい。いたずらはみんなのめいわくになることを知りました。ですから、

もう悪いことはいたしません」

「よし。それでは反省のほうびとして何かやろう。ほしいものがあったら言

ってみろ」

子龍はこの時とばかりに言いました。

「はい。ひとつだけ。実はこれまでおいらの遊び相手をしてくれた村の子供

たちに、お世話になったお礼として雨をふらせてやりたいのです」すると、

龍王の顔色がかわりました。

「何だと。天の水門を開けろというのか。それだけはだめだ。お前も知って

いようが、あそこにはわしの十番目の后がかわいがっている白鳥がいる。今

年ちょうど百羽になった。后は白鳥をもっとふやしたいと言っている。だか

ら水門を開けるわけにはいかん」

「白鳥なんかより、村人の苦しみをすくう方が大事ではないでしょうか。村

人をまもるのが龍王様のお役目だと思うのですが」

その言葉に龍王は少しむっとし、

「こわっぱのくせにわしに説教(セッキョウ)するつもりか。千年早いわい」

そう言った後で声をひそめ、

「后のきげんをそこねるとな、よけいな雷を落とされるのだ。雷から村人を

守るのもわしのつとめの一つだ。白鳥がもうちょっとふえたら必ず雨をふら

せてやるから少しまて」

「少しってどのくらいですか」

「そうよなあ。来年の今ごろかなあ」

 来年では間に合わないのです。キイねえちゃんは奉公に出されてしまうか

らです。

「今すぐ雨がほしいんです。おねがいです龍王様」

 そんな話をしているところに后がやって来て言いました。

「龍王様、私のかわいい白鳥がまた卵をうみましたわ。新しいひなたちのた

めのすてきな家をもう一つ作ってくださいな」

 すると龍王はにこにこしながらうなずき、子龍を見ると、

「よいな。水は来年だぞ。」そう言ってにらみ、席を立って行きました。

 子龍はとぼとぼと歩き、水門近くにやって来ますと、下界の方から上人様

がけんめいに祈る声が聞こえてきます。子龍は胸が苦しくなりました。

 こうなったらこっそり水門を開けるしか方法はありません。あんなわがま

まな后の為に、村人を苦しめていいわけはありません。『それにしても龍王

様はどうしてあんなにお后のきげんをとるのだろう』それを思うと子龍は

ふしぎでなりませんでした。

 子龍はそっと貯水池(チョスイチ)に近づきました。見るとそこには青鬼

と赤鬼の二匹の鬼が、代わる代わる水門のまわりを行ったり来たりしており

ました。目は金色にかがやき、時々太い金棒をふり上げブルンブルンと風を

切って振り回し、近くにいた小さな動物たちをおどかしていました。

 子龍は鬼に気づかれないようそっと水門に近づきました。その時枯れ枝を

ふみ、パキンと音をたてました。

「だれかいるのか。」鬼はギロリとあたりを見回しました。すると交替をし

にやって来たもう一匹の鬼が言いました。

「おい赤鬼のぉ、どうしたい。あやしいやつでもいるのか」

「いや、どうせ子ウサギか何かだろう。だがな、白鳥にいたずら描きした小

童(コワッパ)が帰って来たと言ううわさを聞いたんで用心してるんだ」
「そうよな。気をつけようぜ。今度白鳥にいたずらされたら、あの真っ赤な

龍のこわいお后様に、どんな罰(バツ)を下されるか分からんからな。下手

すると角を一本きりおとされて、門番を首になるかもしれん」

 そんな話をしているのが子龍に聞こえました。あんなに用心されてはます

ます近づけません。鬼達が話すのをやめると、あたりは静まりかえり、池の

水がチャポチャポン、チャポチャポンとなっているばかりです。そして印旛

沼のある下界から釈命上人の読経(ドキョウ)の声が、そよ風のようにかす

かに聞こえてくるのでした。

 小枝をふんだだけでも聞きつけるほどですから、鬼達に気づかれずに水門

を開けることなど、とうていできそうにありません。それでも、いつかすき

を見せるのではないかと、子龍は一晩中ものかげにかくれ、鬼達の動きをみ

はっていました。

 とうとう鬼達は一晩中、持ち場をはなれることはありませんでした。

 朝になり、昼の警備をする鬼がやって来ました。昼間の当番鬼は、夜の当

番より数が多いのです。夜の間白鳥は小屋にいますが、昼はあちこち泳ぎ回

るので、それで番人が多いのでしょう。これではますます水門に近づくこと

さえできません。

 子龍はそっと貯水池をはなれると、また印旛沼におりて行きました。そし

てキイねえちゃんの家にやってきました。キイねえちゃんはちょうど庭先で、

おっとうの手伝いをしておりました。

「ねえ、おいらだけど」

「おやタッチン。龍王様は何だって?雨、ふらせてくれそうかい」

「それだけどね、龍王様は来年にはふらせるって言ってるけど、それじゃだ

めだから、キイねえちゃんにたのみがあるんだ。

ねえちゃんのおっとうに、村の世話役さんをつれてきてもらいたいんだ。お

いらが龍の子だってことを、話してもかまわないから」

「村役さんに何をたのむつもりなの」

「龍王様にないしょで天の水門を開けるんだけど、そこには門番の鬼達がいて、

どうしても近づけないんだ」

「それじゃどうしようもないね。

「だからね、村中の人たちに、太鼓をたたいたり笛を吹いたりして鬼の気を

引いてもらいたいんだ。そうそう、それから鬼の好きなお酒も用意してもら

いたいな」キイねえちゃんはうなづき、おっとうのいる所にゆくと何やら

耳打ちをしました。

おっとうはいっしゅんびっくりしたような顔をして子龍の方を見ました。

 やがておっとうはすべてを飲みこんだかのように、子龍に向かって手を合

わせると、村役の家に走って行きました。

 日が高く上がってきました。強い日ざしが子龍とキイねえちゃんのひたい

をちりちりとてりつけておりました。

 しばらくしておっとうは村役だけでなく、名主さんまでつれて帰って来ま

した。

「ソウゼンドンよ。龍の子だとか、天の水門だとか言ってたが。おめえ、夢

でも見てるんじゃねえかね」そんな声が聞こえてきました。

「あの子ですだよ。なんでも龍王様のしんせきにあたられるとかで。

ほれ、いつだったかサクヘイじいさんとこの小屋がもえて、どこにも水が

ねえのに、水をはこんで火を消した者がいるっちゅう、ふしぎな話があった

っぺ。じつはあの龍がはきだした水だったんだと」

「たしかにあれはふしぎな話だった。でも、まだわしは、あんな小さな子が

龍の子だなんて信じられねえ。そもそも龍なんて本当にいるんかや」

「じつを言えばオラだって本当に信じているわけじゃねえ。でもよ、このま

まじゃ田植えができねえべ」

「そうだなあ、村のためになるんなら、だまされたと思って、話にのってみ

るべえか」そう言いながら子龍の前に立つと名主さんは、

「やっぱりこの子は、ただの子供にしか見えねえけんどなあ。この子が本当

に龍の子かね。」首をかしげながら見回しました。

「はい。信じられないのはしかたありません。でも、これだけはおねがいし

たいのです。今ばん、村中の人たちみんなして笛と太鼓で大きな音を立て

それに大声で祭りのかけ声をあげたりして、いっ時ばかりさわいでほしいん

です」

「そんなことをしてどうすんだね」

「天の貯水池には鬼の門番がいて、だれも近づけないんです。村の人達のさ

わぎで鬼の気を引きつけている間に、おいらが水門をこわそうと思うんです」

「そんなことをしたら龍王様のいかりをかって、あんたがとんでもない罰を

うけるんじゃないのかい。」キイねえちゃんが言いました。

「うん。きっとおこられる。とってもおこられると思う。一生印旛沼でくら

すことになるかも知れない。でもここはみんなと遊べて楽しいところだから、

そうなっても平気だから」

 そんな話を聞いても、名主さん達はまだ信じられないと言った顔でした。

「まあ、駄目でもともとってこともある。それに今日は雨乞いの三日目だから、

みんなに大声でお祈りするように言ってみるさ。とりあえず釈命上人様のと

ころに行って話してみるべえ」

 キイのおとう達はお上人様のところにやって来ると、名主さんは歯切れの

悪い口調で子龍のことを話しました。始め上人様は何のことかよく分かりま

せんでしたが、キイのおとうが説明し直しますとようやく飲み込めたようで、

上人様は大きくうなずきました。そして、しばらく考えておりました。

「お上人様、やっぱりでたらめ話でしょうかねえ。」世話役さんが言いますと、

追いかけるように名主さんも言いました。

「やっぱり馬鹿げた話ですよねえ。この話は忘れて、今日三日目のご祈祷を

お願いしますだ。さあ、みんな帰るべ。」そう言って帰りかけた時でした。

「まてまて、わしは信ずる。お前様達はすぐに、村にあるありったけの笛や

太鼓を用意して、今日は真夜中に集まるように知らせて来てくれ」

「え?それじゃお上人様は本当に龍がいると信じておられるんですかい」

「信じると言うより、龍というのは、力強い自然のありようが形になってあ

らわれたものだ。龍を恐れるように自然を恐れうやまい、大切にしようとす

る心に対し、自然がめぐみを下さることを思えば、龍の子供の話もあながち

絵空事(エソラゴト)ではあるまいとわしは思う」

「へえ?龍というのは大自然のことですかい」

「そうだ。だから村人が心を一つにしてことにあたることだ。さあ、早く笛

太鼓の準備(ジュンビ)にかかれ。それから、かく家を回って酒を一合ずつ

集めて来るがいい。」上人様はそう言って名主さんたちをせき立てました。

名主さんは狐につままれたような顔で二度も三度も頭をさげ、相談役さんと

キイのおっとうは顔を見合わせました。

 三日目の雨乞いは真夜中に行うことになりました。お上人はこれまでとは

ちがい真っ白な着物を着てあらわれました。子龍のことを聞いた上人様は、

身を清める意味で白い着物を着てきたのでしょう。

 真夜中になりお経が始まりました。その日は盆踊りのように火がたかれま

した。火は真っ赤に燃え上がり、赤いけむりが天高くゆらゆらと上って行き

ました。それはちょうど真っ赤な龍が登って行くように見えました。

 お経の声は一だんと大きくなりました。

 そろそろです。上人様はじゅずをにぎった手を高々とあげました。それを

合図に村人はいっせいに太鼓をたたき笛を吹き、大声でおみこしをかつぐか

け声をかけあいました。

 そのころ天界では、酒だるを担いだ子龍が鬼の番小屋に忍び込んでいました。

赤鬼と青鬼が見張りの交替に出て空になったすきに、子龍は酒だるを小屋の

土間に置きました。

 やがてはるか下の方から、

ボンボコ ボコボン  ドンドコ ドコドンと太鼓の音がひびきはじめ、

ヒーヒャリ ヒャララ ヒーヒャリ ヒャララと、笛の音が聞こえだしたの

です。それに合わせ、

「わっしょい わっしょい」

「わっせ わっせ」と、みこしをかつぐ声がひびいてきたのです。


「何だあのさわぎは。」門番の青鬼が下界を見下ろしました。見ると、赤々

と燃える火のまわりで、村人たちがおどっているのが見えました。

「盆踊りの季節でもなし、秋祭りにもまだ間があるはずだが、あれは何のま

ねだ。おおい赤鬼よう、ちょっと来てくれ。」青鬼は交替したばかりの赤鬼

を呼びました。赤鬼は番小屋から飛び出してきました。

「おい、青鬼よう。誰かが酒を置いていってくれたぞ」

「なに、酒だと?それは有り難いがそれよりあの音を聞いてみろ」

二匹の鬼が不思議そうに下界を見つめと、今度はさかもりの歌が聞こえ始め

たのです。それを聞いていた鬼達はきゅうにお酒が飲みたくなりました。

「おい。酒があるとか言ったなあ。誰が恵んでくれたか知らんが、俺たちも

有り難くいただこうじゃねえか」

「そうだな、昨日も誰も来なかったし今日だってどうせだれも来はしないだ

ろう。少しだけ飲もうじゃねえか」

「でも見つかったらたいへんだぞ」

「見つからねばいいんだろ。いいか、こうやって金棒にマントをかけておけば、

門番がいるように見える。その間にちょっと飲めばいい」

「そうよなあ。ちょっとな。そうしよう、そうしよう。」酒が三度の飯より

も好きな鬼たちは、こそこそとかくれるようにしていなくなりました。水門

の近くには金棒のかかしが立っています。

「よし、今だ」

 子龍は水門にかけよると、子龍のシッポのとがった鱗をのこぎり代わりにし、

水門の柱を切り始めました。下界のワッショイ ワッショイの声に合わせの

こぎりをガリーコ ガリーコと引きました。水門の柱は太くて頑丈です。ち

ょっとやそっとで切れるものではありません。

しばらくすると青鬼が首をかしげながら、

「おい、何かギーコラギーコラ変な音が聞こえなかったか。」赤い顔をして

つぶやき赤鬼と一緒に水門に近づいてきました。子龍は急いで水門の影に隠

れました。

「なにも聞こえやしねえよ。下界の奴等のかけ声だろうぜ」赤鬼が言いま

した。
「そうか。そんならいいんだが」

「それよりかもう少し飲もうじゃねえか」

「そうだな。飲もうかのお」

鬼達が再び番小屋にもぐりこむと、また子龍は尾ののこぎりでギーガリ ギ

ーガリと柱を切るのでした。

一時(イットキ)ほどが過ぎました。もう少しで切り落とせそうになった

時でした。鬼達が馬鹿笑いする声が聞こえてきました。子龍はあわてました。

もう少しだというのに柱はどうしてもたおれません。

「おい、水門の所に誰かいるんじゃないか?」酒に酔った青鬼が大声で言

いました。

「誰もいやしないよ。俺たちのマントと金棒だろ。気になるんなら青鬼よ、

お前が見てこい」

「何を言う赤鬼のお。今度はお前が立つ番だろ」

「いや、あれからもう一時は過ぎたから今は青鬼よ、お前の番だ」

「いやお前だ」

「とんでもねえ。お前は横着でいかん」そんなやりとりをしている間に子

龍は立てかけられていた金棒を持ち上げると、力一杯水門めがけて振り下ろ

しました。ズジーン ズジーンとお腹をゆさぶる音があたりにひびきました。

「なんだなんだ。天界には地震なぞないはずだ」そう言って鬼達が出て来

ました。金棒を振るっている子龍を見ると、

「こらコワッパやめろ。何てことしてるんだ」そう言って飛びかかってき

ました。

その時です、子龍が振り落とした金棒が丁度切り込みの真ん中に当たりミ

リミリッと音がしました。毛もくじゃらの腕が子龍の襟元(エリモト)めが

けて飛んできました。青鬼が子龍をつかむと高々と持ち上げ、地面にたたき

つけようとした時です。子龍は持っていた金棒を水門に投げつけました。金

棒は柱の真ん中に当たり、水をせき止めていた厚い板にひびがはいり、水が

ひと筋噴き出しました。水は少しずつ勢いを増し、板はミシミシと音をたて、

やがて一枚の板がへし折れると水は一気に流れ出し、あっけにとられている

鬼達の前で水門は地滑りを思わせてくずれだしたのです。水が瀧のように流

れ出し、下界に向かってふり注ぎはじめました。

「雨だ、雨だ。あの小さな龍が水門を開けてくれたんだ」下界では名主も

世話役も天に向かって手を合わせました。今まで幾万の星が輝いてい空は真

っ黒な雲におおわれ、雨が谷川の急流のようになってふってきたのです。沼

にはみるみるうちに水がたまりだしました。村人は岸にあがり、なおいっそ

う大きな声でみこしをかつぐかけ声をかけました。火の山を思わせて燃えて

いたたき火も、雨のために少しずつ消えてゆきました。雨によろこび、はだ

かになっておどり出す人もおります。村人はびしょ濡れになり、御神輿のか

け声は一層高くなるのでした。

鬼に押さえつけられた子龍は身動きできません。そのまま龍王の前に引き

出されたのでした。龍王は頭から湯気を立てて怒っています。

「水門がこわされたというではないか。何をぐずぐずしておる。すぐ水をと

めてこい」

「水門をなおすに数日かかります」

「三日でなおせ。なおらなけれお前達の体で水を止めろ」龍王はのどの下

にあると逆鱗(ゲキリン)と言う鱗(ウロコ)を逆立ててどなりました。

 やがて太い藤蔓(フジズル)でぐるぐる巻きにされた子龍を見ると、

「やはりおまえか。あれほどだめだと言った水門をどうしてこわした。わし

の命令にしたがえないやつは、永久にこの天界からついほうする」龍王か

ら罰が言い渡されたその時です、頭からバチバチと火花を飛ばしながらかけ

込んできた后が、金切り声を上げて言いました。

「龍王様、それでは軽すぎます。私の一番大事にしている白鳥たちのすみか

をこわしたのですよ。ついほうだけでは気がすみません。八つ裂きにしても

飽き足らないくらいです」

「待て后よ。たとえそなたでも、一度わしが決めた命令は変えられないこと

を知ってるだろう。命令にしたがわなければそなたにも罰を与えねばなら

ぬぞ」

 后は一瞬青ざめたかと思うと、急に作り笑いで龍王を見上げ、

「わかっておりますわ龍王様。それでは龍王様、この子龍が地上におりて行

く時、私は千の光で天の道を照らして見送りたいと思うのですが、どうでし

ょう。もう会えないのですから見送りくらいさせて下さいな。ねえ龍王様」

「稲光で見送るのか」

「ええ。夜道を照らしてあげるには稲光は最適ですわ。そしてちょっとおど

かすくらいさせていただければと思いまして。ええ、せめてそれくらいはさ

せてもらわなくっては。いいでしょ龍王様。」そう言った後で、キッと龍王

をにらみました。龍王はしかたがないと言う顔をしながら、

「見送るのならば、いかんとは言えんだろう。お手やわらかに見送ってやれ。

何しろ二度とこの天界にはもどれぬ身だからな。」龍王は后の申し出をゆる

したのでした。龍王はかつて后の癇癪(カンシャク)で手に火傷をしたこと

があるのです。また癇癪を起こされたら面倒だなと思ったのでしょう。

 そうなのです。稲妻の見送りというのは聞こえのいい言葉ですが、実は、

それはそれはおそろしいのです。后の稲妻は龍王の固い鱗もこがす熱なのです。

その稲妻をまともにあびたらひとたまりもありません。何しろ三万度もある

熱線です。小さな龍など黒こげになってしまうでしょう。そして体がバラバ

ラになってしまうかも知れません。それを龍王は知っていました。知っては

いましたが、すばしっこい子龍なら何とかかわして、にげおうせるだろうと

も思ったのでした。

 龍王は后が光の矢の準備が整わないうちにと、すぐさま子龍を下界につい

ほうしました。子龍はいきおいよく天界を飛び立ち、印旛沼に向かって泳ぎ

出しました。

 すこし遅れて后は赤龍に変身し光の矢を投げつけました。矢はギラギラひ

かり、空気を引き裂いてバリバリバリッと音を立て、子龍に襲いかかりました。

幾筋にも分かれた光は、天を真昼のように照らし出しました。

 稲妻は後ろから後から、ギラギラ ビカビカと光りながら何百となく飛ん

できます。でも子龍はもともとすばしっこい龍です。襲いかかってくる稲妻

を器用によけ、右に左に、ちょうど村の子供達とした鬼ごっこでもしている

かのように、逃げ回りました。それは一見遊んでいるようも見えました。

 あつぼったい雲が地上をおおいかくしていました。子龍はいきおいよく黒

雲の中をつき進みました。また何十本もの稲妻が追いかけてきました。

 子龍はどうやら無事に黒雲の下に出ました。そこはどしゃぶりの雨でした。

雨の中で村人達は喜びおどっていました。

 村人の何人かが稲光に気づき空を見上げ、黒い雲のすき間から泳ぎ出た子

龍の姿を見つけました。

「あっ、あの小さな龍が雨をふらせてくれたんだ」名主さんの声でした。

すると村役さんが指さす方を村人たちはいっせいに見上げ、青白く時折赤く

光りながら飛ぶ小さな龍の姿に見とれました。絶え間なくあびせられる稲妻

は黒雲を下から照らし、不気味な姿を見せつけました。

「稲妻なんかに負けるな。はやくここまでおりてこい」

「そうだそうだ。稲光なんかふりはらえ。」村人達は口々に子龍を応援(オ

ウエン)しました。

 いったい何百本の稲妻がなげつけられたでしょう。天界からながめていた

后は、あまりにも見事に稲妻をすりぬける子龍が、だんだんにくらしくなり

ました。

「あの子はこの私をばかにしているんだわ。それなら見ているがいいさ」

ごうをにやした后は、大きく息を吸い込むと体を十倍ほどに膨らませ、残っ

た千本の矢を一つに束ねると、ごうごうと音を立てて炎を上げるそのシッポで、

力いっぱい子龍に投げつけたのでした。

 千の火の矢は、一万年の大木を思わせる大きな稲妻となり、天を引きさく

ような大音きょうと共に、子龍に襲いかったのです。

 さんざん逃げまどい、つかれ切っていたうえに、千本分の矢ですからたま

りません。黒雲をつらぬいてきたその矢を、子龍はよけることができません

でした。頭の先からしっぽの先まで稲光をあび、子龍の体は一しゅん真っ赤

な光を放ったかと思うと、むざんにもちぎれ飛んでしまったのです。

 見上げていた村人達は息をのみました。

「だいじょうぶだよな。少しやけどをするくらいだよな」

「いや、おらは、龍の体が三つになるのを見ただ」

「おらも見た。何てむげえことをするんだ」

「それでも龍の子だ、まだ生きているかも知れねえ」

 再びくらやみがおそってきました。

 もう雨をよろんでばかりいられなくなりました。村人はどこに落ちたか分

からない子龍を心配しながら、沼をはなれてゆきました。

 次の日もその次の日も雨はふり、三日三晩ふりつづけたのです。印旛沼は

満々と水をたたえ、田畑はうるおい、どこのため池にもたっぷり水がたまり

ました。

 四日目になり、ようやく青空が見えだしました。青空を見上げながらキイ

ねえちゃんのおっとうが言いました。

「これで、キイを奉公に出さねえでも良くなった」すると、キイは水のた

まったぬかるむ庭に、はだしで飛び出しました。

「おら、タッチンを・・・、子龍をさがしてくるだ。」その言葉を聞いてお

とうは、

「そうだった。何よりあの小さな龍を探して、礼を言わにゃあ」

そう言っておとうも飛び出しました。

 沼に来てみると、上人様を中心に村人たちが何人も集まっておりました。

「それじゃ、これから四方に分かれて子龍を探そう。もしけがをしていたら

すぐわしの寺の本堂に運ぶのだ」

「本堂には医者どんをよんでおいてくだせえや」

「そうだな。わしは寺に帰って本堂の前を清めておく。ではみんなよろしく

たのむ」

 上人様のさしずで村人たちは、子龍をさがしにちって行きました。

 上人様は寺に帰ると本堂の前をはき清めました。枯れ葉や雨に流されて来

たゴミをかたづけているときでした。枯れ枝だと思って持ち上げたそれは、

なんと子龍の角だったのです。角の先には子龍の首がついていました。上人

様はその首を抱きしめてなきくずれました。上人様の様子に気づき小僧さん

達がかけよりました。

 上人様は、先祖代々寺に伝わるきちょうな唐櫃(カラビツ)を小僧さん達

に用意させ、子龍の首をその中におさめました。唐櫃は本堂前のおはかに、

ていねいにまいそうされたのでした。

 二日後になって、安食村(アジキムラ)にほど近い本埜村(モノトムラ)

(現印西市)にある地蔵堂(ジゾウドウ)の前に、龍のお腹が落ちているの

が見つかりました。なきがらは地蔵堂に納められました。

 さらに十日ほど後のこと、安食村から十里(四十キロメートル)ほどはな

れた匝瑳(ソウサ)村の大寺(オオデラ)(現匝瑳市大寺)という地に、龍

の尾が落ちているのが見つかったのです。

発見された子龍のなきがらは、それぞれ見つかった地にていねいにほうむ

られたのでした。

 そののち、角が落ちていた安食村の龍閣寺は『龍角寺』と文字をあらため、

いつまでも子龍への感謝の気持ちを、伝えることにしたのでした。

お腹の落ちていた本埜村の地蔵堂近くには新しくお寺が建てられ、このお

寺は『龍腹寺』(リュウフクジ)とよばれるようになりました。

 また尾の落ちていた匝瑳村の大寺の地に建てられた寺は『龍尾寺』(リュ

ウビジ)と呼ばれるようになり、いつまでもあの子龍への感謝(カンシャ)

の気持ちを伝えつぐことになったのでした。

この三つの寺は伝説と共に、それぞれの地で今も守り続けられているのです。
                              


                                 完

童話  小さな龍の物語

2017-05-27 22:00:52 | 童話







                
           





      その昔、千葉県の北部は下総国(しもうさのくに)と呼ばれており、そこに

     は印旛沼(いんばぬま)という大きな沼がありました。この沼は、今では昔の

     三分の一ほどにうめ立てられましたが、昔をしのぶに十分な景観(けいかん)

     を今も残しています。

      この印旛沼に伝わる千三百年ほど昔のお話です。



      昔下総国の印旛沼に一匹の小さな龍、子龍(こりゅう)がすんでいたそう

     です。夜は沼の底でねむり、昼は人間の子供が楽しそうに遊ぶようすを、

     浮き草の間からのぞきながら、天の世界に帰れる日を首を長くしてまっていた

     ということです。

      この子龍は、もともと天界(てんかい)にすんでいたのですが、いたずら

     ばかりするために龍王(りゅうおう)の怒りをかい、こらしめのために下界

     におとされてしまったのです。そしてこの印旛沼でくらすようになったので

     した。

      どんないたずらをしたかともうしますと、綿雲をトランポリン代わりにして

     ぼろぼろにちぎってしまったり、草の汁(しる)をしぼって緑色のうろこ雲に

     したこともあります。龍の化身(けしん)と言われる虹(にじ)にいろいろ

     な木の実をこすりつけてよごしたこともありました。

      一番ひどいいたずらは、雨の元になる天の貯水池(ちょすいち)でかわれて

     いる白鳥の顔にヒゲをかいたり、体を炭で真っ黒にそめて黒鳥にしたり、

     ある時は紅花でフラミンゴのように赤くそめてしまったこともあったのです。

      白鳥へのいたずらに一番おこったのは、龍王の三番目の后(きさき)でした。

     后は稲妻(いなづま)をあやつる気性(きしょう)のはげしい方ですが、なぜ

     か白鳥をとてもかわいがっていたのです。この后のごきげんに、いつも気をも

     んでいた龍王は、ヒゲをかかれた白鳥の顔がおかしくてたまりませんでしたが、

     后の手前(てまえ)笑いをこらえ、門番(もんばん)の鬼たちを龍の姿になっ

     て大声でどなりました。

     「どんな見張(みは)りをしておった。まさか、また、酒をのんでいたわけで

     はあるまいな。いたずら者をすぐにとらえてこい」龍王は鋭(するど)い牙

     (きば)を見せ、青いウロコがぎらぎら光らせました。青鬼と赤鬼は龍王の

     剣幕(けんまく)に体中を真っ白にして震(ふる)えました。龍王は普段は

     地獄(じごく)の鍾馗様(しょうきさま)に似(に)た服装(ふくそう)で

     すが、怒ると巨大(きょだい)な龍になるのです。后もそうです。普段は宮廷

     (きゅうてい)の女王のようなきらぎやかな服装ですが、稲妻(いなづま)を

     おこし雷(かみなり)を落とすときは真っ赤な龍になるのです。鬼達は震え

     ながらいたずら者をさがしました。

      すると柳(やなぎ)の木の下にうずくまって、ごそごそいたずらをしている

     子龍を見つけたのでした。子龍は白鳥のひなに、野ブドウの紫色(むらさきいろ)

     のしぼりじるをぬろうとしているところでした。

     「お前だな。大事な白鳥にいたずらをするやつは。こっちにこい」

      こうして龍王の前につき出され、重いおしおきを受けることになったので

     す。

     そのお仕置(しお)きというのが、印旛沼のほとりについほうされるという

     罰(ばつ)だったのでした。

      子龍が印旛沼に来たばかりの時は、あまりのさびしさに泣(な)いている

     ばかりでしたが、やがて人間の子供にすがたを変える術(じゅつ)をおぼえ、

     村の子供たちといっしょに遊(あそ)ぶようになりました。子龍は子供たち

     から『タッチン』と呼(よ)ばれ、たのしい毎日がおくれるようになってい

     ました。 

      印旛沼においやられて二年目の春のことです。子龍は天界にいる時のよう

     に、またいたずらをするようになりました。

      ある時は村の子供達をひきつれ、馬の尻尾(しっぽ)を木にむすびつけて

     動けなくしたり、牛の角にカボチャをつきさして、「牛が兜(かぶと)をか

     ぶったぞ」とはやしたてたりしたのです。村人たちにとって牛や馬はとても

     大切な動物です。その大事な動物に悪(わる)さをするのですから、怒(お

     こ)っていたずらぼうずたちをおいかけます。ですが、すばしっこい子龍は

     草むらににげこんだり、わら屋根の上にかけあがったりし、どうしてもつか

     まりません。

      でも、いたずらばかりではありませんでした。時にはしずかにのんびりと

     つりをし、印旛沼にすむウナギやフナ、ナマズやコイなどをたくさんとって

     は、それを村人にわけたりしました。とくに、沼の底からほりだした真っ黒

     なカラスガイはコリッとした歯ごたえで、村人たちによろこばれたものでし

     た。

      やがて村人たちは、いたずらのせんとうに立っている子龍はどこの子だろ

     うとうわさを始(はじ)めました。着ているものは、わか草色の地に紫色の

     ふちどりをしたカタビラのような着物で、少しよごれてはいましたが銀色の

     短い袴(はかま)をはき、とてもまずしい村の子供とは思えませんでした。

     「タッチン」とかと呼ばれているあのわらし、京から来られた、えらいお

     役人(やくにん)の子だろうかのう」

     「新しい役人が来たという話は、聞いてねえが」

     「お役人様の子にしては、ちとばかり、いたずらがすぎやしねえか」

     「そうだなあ。まさか筑波山(つくばさん)にいるとかいう山賊(さんぞく)

     の子じゃあるめえな」

     「いんや、そんなわるそうな顔つきじゃねえ。ウナギをつかまえて、おら達

     にわけてくれたりなんぞと、やさしいところもあるだ」

     村人はあれこれ、うわさをしあいました。

     「あのわらしの家はどこいらだろうか。」

     「夕方になると、印旛沼の方さ帰って行くってこったよ」

     「印旛沼?印旛沼で思い出したが、こまったもんだなあ」

     「なにがだや」

     「なにがじゃねえ。もう五か月も雨がふらねえだろうよ。だから沼の水がほ

     とんどなくなっちまったじゃねえか」

     「そのことか。ほんになあ、ほんにまったくこまったこった」

      そうなのです。その年、この下総(しもうさ)の国いったいにはほとんど

     雨がふらず、田んぼも畑(はたけ)もからからで、ため池としてたよりにし

     ていた印旛沼の水までもがほとんどなくなっていたのでした。

      そんなある日のことでした。子龍が子供達と遊びつかれて、家路(いえじ)

     についた夕方のこと。一番年下の子の家まで来た時、その子がさけびました。

     「あっ、うちの小屋から火が出てっぞ。けさんけりゃ」

     そう言ってかけ出しました。子供達もいっせいにかけ出しました。そして井

     戸につるべを落とし、水をくもうとしました。ですが井戸には、いってきの

     水もなくしめった土があるだけでした。

     「そいじゃ、うらにあるため池からくんでくるべえ」年かさの男の子がいい

     ました。子供達は手に手におけやひしゃくを持ち、池まで走りました。とこ

     ろが池にも、いってきの水はありませんでした。水不足は子供達が気づかな

     いうちに、しんこくなじょうたいになっていたのです。

      小さなほのおだった火は、やがて大きくもえ上がり、屋根までとどきそう

     になっていました。このままではたいへんです。母屋(おもや)のワラ屋根

     にいつ飛び火してもおかしくないじょうたいです。 と、その時です。突然(と

     つぜん)稲光(いなびかり)のような光があたりを包(つつ)んだかと思うと濃

     (こ)い霧(きり)が立ちこめ、タッチンがゆらゆらと揺(ゆ)れだしたの

     です。

     「あっ、タッチンが。」だれかが大声を上げました。何事が起(お)こったか

     と、ふしぎそうに見守(みまも)る子供たちの前で、タッチンはふわりと浮

     (う)き上がり、両手を広げた瞬間(しゅんかん)くるりと宙返(ちゅうがえ)

     りしたかと思うと、いっぴきの小さな龍に変身(へんしん)したのです。小さ

     いと言っても、天をおおうような大人の龍に比べれば小さいだけで、頭から尾

     (お)の先までは一間(二メートル弱)ほどありました。

      龍になったタッチンは、先のちょっととがった球(たま)を口からはき出し

     ました。

     その玉はお寺の薬師様(やくしさま)の手にある宝珠(ほうじゅ)に似(に)
  
     ていました。球には虹(にじ)をまきつけたような模様(もよう)があります。

     子龍がその模様の青い部分をこすりますと、球の先から水があふれ出し、水

     はみるみるうちに噴水(ふんすい)のように吹(ふ)き出し、たちどころに

     小屋の火を消したのでした。

      火が消えたことに子供たちはほっとしたものの、いつの間にかあらわれた

     龍のほうが、もっとおどろいたのでした。だれも口がきけないまま二、三歩

     あとずさりし、目の前に天を仰(あお)いで静(しず)かに立っている子龍

     を見つめました。

     子龍は火が消えたのをたしかめると、くるりと宙返りしつむじ風をおこしま

     した。子供達が砂(すな)ボコリに顔をおおいますと、渦巻(うずま)く砂

     の中に人間の子供になった子龍が立っていたのです。

      このことで遊び仲間(なかま)の子供たちには、自分が龍であることを知

     られてしまいました。なんと言いわけをすればよいのか分かりません。この

     場からにげだそうかとも思いました。でも子龍の足はすくんでしまい動けま

     せん。どうして良いか分からないまま、とうとう泣(な)き出してしまった

     のでした。

      すると一ばん年かさの女の子で、みんなからキイねえちゃんとよばれてい

     る子がいいました。

     「タッチン。あんた、龍の子供だったんだね。だけど、泣くことないよ。今

     までいっしょに遊んでくれたじゃないの。今だって火を消してくれたし。だ

     れもこわがったりしないよ。いじめたりだってしやしない。なあみんな、そ

     うだな。また明日いっしょにあそぼうな」そういって子龍の肩をやさしくだ

     いてくれたのです。子龍の胸(むね)はうれしさのあまり、ぷるぷるとふる

     えました。

      そのようすを見ていた男の子がいいました。

     「オラ、初めて龍を見た。でもオレ何にもこわくなんかねえ。もっとおっか

     ねえ物だと思ってただ。それよりか何だかかっこいい。このまま、ともだち

     でいべえな。」

     「そうだよ。また明日あそぶべな」

     遠巻(とうまき)にしていた子供達は少しずつ子龍のそばに近よってきま

     した。途中(とちゅう)までに逃(に)げかけていた子も立ち止まり、おそ

     るおそるみんなのいる輪(わ)の中にもどると、後ろの方から人の肩越

     (かたご)しに子龍をのぞきました。子龍はうれしさのあまり、こんどはう

     れしなみだがあふれてきました。キイねえちゃんはそっと背中(せなか)を

     さすってくれました。そしてしずかにこう聞くのでした。

     「さっきふしぎな球から水を出したよね。あの球はいくらでも水が出せるん

     かい」すると子龍は答えました。

     「あの水は沼の水を入れておいただけだから、またくんでおかなくちゃいけ

     ないんだ」

     「そうなのか。水おけみたいなものなんだね。水を作り出すまほうの球じゃ

     なかったんだ。」キイねえちゃんは少し残念(ざんねん)そうな顔をしました。

      火事さわぎを聞きつけ村の大人たちが集まってきました。

     「またサクヘイじいさんのたばこの火だっぺ。本当にしょうがねえなあ。で

     もよくもまあ、大事にならねかったもんだ」

     「それにしてもこの水、子供らはどこからくんできただべか?」不思議そう

     に子供達に聞きました。子供たちはいっしゅん子龍に目をむけました。でも

     小さな龍の口から出て来た不思議な球のことは黙っていました。むろんタッ

     チンが龍の子供であることも言いません。それどころか大人達といっしょに

     不思議そうな顔をして首をかしげあうのでした。

      それからというもの、子龍は子供たちの前にすがたをあらわさなくなりま

     した。きっと、きまりがわるく思えたのでしょう。村の子供達は、また元の

     ようにタッチンと遊びたいと思いました。でも、雨がふらないことが村の生

     活をますます苦しくし、子供たちものんきに遊んでいられなくなっていった

     のでした。

    
     (つづく)