はんどろやノート

ラクガキでもしますか。

終盤探検隊 part1 甲斐-山田戦

2014年11月15日 | しょうぎ
△5六角(80手目)以下の指し手
▲5三桂不成 △3八角成 ▲同玉 △4七金 ▲2八玉 △3八飛
▲1七玉 △2八銀 ▲2六玉 △3七銀不成 ▲3五玉 △4六銀不成 ▲4五玉


 図は、今月の5日に行われた対局、本年度の倉敷藤花戦三番勝負第1局「甲斐智美-山田久美戦」、その80手目の局面。
 この将棋はここから「終盤」に突入していく。

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 この「終盤」を“探検調査”した結果をこれからレポートしたいと思う。


甲斐-山田戦27手図
 序盤はこんな感じ。「先手三間飛車vs中飛車左穴熊」というここ数年に注目されている戦型である。
 いま、先手の甲斐智美さん(倉敷藤花)が8六飛として、後手の挑戦者山田久美さんが「7二金」と応じたところ。
 甲斐さんはここが仕掛けのチャンスと見て、5六歩。


 自分はこの戦型を指した経験が少ないので感覚的にはよく判らないが、杉本昌隆『中飛車左穴熊』を読んで理論的には少し知っている。この本は面白かった。この戦法の“新しさ”に、「おお、そうだったのか!」と感心することが多かった。
 山田久美女流プロのこの「中飛車左穴熊」では採用されていないが、右銀を動かさず7一のままで穴熊に囲うという戦術がある。

参考図1
 こんな感じ。この意味は何かというと、8六飛に、“7二銀”と応じるという意味。右の金は7二に上がらず、穴熊の守備に就かせたいということだ。
 まず、ここが“新しい”。

参考図2
 そして、振り飛車が5八金左としたのを見て、今度は後手の中飛車側が、8四飛。これだと先手は7八金とはできない。振り飛車の美濃囲いでの7八金型はバランスが良いのでまったくそれで不満はないが、だから後手は5八に金を上がったのを見て、それから8四飛なのだ。
 対して先手は8六歩だが、そこで後手は5四飛と元の位置に飛車を戻す。
 何の意味があったのか。
 ここがまったく“新しい感覚”なのである。従来の感覚からすれば8六歩と突いて、次に8五歩の形になれば振り飛車がうれしい感じがする。ところがどうも、この戦型、「8七歩型」よりも、「8五歩型」のほうが後手中飛車側にとって、都合がよいとわかってきたのだ。だから後手は8四とまわって、8六歩~8五歩をわざわざ突かせるのである。
 そのくわしい理屈はここでは書かないが(知りたい方は杉本本をお読みください)、これは筆者にとっては、読まなければずっと知らなかったであろう“新しい知識”だった。

 つい最近の対局11月12日の順位戦(B2)で「佐々木慎-野月浩貴戦」がこのような将棋になっている。(先手の佐々木六段が中飛車左穴熊)


 さて、「甲斐-山田戦」だが、「8六飛、7二金」に、「5六歩」とここから甲斐さんが開戦した。ここからは「中盤戦」だ。
 7二金と金をこちらに上がらせて金銀を分散させ、それから5六歩と、中央で決戦しようというこの感覚は、たしかに理にかなっている。

甲斐-山田戦45手図
 進んで、こんなふうになった。この5二の飛車は、いま甲斐さんが5二歩、同飛と、「一歩」を使ってつくったもの。
 次に後手から5六歩や6七銀という攻めがあるので、6一銀、と甲斐さんは攻めたわけだが、この「5二歩、同飛、6一銀」の攻め(こういう銀打ちを「割打ち」という)は、歩切れになるし、あの“7二金”を相手にしたわけで、それを考えるとこれでは面白くない気がする。(本譜の進行が悪かったというわけではない。)
 そこで、5二歩と叩くところで、「▲4五銀はどうか」と考えてみた。

変化4五銀図1
 これだ。あの“7二金”を相手にせず、3四銀から敵玉に迫っていくねらいだ。
 以下、6七銀、3四銀、5八銀不成、同金左、7八飛、7七角、7九飛成、5二歩、同飛、4三銀成が考えられる進行。

変化4五銀図2
 さらに続けると、5一飛、5二歩、同金、4四歩、4二歩、3三成銀、同銀、3二銀、2二銀打、5五角。

変化4五銀図3
 先手の攻めは細いが、この図で8九竜なら、4五桂、3四銀、5三歩で、これは先手の攻めがつながっているようだ。図で6二金左なら、8八角打。 よくわからないが、もしかすると先手が良いかもしれない。(実際には盤上には現れなかったこの「4五銀」も、本対局の終了後の感想戦で出たようだ。4五銀に5六歩が検討されている。)

 ただしこの辺りは、他に選択肢がたくさんあって、「どう指しても一局」という感じ。
 
 だからこそ、プロはこの辺りの中盤に持ち時間の多くをつぎ込んで考える。ここで読み勝ってリードするつもりだ。
 ところが、持ち時間などほとんどないと言ってよいアマの将棋では、「どう指しても一局」なら、考えるだけ時間がもったいない。この辺りは勘で指しとばし、5分、10分の時間を終盤に残しておくほうが正しい選択だ。(筆者は考えるのが好きなので中盤でついつい考えてしまい、終盤はだいたい秒読み状態。わるいクセとわかってはいるが…。)


甲斐-山田戦61手図
△5一飛 ▲同龍 △同角 ▲6一飛 △3二銀 ▲5三歩 △同銀 ▲8一飛成 △6八歩
 甲斐さんは、5七に「と金」を作らせるその代償として、6一に飛車を成りこんだ。リスクの高い攻めで、だからすでにこの辺りで甲斐さんは2時間の持ち時間のそのほとんどをもう消費してしまっていた。
 山田、5一飛。以下、同竜、同角、に6一飛。山田さんは3二銀と受け、甲斐さんは8一飛成で「桂得」。
 このあたりはどうやら「互角」の闘い。

甲斐-山田戦70手図
▲4六桂 △3三角 ▲3四桂 △7七角成 ▲同桂 △6九歩成 ▲6五桂 △5九と ▲同金 △5六角
 ここで4六桂と先手番の甲斐さんは打った。次に3四桂と攻める意味だが、「激指」的には、どうやらここから形勢は後手山田女流優位に傾いていく。いったん7九金がよかったのかもしれない。6七飛なら、そこで4六桂と指せばよい。
 人間(プロ棋士)の評価は、このあたりは人によって形勢が違っている。そうすると「互角」と見るのが正しいだろう。
 甲斐女流はここではすでに「1分将棋」に突入している。


 本譜の順、先手の6五桂に、山田さんは5九ととと金を捨ててきた。
 その瞬間にこれを手抜きして2二桂成、同玉、5三桂成とする手がある。 それは以下、4九と、3一銀(これを同金は後手玉が詰む)、3三玉、4九銀、7八飛、5八歩のようになるが…(次の図)
 
5三桂成の変化図
 これは5八とで、後手良し。そこで3四銀、同玉、5六角という王手飛車の筋もあるが、飛車を取っても、4九とが先手玉への“詰めろ”になって、これは後手の勝ち将棋。

 5九とに手抜きできないと読んだ甲斐女流、5九同金と応じる。


甲斐-山田戦80手図
 そこで山田女流、ねらいの5六角。
 この手は3八角成が第一のねらいで、ここからこの将棋は「終盤戦」と言っていいだろう。いよいよ終盤探検隊(隊員は一名)の本格活動開始である。
 3八角成をおそれて、先手が4九金(打)のように受けたら、6五角で、これははっきり後手ペース。さらにもう一つ、5六角には3四角というねらいもある。

 3八角成が山田久美さんの読みの本線だっただろう。しかしその攻めは細い攻めだったので、局後の検討では、5六角と打つ手で、「4二銀」が正着だったとされた。山田さんは本局の将棋を、この「5六角から3八角成」の攻めに賭けて、そう指して敗れたのだから、後であれこれつついてもしかたのないことではある。
 だが、勝負師ならば、「5六角で勝っていたらよいのにな」というような、希望的な思いだけでいるわけにはいかない。だがしかし、ここで4二銀と自陣に手を戻す手を指すのは、5六角と指したい手を指すよりもエネルギーが必要かもしれない。

 山田女流もこの手を指して「1分将棋」に。

 (5六角としないで)4二銀の変化を検討しておこう。
 4二銀、2二桂成、同玉、6六角、4四角となって、次の図。
 
4二銀の変化図1
 なるほど、これは後手が良さそう。

 また、4二銀、2二桂成、同玉に、“5三銀”とした場合も見ておくと、以下、3三銀、4二歩、4六桂で、次の図。

4二銀の変化図2
 これも後手勝てそうだ。次に3八桂成、同玉、4七銀からの簡明な“詰み”がある。

 こんな感じで、たしかに5六角のかわりに「4二銀」は、はっきり後手が良しだと思う。(こういうところの確認はアマの私たちにはたいへん参考になる。)



甲斐-山田戦80手図(再掲)
▲5三桂不成 △3八角成
 まあとにかく、山田久美さんは「5六角」と指した。
 このあたりがこの将棋の山場だった。(山場ではあるが、この先はもう両者1分将棋だった。)
 先手の甲斐智美さんがここで考えたことは、どうやらここで5三桂成と指すか、5三桂不成で行くかということの選択のようだ。先ほども書いたように、3八角成を受ける手は6五角があるので勝ち目がない。3八角成なら、その先の変化は「自信があった」か、あるいは「自信はないが、まあしかたがない」だったか、それはわからないが、甲斐さんは度胸を決めていただろう。
 実戦、「1分将棋」の中で、5三桂成では、3四角で自信なしと読んだ甲斐女流は、5三桂不成と指した。
 そして後手の山田女流は、3八角成と攻めていったのである。


 しかし、時間にしばられない活動のできる我が終盤探検隊(隊員一名だが)は、「激指13」をフル活用して検討し、別の結論を得た。
 ここでは、「2二桂成、同玉、5三桂成」(次の図)が最善の手順で、これで先手良しなのではないか、というものである。

2二桂成の変化図1
 2二桂成と桂馬を後手に渡すと、4六桂などと後手から攻められる手も生まれ、また、3八角成以下の攻めに来られた場合にも、2五桂などと後手から打たれる手段があるため、2二桂成はギリギリまで指さないでおきたいという考えで、それで甲斐女流は「80手図」では読みからはずしていたのだろうと想像する。

 けれども、さて、「5六角」に、「2二桂成、同玉、5三桂成」としたこの変化図は、先手良しではないだろうか。

 この図から、「3八角成」と後手が攻めたとする。これは「甲斐-山田戦」の本譜の場合よりも、後手は「桂馬」を一つ持駒に加えている。だからこの攻めが成立しているのではないかと、ふつうは思う。ところが、奇跡的というか、どうやら3八角成では寄らない、と思われるのである。
 後手の玉型が穴熊ではなくなっていることも重要で、この図では、後手の玉に3一銀からの寄せが見えているのである。

 とにかく、やってみよう。「3八角成、同玉、4七銀、2八玉、3八飛、1七玉、2五桂、2六玉」で、次の図だ。

2二桂成の変化図2
 これが寄っていそうに見えるが、そうではないのだ。3六金は、2五玉で逃れている。
 そしてここでは、後手玉には3一銀からの“詰み”が生じている。(玉が2六にいるのがプラスに働いた)
 それではと、「3八角成、同玉、4七銀、2八玉」の時に、2五桂と打ってしばるのも、やはり3一銀以下、後手が詰む。
 3八角成から先手に駒を渡すと、途端に後手玉は詰む詰まないの危険状態にさらされるのである。

 こういう3八角成からの変化のときに、5三の桂馬は「不成」ではなく、「成」でないといけない。
 もしも「5三桂不成」の場合は、3八角成、同玉、4七金、2八玉、3八飛、1七玉、2八銀、2六玉、3七銀不成、3五玉、4六銀不成、4二桂。(次の図)

2二桂成の変化図3
 これで先手玉は捕まった。もしも5三の駒が「成桂」だったら、この4二桂は無効で、形勢は入れ替わる。
 だから「80手図」では、「2二桂成、同玉、5三桂成」と、この桂は成るのが正しい。

 
2二桂成の変化図4
 「2二桂成の変化図1」についてもう少し検討結果を書いておく。
 たとえばそこで「4六桂」という攻めが見える。
 驚いてしまうが、その瞬間、なんと後手玉は3一銀以下、“詰み”が生まれている。 手順は、3一銀、3三玉、2二角、3四玉、3五銀、同玉、3六歩(図)。
 以下は、3六同玉、2六金、4五玉、3七桂まで。 後手が打った4六桂が自玉の邪魔駒になっている。先手にとって実にうまくできている。 4六桂は、自玉の詰みを招いた悪手だったというわけ。

 では、「2二桂成の変化図1」で後手、前もっての「2五桂」の“待ち駒”はどうか。これは先手にまだ角を渡さず、次に3八角成から詰める狙いだ。

2二桂成の変化図5
 「2二桂成の変化図1」より、2五桂、3一銀、3三玉、1一角、3四玉、3五銀、同玉、3六金、3四玉、4八歩。
 で、この図。 やはり3一銀以下攻めて、先手優勢のようだ。次に4一竜や、5五角成がある。


 以上の検討結果により、甲斐智美女流の指した81手目5三桂不成では、「2二桂成、同玉、5三桂成」で先手良しだったのではないかというのが、終盤探検隊のみつけた結論。


 探検レポート、本日の記事はここまで。 次回part2に続く。
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