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小粒になった朝日新聞の素粒子

2018-05-20 01:11:22 | Weblog

朝日新聞夕刊1面学下の「素粒子」の筆者が交代したらしく、このところ筆先がなまっている。読んでいてちっとも面白くない。「素粒子」は一読、ヒッ、ヒッ、ヒッヒと乾いた笑いを誘うのが売りだった。

それがいまではオピニオンのページの「かたえくぼ」や「川柳」のアマチュア・レベルの風刺技術しか見られない。素粒子が「かたえくぼ」「川柳」に負けていることもある。

たとえば5月19日夕刊の「素粒子」はこんな風だった。

                      

 説明し過ぎてかったるい。

 

一方で、同じ19日の朝刊「かたえくぼ」はシャープで笑えた。

                     

  

 

素粒子のようにいまさら麻生氏のパフォーマンスをあげつらっても笑いはよべない。麻生氏は政治家としての見識がこれといってない人だ。一時期、この国の首相を務めたこともあるが、「麻生政治」とラベルを張れるような政治理念や政策展開はこれといって見られなかった。記憶に残っているのは、麻生氏は漢字を読むことが苦手であるという些末な事だけである。財務大臣として海外の重要会議に出席するが、その会議で際立った発言をしたという記事は新聞で読んだ記憶がない。記憶に残っているのは、例の似合わない帽子姿だけである。日本の新聞ですらそうなのだから、海外のメディアではニュースになることが稀である。

麻生氏の語りから失言と暴言を引き去ると、たいしたものは残らない。麻生氏に限らず、自民党の議員の中には、支持者の集り、業界団体でのスピーチ、派閥の会合で、政論はさておき、くすぐりとしてリスキーな発言をしてサービスに努めるものがいる。

5月19日の朝日新聞朝刊「朝日川柳」に「麻生節などとおだてりゃ木に登る」(真庭誠)と副総理・財務大臣を「猿」が「豚」扱いする句があった。その程度の麻生太郎氏が永田町でとぐろをまいて居られるのは、その家系ゆえである。

失言・暴言・放言居士の麻生太郎氏の父の顔は新聞で見たことがある。麻生多賀吉氏。祖父の顔はよく覚えている。吉田茂氏。麻生多賀吉氏は吉田茂氏の娘と結婚し、吉田首相の金庫番を務め、国会議員もやった。木登りをするとからかわれた麻生太郎氏は、経済資本と文化資本を合わせた揺るぎない政治資本を受け継いでいる。いずれ勲1等をもらうことになるのだろう。

 

(2018.5.20  花崎泰雄)

 

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