「ヨシロウ童話」

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

ヨシロウ童話「おばけからの贈り物(おくりもの)」

2019-01-31 21:14:53 | 童話


                        



  



                
「クリスマスだっていうのに、おいらの所にはサンタはこな

い」一つ目小僧(こぞう)がいった。

「俺(おれ)もプレゼントなんかもらったことないや」

一本足の唐傘(からかさ)小僧(こぞう)がさびしそうにいった。

「あたいもよ。でも平気だよね」

おかっぱ頭の座敷童(ざしきわらし)が、しょんぼりしている雪ん子に

目配(めくば)せしていった。雪ん子は雪女の一人娘だ。

「今日は寒いや。雪ん子は平気でしょうけど」

誰かが言うと、髪(かみ)もまつ毛も真っ白な美少女おばけの雪ん

子は青い目を光らせながら、

「心、こごえてるの」悲(かな)しげにいった。

「どうしてこごえてるのさ。何かあったの?」

一つ目が聞くと、雪ん子はぽろっと涙(なみだ)を流(なが)

した。涙はこおり、水晶(すいしょう)の玉になって転がった。

「まあきれい。ネックレスにしてあげるね」

座敷童が涙を拾い上げると、水晶玉はくっつきあって一つにな

り、それは立ちまち崩(くず)れ、粉雪のようになって風と一

緒に飛びちった。

「人の悲しみを拾ったりするもんじゃない。なぐさめているつ

もりだろうが、こぼれた涙はそっと見ているしかないんだ」

いつのまにか現れた煙(けむり)のおばけのエンエンラが言っ

た。

「ねえ、皆であの家に入って遊ぼうよ」唐傘小僧が指さした先

には大きな家があった。家の中には天井に届(とど)きそうな

立派(りっぱ)なクリスマスツリーが飾(かざ)られていた。

座敷童がいった。

「誰もいないからおいでって。ツリーの小さな光がピカンピカ

ン手招(てまね)きしてるよ」

「ママさんは子供達を寝(ね)かせに行ったのかな。パパさん

は隣(となり)の部屋で書き物してるみたい」

一つ目が目玉をぱちくりさせながらいった。

「雪ん子もあの家に行けば元気になるよきっと」

座敷童が雪ん子の手を引いてふわりと浮(う)き上がると、窓

の隙間(すきま)めがけて飛んで行った。一つ目も唐傘もエンエン

ラも、皆同じように窓の隙間(すきま)から部屋の中に入った。

「広い部屋だけどツリーの他には何もないね。ここのママさん

は飾り物が嫌(きら)いなのかもね」

「隠(かく)れる飾りがないから見つかっちゃうよ」

「だいじょうぶ。普段(ふだん)おれ達は人間の眼には見えな

いのさ。体を小さくしてツリーの中でかくれんぼしようか」

エンエンラがいうと皆は一寸法師(いっすうぼうし)ほどの大

きさになり、ツリーの枝に隠(かく)れだした。その時だった。

男の子と女の子が部屋に入って来た。男の子は何やら写真立て

のような物をかかえている。そこへパパさんが入って来ると優

しい声でいった。

「どうしたの、まだ寝(ね)なかったのかい」

すると女の子は寂(さび)しそうに小さな声でいった。

「ママの写真を飾(かざ)るのを忘(わす)れてたの」

「そうだったね。今年からママは天国からこのツリーを見るん

だったね」

この子達のママは今年の夏、病気で亡(な)くなっていたのだ

った。それを知った雪ん子は、わっと声を出して泣きだした。

座敷童もつられて泣き出した。

「声を出したら見つかるよ」一つ目が言うと、

「声は聞こえないが、寂(さび)しさは伝わる」

そういったエンエンラの眼も涙でうるんでいた。

「天国のママお休みなさい。パパお休みなさい」

子供達はパパの足にちょっと抱(だ)きついてから、ふり返り

ふり返り寝室(しんしつ)に帰って行った。

 ツリーの枝(えだ)に腰(こし)かけたままおばけ達は黙(だ

ま)っていた。寂しいクリスマスを送るこの家で、自分達だけ

騒(さわ)いではいけない気がしたのだ。

「何かしてこの子達を喜(よろ)ばせてやりたいな」

「おいら達がサンタクロースになろうか」

「そうだね。サンタになって女の子にはお人形。男の子にはラ

ジコンの飛行機はどうかな」

「それよりか、美味(おい)しい七面鳥(しちめんちょう)のロース

トはどうだい。料理(りようり)下手(べた)のパパさんなら喜ぶよ」

「いや、愛(あい)する人を亡くした寂しさは、物では薄(う

す)まらないんだよ。それにおばけにしか出来ないことを考え

よう」

エンエンラがいった。

「じゃどうすればいいのさ。驚(おど)ろかすの。それともた

だ見てるだけなの。冷たすぎだよ」

その時窓に北風がふきつけ、ふり始めた雪が窓ガラスにあたっ

てチリチリと鳴った。見ると窓の外に誰(だれ)かが立ってい

た。冬将軍(ふゆしょうぐん)だった。

「あっ、冬将軍。私の母様(かあさま)を連れてった冬将軍だ。母様

をかえして」

雪ん子が叫(さけ)んだ。将軍が消えると母さんの雪女が現(あ

らわ)れていった。

「母さんは千年も生きたから冬の世界につれてっていただい

たの。でもお前が悲しい顔をしていると母さんは迷(まよ)っ

てしまう。楽しくくらしてくれていれば、それだけで母さんは

うれしいんだよ」

いいおえると白兎(しろうさぎ)に姿(すがた)を変え、暗(くら)

い空にかけ上がって行ったのだった。

「わかったわ母様。もう悲しがらないよ。楽しく暮(く)らす

ね」

雪ん子は明るい声でいった。

「そうだ、良いことを思いついた。今晩(こんばん)あの家族

(かぞく)の夢(ゆめ)の中にはいりこんで、あの子のママに 

ばけて、今と同じことをいってやろうよ」

「それならわしが天国に行きあの子のママさんを探(さが)し、

夢の中につれて来よう。本物(ほんもの)のママの声の方がい

いからね」

エンエンラはそういうと窓から出て黒雲をつきぬけて行った。

翌朝(よくあさ)子供達はうっすらつもった雪に喜び、雪で

兎(うさぎ)を作りツリーの下に飾った。朝食(ちょうしょく)

の時、誰も夢の話はしなかった。けれど、いつもよりずっと、

ずっと楽しそうな顔の三人だった



ヨシロウ童話

2018-08-07 17:42:54 | 童話


            高安義郎

     



閻魔堂(えんまどう)(その一)


 地獄(じごく)の一丁目にある閻魔堂の前に年よりの亡者(もうじゃ)がやってきた。

お堂の中に入ると、閻魔の審査(しんさ)を待つ亡者達(もうじゃたち)百人ほどが並(な

ら)んでいた。

「たくさん いますねえ。あなたはまだ若そうですが、どうしてこちらに?」年よりの亡

者は最後尾(さいこうび)の亡者に小声で言った。

「サンタクロースって屋根にのぼったら、足を滑(すべ)らせて落ちちゃってアッハハ」

そう言って笑った。その時大声がひびきわたった。

「誰だばか笑いをしている奴(やつ)は。今サンタがどうのとか言っていたお前、こっち

に来い」ひき立てられた若い亡者に閻魔は「ひかえ室で笑うふとどき者。お前の真似(ま

ね)たサンタなにがしとは何だ。泥棒(どろぼう)のことか」

「いえ、良い子に贈り物(おくりもの)をする人気者です。

仲間を驚(おど)ろかそうと、まねただけなんです」

「生半可(なまはんか)の知識で人真似(ひとまね)などするから失敗するのだ。お前の

様な奴(やつ)は針山(はりやま)が相当だな」

「どうかご勘弁(かんべん)を、もう人真似(ひとまね)しませんから」

「泥棒でないならなぜ屋根にのぼったのだ」

「サンタは煙突(えんとつ)から贈り物を投げ入れるからです。閻魔様はごぞんじなかっ

たのですか」

そういってクスッと笑った。すると閻魔は真っ赤な顔になり、側にいたに調べさせた。馬

頭は事務室にかけこみインターネットで調べると、昔貧しい人にほどこしをしたキリスト

教の主教セントニコラウスという人をモデルにしたのがサンタクロースで、赤いコスチュ

ームを着、トナカイのソリに乗って煙突(えんとつ)から贈り物を投げ入れることなどが

わかった。それを聞いて閻魔(えんま)はいった。

「キリスト教の地獄(じごく)は隣町(となりまち)にあるからよく知っているが、サン

タは知らなかった。そのサンタというのはわしよりも人気があるのか」

そう聞かれては困(こま)った。サンタを知らない人は世界中探してもほとんどいないが、

閻魔様は日本で多少知られている程度だ。黙(だま)っている様子(ようす)から人気の

差をさとった閻魔は自分もサンタクロースのように贈り物をし人気を集めたいと思いた

ち、獄卒達(ごくそつたち)にいった。

「ご牛ず頭とめ馬頭、お前達はすぐにトナカイとソリを用意しろ。トナカイは立派な雄(おす)

がいい。それから子供達が喜びそうな贈り物を袋に詰めこめ。それに赤い服(ふく)も調達

(ちょうたつ)してこい」

「あのう、クリスマスはもう、とっくに過ぎまして、間もなく正月ですが」がいうと、

「宗派(しゅうは)が違(ちが)うんだ、かまわん。わしは新年早々に配(くば)って、

新年をクリスマスではなく閻魔マスにして、サンタといえばエンマだといわせるようにし

てみせる。わくわくしてきたぞ」牛頭(ごず)と馬頭(めず)は閻魔の言いつけには逆(さ

か)らえない。

正月まであと二日しかない。牛頭は二日かかってトナカイを探(さが)し連れてきた。

「これがトナカイか。顔を四角ばらせた牛のようだな。それに角がないではないか」

「はい、雄のトナカイはより早く角が落ちてしまうようで。それから赤い服はかたつけら

れてしまいどこにも売っておりません」

「そうか。むしろ赤い服より黒服の方がいい。だがこのソリはなんだ。荷車(にぐるま)

ではないか」

どんなに気にいらなくとも、もう間に合わない。閻魔は角なしトナカイに荷車をひかせ、

ガラガラとやかましい音を立てながら地獄の門を出た。見送りに出た馬頭が言った。

「閻魔様、待たせてある百人の亡者達は年内に決着(けっちゃく)つけませんと・・・」

すると閻魔は、「ええい、かまわん、皆極楽(ごくらく)にやってしまえ」

そう言ったかと思うと鼻歌交じりで、地上をめざしトナカイを走らせたのだった。

 地上に出ると、まだ夜明け前だった。家々の前に飾(かざ)られた門松の脇(わき)に

贈り物をおいて回った。やがて子どもたちの喜ぶ声が聞こえ、わしを探すだろう。そう思

うと笑顔がこぼれた。

 やがて陽が昇(のぼ)り贈り物(おくりもの)を見た子供達は、

「お父さんからのお年玉だね。ありがとう」

とそんな声々が聞こえだしたのだ。

「いやそれは閻魔のわしが」と言ってはみたが、子どもたちに閻魔の声は聞こえない。そ

こで高い木の上から自分の姿(すがた)をのぞかせ、新しいサンタここにあり、といわん

ばかりにアピールした。するとそれを見つけた子供達は、

「凧(たこ)だ、凧が木にひっかかってる。取ろうぜ」

そう言って長い棒(ぼう)を持ち出した。たたき落とされては大変だ。閻魔は当てはずれ

のなりゆきにがっかりし地獄に帰って行ったのだった。

 地獄に戻(もど)ると何やら騒(さわが)しかった。

「何だこの騒ぎは」牛頭に聞くと、

「閻魔様のお言葉で皆極楽(ごくらく)行きになったことを喜びまして、ぜひお礼がいい

たいと、極楽行きの新幹線(しんかんせん)にも乗らず待っておるのです」

閻魔の姿を見つけた亡者たちはいっせいにかけよって来ていった。

「ありがとうございます。聞けばサンタを真似(まね)られたおかげとか。サンタ様に感

謝(かんしゃ)します」それを聞いた閻魔は、なぜ閻魔のわしよりサンタが感謝されるの

だ。そう思うと急に気分が悪(わる)くなり、こんな看板(かんばん)をはり出した。

「今後、人まねをした者は針山行きとする」

 それからの閻魔は、極楽(ごくらく)行きと針山(はりやま)行きだけしかいわなくな

ったということである。


せんたくものとインコ

2018-03-01 20:36:04 | 童話



   
                                          
高安義郎

                                               





 ベランダの物干し台には、今日もたくさんの洗濯物(せんたくもの)がほさている。

ワイシャツは陽にてらされながら少しずつ乾(かわ)きながら考えた。

「夕方パートから帰って来た母さんに、またあの熱いアイロンをおしつけられるんだ

ろうなあ。そしてまた汚し屋の次郎が着て、汗まみれになるんだ」

そんな事を呟(つぶや)きながら脇を見ると、ハンガーにぶら下がったハンカチが顔

をしかめているのが見えた。

「どうかしたの?。」ワイシャツが聞いた。

「また熱いアイロンを当てられるのかと思うと嫌(いや)なのよ」

自分と同じだと思うとワイシャツは急に元気が出、思いきっていってみた。

「それじゃ二人で旅にでようか」

それを聞いていた白いソックスがゆらゆら揺(ゆ)れ、

「旅に出るんならオイラもつれてってよ」

「よし、三人ででかけよう」

話はすぐにまとまった。少し強い風がふいた時、三人は勢(いきお)いよく物干し竿

(さお)から飛び降りた。

ワイシャツは嬉(うれ)しくて、阿波踊(あわおど)りのように両手をゆらし、ハン

カチは船出(ふなで)を見送るようにひるがえった。ところが靴下(くつした)は左右

が洗濯(せんたく)ばさみで止められており、思うように動けない。それでもせっかく

飛び出したのだからと、屋根の上を駆(か)け上がった。

 初めて見る空からの風景(ふうけい)は三人の心を弾(はず)ませた。そこへどこ

からかインコが飛んできた。

「見かけない奴等(やつら)だなあ。どこから来たんだい」インコが聞いた。

「そううあなただって鳥かごにいるはずなんじゃないの」ハンカチがいった。

「狭(せま)い鳥かごにあきあきしたから、すきを見て逃(に)げ出してもう三日だよ」

得意げだった。

「ねえきみ、すばらしい景色(けしき)の見える所を知らないか?」

ソックスがインコに聞いた。

「知ってるよ、ついておいで」インコが案内(あんない)したのは小高い里山の上だった。

そこからは町が一望(いちぼう)に見渡せ、真下に次郎が通う中学校が見えた。グランド

では少年達が汗だくになって野球(やきゅう)をするようすが見える。

「あんなふうに暴(あば)れるから俺(おれ)は真っ黒になるんだ」ソックスが呟いた。

グランドの隅(すみ)に目をやると、制服(せいふく)とワイシャツが丸められて脱(ぬ)

ぎ捨ててあるのが見える。

「あんなふうに丸めて放り出すからワイシャツがしわくちゃになるんだわ。だからアイ

ロンをかけられちゃうのよ」ワイシャツのぼやくのを聞いていたハンカチは、

「アタイの仲間(なかま)はどこにいるんだろ」

そう言って見渡すと、校舎脇(こうしゃわき)の手洗(てあら)いの台に丸められたハ

ンカチがあった。

「あんな所に放り投げてある。雑巾(ぞうきん)じゃないんだからね」

ハンカチは腹立(はらだち)そうに、

「ここはあんまりいい景色じゃないよ。もっといいところはないの?」声高(こえだか)

にいった。

次に案内された所は大きな会社のビルだった。窓からのぞくと次郎の父さんがネクタイ

をはずし、腕(うで)まくりをしたワイシャツで汗をふきながら目をつり上げ、製図板

(せいずばん)に細かい線を引いているのが見えた。腰にはハンカチが大きな煮干(にぼし)

のようにぶら下がっている。

「ここもあんまりいい景色じゃないわねえ」

ワイシャツがいった。

 次に案内されたのはスーパーマーケットだった。たくさんのお客さんの間を小まネズ

ミのように動き、品物を出し入れしている女の人がいる。次郎の母さんだ。母さんはハ

ンカチを首にまき、青いユニホームの下から白いシャツが見える。家ではあまりはかな

いスニーカーをはき、ちらりと見えるソックスはネギの袋(ふくろ)からこぼれた土で

汚(よご)れている。

「きみはろくな物を見せてくれないねえ。もっと気持ちが晴れ晴れするような景色を見

せてよ」ワイシャツがいうと、

「僕に毎日餌(えさ)を買ってきてくれる人達はみんなこうしてがんばっているんだ。

これこそ素晴(すば)らしい景色だと僕は思うんだけどねえ」インコが胸をふくらませ

ながらいった。

「じゃ何かい、あたし達は何もがんばっていないっていいたいの?」ハンカチが言葉あ

らげていうと、

「何もそんなことはいってないさ。考えてみれば毎日ご飯を食べさせてもらってる僕は、

何もしていないなあって思っただけさ」

「だからなんなのさ」

「僕お腹(なか)がすいたからやっぱり家に帰るよ。それじゃあね」インコは帰ってし

まった。

 取り残されたワイシャツとソックスとハンカチは顔を見合わせ、やがて、

「あたし達も帰ろうか」異口同音(いくどうおん)に呟(つぶ)いた。

「アイロン台の上で、びしっとなるのも、

考えてみるとだれかの応援(おうえん)をしているのかもね」ハンカチがいった。

 三人は夕方までに元の物干し台(ものほしだい)に帰ったのだった。

書評  葉裏に香る愛すべき味わい  ーリーフ・ノベル集「山桜」ー

2017-12-30 21:12:07 | 書評
1600字のリーフノベル集「山桜」の書評を詩人野村俊氏が書いてくださいました。
ここに公開いたします。

 


                                                

 高安義郎氏が今回出版された書籍「山桜」
は、氏が提唱する「リーフ・ノベル」という
短編小説集である。リーフ・ノベルは一編が
木の葉に書き付けられるほどの小さな小説で
ある。本書には七十数編のお話がある。
 私たちの日常は大半が無意識のまま流れて
いく。ところがある瞬間を突然意識させられ
ると気味悪く思うことがある。高安氏のリー
フ・ノベル集の前作「逢魔が時」ではそんな
不思議さが印象に残っている。「人って不思議
で面白いなあ」という印象だった。
 けれど、今回の書籍「山桜」では「人の不
思議さ」ではなく「愛すべき人として共感で
きる味わい」を感じた。それをこの本の表題
にもなっている「山桜」のお話をお借りして
述べてみたい。 
 主人公の八十半ばの宗一が臨終間近の床で
妻と話をしている。長年連れ添った夫婦らし
い遠慮のない会話が綴られる。宗一の自分勝
手な人生の感慨にどこか逆らっている妻の思
いが会話に映っている。長年苦労させられた
妻のちょっと拗ねた話しっぷりでわかる。
 宗一が伝えたい妻への感謝と妻の愚痴っぽ
い本音がちぐはぐな会話を生み出していく。
それなのに会話は途切れることがない。そし
て、不思議に心思いが行き違って見える会話
なのに、互いに気持ちが溶け合っていること
が伝わってくる。まさに長年連れ添った夫婦
の「情」の溶け合いである。その長い間紡が
れていた「情」は、最後に庭に植えた二本の
山桜の苗木と妻の独り言で証明される。
 この後に続くどのお話にも、日常の一コマ
の裏に「人の心模様」を味わえる。私はここ
で、ふとこう思った。日常の中に現れる実際
の姿をそのまま一枚の葉の表に描いて、その
葉の裏側に文字にはしなかったけれど「人間
らしい味」を感じさせるものを作者は潜ませ
たのかも知れないと。そして、読者にひらり
と葉をめくらせる仕掛けが、一捻りのように
描かれていると。例えば前述の「山桜」では
主人公亡き後、妻が庭の隅に山桜の苗を植え
るという部分は、まさに読者に「この一編の
リーフ・ノベルの葉裏を見てごらんなさい。」
と心を誘っている仕掛けのように思える。
 書籍「山桜」全編に香るテーマはこの葉裏
にふわりと込められた「愛すべき人間らしい
心模様の味わい」ではないかと思う。
 ここに集められたお話は実に多彩である。
その中の一つに「思い込み」の悲喜劇がある。
人生には思い違いや勘違いが誰にもあって、
それで小さな悲劇や喜劇を繰り返している。
その渦に巻き込まれた主人公の人間味が葉裏
にある。そこに共感を覚えるお話は実に楽し
い。また、描かれる物語に「寓意」を推理す
るのも楽しいし、社会の歪みに向ける鋭い眼
差しを見つけるのも痛快である。
 リーフ・ノベルには1600字という字数
の制限がある。この字数は主人公あるいは登
場人物に「どっかで会ったことのある人」の
ような親しみを描けるし、葉裏にあるものを
十分に感じてもらえる味付けも可能な字数の
ような気がする。この長さと高安氏の目論み
がマッチして、こんな素敵な短編小説たちを
生み出しているのだろう。
 実に味わい深くて楽しめるお話の宝庫であ
った。
(高安義郎著「山桜」・銀河書籍)

虹の羽衣 (にじのはごろも)

2017-12-05 20:32:13 | 童話
                
 


            



夏がすぎて、秋のちかづいたある日のこと、広い野原

と里山に、季節はずれの、とおり雨がふりました。夏の

あつさにつかれていた草も木も、この雨で生きかえった

ように元気になってゆきました。

 雨はほどなくしてやみ、空には七色の、羽衣を広げた

ような大きなにじ虹がかかりました。すると虹が歌いだしま

した。

とおり雨やんだ

 どなたにあげよ

 七色羽衣

 赤、橙(だいだい)黄 、緑

 青 藍色(あいいろ)、紫(むらさき)

ほらほら秋の

 虹の橋

 するとカエデがだれよりも早く、赤ちゃんの手のよう

なかわいい葉をひろげ、

「赤い羽衣くださいな」と言いました。

「赤ですね。はいどうぞ」

虹が返事をしますと、カエデはするすると赤い羽衣をひ

きよせて体にまきつけました。するとカエデは、まっか

にそまってゆきました。

 赤い羽衣がなくなって虹は、六色になりました。

 次に声をあげたのはカキの木でした。

橙色(だいだいいろ)の羽衣を見つめ、静かに指さし、

「ぼくの実は、この色にしたいんだけど」

すると虹は、

「はいどうぞ。橙色はカキの実ですね」

にっこりほほえみながら言いました。

 カキの木は、橙色の羽衣を少しずつちぎり、大きくふ

らんだ青い実を一つずつ、ていねいに、ていねいにつつ

みました。やがて木は橙色のおいしそうなカキの実で、

おかぐらのすずのようにかざられました。

 そんなわけで虹は五色になりました。

こんどはイチョウが、アヒルの足のような

かわいい葉っぱで、黄色の羽衣をさわりながら言いまし

た。

「あたいはこの色が、いいんだけど」

すると虹は、しずかに黄色の羽衣をはずし、イチョウの

木にかけました。イチョウはそれを、長いドレスを着る

ように、くるくる体にまきつけました。するとイチョウ

は、まぶしいほどの黄色に染まっていきました。

 虹は少しずつほそくなり、

 緑、青、藍色、紫の四色だけになりました。

 カエデはイチョウのおめかしを見て、

「わしはなに色が好きって、緑色ほど好きな色はない。

だから冬でも緑色でいられるようにしたいんだ」

マツの木が言いました。

 するとすかさずスギの木が、

「おいらも緑が大好きなんだぜ」

 マツとスギはにらみ合い、二人で緑色の羽衣の引っぱ

りっこをはじめたのです。

「よいしょ、これはわしのだ」

「とんでもない。こいつはおいらによくにあう。おいら

がもらう。えっさえっさ」

 なかなか勝負がつきません。すると虹が言いました。

「そんなにひっぱったら切れちゃいますよ。なかよくわ

けたらどうかしら」

 そこでマツとスギは、緑色の羽衣を二つにわけて、そ

れを体にまきました。

「これで冬でも、緑色でいられるぞ」

マツとスギはうれしそうに言いました。

 その時でした。野原のすみでリンドウが、

「ほんとはあたし、赤い色がほしかったなあ。でも一番

下の紫色も好き。あたし、紫色の羽衣をいただこうかし

ら」

 リンドウははずかしそうに言いながら、虹の一番下の

紫色をそっと手にして、葉っぱのつけねの花のつぼみを

つつんだのです。

 すると里山のリンドウはいっせいに、紫色の花になっ

てさきました。

 虹は、青と、藍色だけになりました。

 残った二つの色は、だれももらいにきませんでした。

 そこで虹は空いっぱいに、青の羽衣を引きのばし広げ

たのです。

 すると空はすきとおるような青にそまってゆきました。

 残された藍色はどうなったのでしょう。

 もともと藍色は、だれにも気づかれないほど、ほそい

ほそい羽衣なのです。

 ひろがった空の青といっしょになって、どこまでも、

ともにひろがっていったのですが、どこにいるのかわか

りません。まいごになったのでしょうか。

 いいえ、海に行ってみてください。空と海のさかいに

は、藍色が水平線となってどこまでも続づいているのに、

きっと気がつくことでしょう。

 どこからかまた歌が聞こえてきました。

かえでは真っ赤

 カキの実 橙(だいだい) 

 黄色はイチョウ

 マツ スギ 緑

 リンドウ 紫

 空とみぎわは

 青と藍色 

虹のきえた青い空は歌声とともに、いよいよすきとお

り、あたりは少しずつ、秋がふかまってゆくのでした。