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news commentary

不愉快な現実

2016-11-18 13:05:17 | Weblog

11月17日付『朝日新聞』朝刊のオピニオンのページ掲載の米大統領選挙の勝者ドナルド・トランプに関するポール・クルーグマンの論説(ニューヨーク・タイムズ紙から転載)と、エマニュエル・トッドの対談記事が面白かった。

米国人のクルーグマンは以下のように言う。

①トランプ政権は米国と世界に多大な損害を与えることになる。今回の大統領選の結果がもたらす悪影響は、今後何十年、ことによると何世代も続くだろう
②気候変動の行方が懸念される。とんでもない人たちが連邦最高裁判事になると見込まれ、各州政府は有権者をもっと抑圧できるような権力を持つだろう。最悪の場合、陰湿な人種差別が米国全土で標準となる可能性がある。
③市民の自由も心配しなければならない。ホワイトハウスはまもなく、明らかに権威主義的な衝動を持つ男に占有される。
④トランプの政策は、彼に投票した人々を救済することにはならないだろう。それどころか、支持者たちの暮らしは、かなり悪化すると思われる。
⑤米国はいまや強権者に支配される堕落した国へと転がり落ちている途上にあるのかもしれない。

一方、フランス人のエマニュエル・トッドは以下のように言う。

①ここ15年間、米国人の生活水準は下がり、白人の45歳から54歳の層の死亡率が上がった。白人は有権者の4分の3である。自由貿易と移民が不平等と停滞をもたらしたと白人は理解し、その二つを問題にする候補を選んだ。理にかなったふるまいをした。
②米国社会について真実を口にしていたのはトランプだった。「米国はうまくいっていない」「米国はもはや世界から尊敬されていない」と。
③トランプ選出で米国と世界は現実に立ち戻った。
④米国ではレーガン時代から不平等が急速に拡大した。米国政治の世界は、経済的な対立が前面に出るマルクス主義モデルに戻ったと言えるかもしれない。トランプが劣勢をひっくり返して支持を広げたのは、ラストベルト諸州であり、彼を選んだのは虐待されたプロレタリアともいえる。マルクスが生きていたら、結果に満足したかもしれない。


米大統領予備選挙でヒラリー・クリントンと民主党候補指名を激しく争った上院議員のバーニー・サンダースは民主社会主義者を自称し、以下の公約を明らかにした。

①公立大学の授業料をかつてのように無料化する。その費用はウォール街への課税でまかなう。
②米国の最低賃金を時給15ドルに引き上げる。
③TPPに反対する。TPPで得をするのはウォール街であって労働者ではない。企業は従業員の賃金を下げやすくなる。食品安全に懸念が生じる。特許期間の延長で薬価も上がる。ISDS条項は、米国の主権に脅威になる。
④老朽化が進んだ米国の社会的インフラストラクチャ―再生のための投資を積極的に行う。
⑤中絶の権利を擁護する。

サンダースはトランプと同じ様な激しい口調で、だが、理知と論理に裏付けされた公約を語った。自由貿易で安い労働力を途上国に求め、米国人から労働の機会を奪ったのはウォール街であることを説いた。だが、サンダースはクリントンに敗北、クリントンはトランプに敗北した。

「米国政治の世界は、経済的な対立が前面に出るマルクス主義モデルに戻ったと言えるかもしれない」とトッドは説明するのであるが、そうだとするなら、ラストベルト諸州の虐待されたプロレタリアートは、なぜ、理屈を説くサンダースでなく、咆哮するだけのトランプを選択したのだろうか?

米国で大統領予備選挙が始まった今年2月、このコラムで「アメリカ合衆国大統領予備選挙が始まった。この時期になると、1冊の本を開いて拾い読みすることが多い。Richard Hofstadter, Anti-Intellectualism In American Life, New York Knopf, 1963 (日本語版は、リチャード・ホーフスタッター、田村哲夫訳『アメリカの反知性主義』みすず書房、2003年)である」と書いた。あの時、さすがにトランプが最終勝利者になるとは予想していなかった。アメリカの反知性主義の根深さを甘く見ていたのである。

(2016.11.18 花崎泰雄)




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