ハンセン病問題を考えるネットワーク泉北

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近藤宏一さんが最後に演奏した「月の沙漠」

2010年09月30日 09時35分30秒 | 日記
1938年4月、小学校6年になったばかりの近藤宏一さん(園名)は長島愛生園に収容された。故郷恋しくて1人「望ケ丘」に登りハーモニカを吹いたが曲は「ふるさと」。父がそっとカバンに入れてくれていたハーモニカは大阪南部に住む者にとって馴染みの「高島屋」の包紙に包まれていた。そのハーモニカが近藤さんの生き方を決定づけていきます。
近藤さんのラストステージは2007年に西大寺市民会館で行われた「人権フオーラムin岡山」のフイナーレでした。山陽女子中とのコラボ。竹久夢二の出身地だと語りも入れて「宵待ち草」もありました。見事でした。
2009年10月5日未明に亡くなられたのですが近藤さんが最後に吹いた曲は「月の沙漠」でした。10月2日のフイナーレに皆さんと歌いたいと思います。
「砂漠」ではなく「沙漠」です。千葉県の房総半島御宿に「月の沙漠記念館」があり砂浜に銅像が立っています。遠い砂漠をイメージしてしまいますが・・・。この歌の味わいは深いものがあります。遠い「満州」に移民にいく人が多かった時代背景があるように思います。悲しい感じがしますが希望を求めていくイメージもあります。近藤さんは東京の知人に亡くなる直前、電話をかけて「お世話になったなあ」と何度もお礼を言い電話の向こうで「月の沙漠」をラスト演奏されたのでした。
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