かざはのべる

書きあがるたびに、ちまちま更新

ありがとうございました

2010-04-22 11:50:59 | 目次・更新報告
短いあいだでしたが、これまでありがとうございました。
まだお話も途中ですが、ここで停止させていただくことにします。
もうしばらくはこのままにしておきますが、そのうちブログ自体を消します。
一定期間が過ぎたらサーチ類も抜けさせていただこうと考えております。

ご縁がありましたら、またお会いできると嬉しいです。
コメント (3)
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目次

2010-04-19 09:44:57 | 目次・更新報告

  序章

第一章  (1)  (2)  (3)

第二章  (1)  (2)

第三章  (1)  (2)  (3)

第四章  (1)  (2)

第五章  (1)  (2)  (3) 

第六章  (1)  (2)  (3)

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第六章(3)

2010-04-16 22:34:31 | 小説
「僕を…覚えていないのか……?」
 ひどくショックを受けた様子で、少年は呟いた。
「同じ学年だった水瀬だ。本当に覚えていないのか? 僕は飛び級をして上の学年に行ったが、同級だったこともあるだろう。寮だっていっしょだったのに」
「そういえば東には飛び級制度があるんでしたわね」
 友人が、西にもその制度があれば早く卒業して魔術師になることができるのにと悔しがっていた。
「あなたは飛び級できませんでしたの?」
「俺はっ! 俺は…適当に手を抜いていただけだ」
 銀朱の揶揄に、瑠璃はその頬を紅潮させたが、すぐに平静を装うように静かな声で答えた。
「別に、早く卒業しても意味がないからな」
「手を抜いて……」
 水瀬と名乗った少年は呆然と呟く。
「そうか…君は手を抜いていたのか」
「なんだかショックみたいですわよ。頑張って飛び級した方に対して、あなた失礼なんじゃありませんの」
「おまえのほうがよほど失礼だ」
 冷ややかに吐き捨てると、
「すまない。俺は、その…ちょっとした理由で記憶が混乱していて」
 そういうのは『ちょっとした』とは言えませんわよという銀朱の内心での突っ込みを他所に少年に手を差し出した。
「色々と忘れてしまっているんだ。君を傷つけたのだとしたら申し訳ないことをした」
 水瀬は差し出された手と瑠璃の顔を交互に見つめて、そしてその手を取って立ち上がった。
 背が低いわけではないが、ひどく痩せているせいで頼りない感じがする。銀縁の眼鏡の似合う理知的な、だが神経質そうな顔立ちだ。
「僕のほうこそ、取り乱して申し訳なかった」
 乱れた髪を手櫛で整えながら、窺うように瑠璃を見つめる。
「記憶がおかしくなっているなんて、一体どうしたんだ? なにか事故にでもあったのか?」
「……信じてしまうんですの」
 思わず呟いた銀朱だが、ギリリと瑠璃に睨みつけられて、指先で唇を押さえて目を逸らした。
 信じたふりをしているだけかもしれないが、ここは丸く収まりそうなのだからよしとしておくべきだろう。よけいな波風を立てることもない。
「ところで君たち」
 笑いを含んだ声に、銀朱は声の主を振り返った。
「旧交をあたためるのは結構だが、いつまでもそんなところで話していないで、せめてもうすこし居心地のいいところに移動しないかね。私は喉が渇いたよ」
 これまで瑠璃に集中していて他の者は目に入っていなかったのだろう、水瀬が口をぽかんと開けた。
「ねぇ君、この街の住人なら店にも詳しいだろう。どこかいい店を知らないかな? できれば紅茶の美味しい静かな店がいいのだが」
「ふ、ふざけるなっ!」
 最初に反応したのは少年を取り囲んでいたうちの、リーダー格らしい少年だった。静かだと思ったら、どうやらこれまで蘇芳に見惚れていたらしい。
「行きたいなら勝手に行けばいいだろう。こいつにはまだ用があるんだ」
 遅れて我に返った仲間たちも、口々にそうだと同意の声をあげる。
「おまえらが知り合いだろうとなんだろうと、そんなこと関係ない。さっさと行けよ」
「久しぶりに会った同級生と積もる話があるんだ」
 挑発的に瑠璃が嗤った。
「悪いがおまえらが遠慮してくれ。どうせくだらない用なんだろう?」
 少年たちが殺気立つ。
 どうしてこう喧嘩腰なのかしらと銀朱は呆れて溜め息を洩らす。男の子たちって本当に馬鹿ですわ。
「なんだよ、おまえ。こいつの元同級生って、それじゃ魔術師さまなのかよ」
 馬鹿にしたようにひとりが瑠璃の胸倉を掴む。
 背が高くがっちりとした少年だった。格闘技でもやっているのかもしれない。耳が変形している。
 瑠璃の顔が不快げに歪んだ。
「放せ!」
「悔しかったら魔術でどうにかすればいいだろう。できるものならな」
 下品な声をあげて嗤う。
「どうせそんな力ないんだろう、チビ」
 小柄な瑠璃はどう見ても強そうには見えないから、こういった力至上主義らしい人間に侮られるのは当然の成り行きと思えた。封印を解けばこんな少年は相手にもならないだろうが、彼もそこまで我を忘れはしないだろう。
「罵り言葉にも、独創性の欠片もないな」
 胸元を掴み持ち上げられて、もうすこしで地面から足が離れてしまいそうな状況で、苦しげな息を吐きながらも瑠璃は嘲笑ってみせる。
「おまえらのような人間には慣れている。自分が馬鹿だということすら理解できない低脳が」
 まぁたとえ慣れていても馬鹿の相手は不愉快に違いはありませんわよねと思いながら、銀朱は静かに少年の背後へと回り込んだ。
「失礼」
 にこりと微笑んで、ブーツに包まれた足で男の足を払う。
「背後からなんて卑怯でしたかしら。でも、わたくしはか弱い女の子なんですもの。すこしぐらいのハンデは当然ですわよね?」
 素早く退いたその場所に、バランスを崩した少年が倒れ込んできた。
 胸を掴まれたままの瑠璃もいっしょに倒れ、喉の詰まったような悲鳴をあげる。
「あら。鈍いんですのね、早くお逃げになったら?」
「おまえ…っ!」
 悔しげに顔を歪めはしたが、予想していたよりはいくらか機敏に瑠璃は身を起こし、安全な場所へと逃れる。
 おもしろそうに見守っている蘇芳の背後に――的確な判断ではあるだろうが、情けなくはないのだろうかと銀朱は内心で呆れた。
 自分が逃れるときに、ぼんやりと立ち尽くしていた水瀬を引っ張ったのは、まぁ褒めてやってもいい。
 どうやらふたりとも怪我はないらしい。
 意外な甲斐甲斐しさで水瀬の制服の汚れを払ってやっているのを視界の端に確認しながら、
「わたくし、基本的に平和主義ですの」
 仰向けに倒れて呻く少年の鳩尾にヒールを突き刺すように踏みつけて、薄茶色の髪を背後に払いながら銀朱は嘯いた。
「ですが怖がりですので、襲いかかられたら加減を忘れて攻撃してしまうかもしれませんわ。せめて殺してしまわないように注意はしますけれど」
 格闘技の成績は抜群だった。舞踏も。
 身体を動かす爽快感に、つい限度を忘れてのめり込んでしまうせいだ。
 舞踏で集中を高める魔術もあるくらいだから、ある程度の身体能力は魔術師には必須とされている。
 だがそんなこととは関係なく、銀朱はそういったことが好きだった。自分自身の腕を脚を、思うがままに動かすことができるのは快感だ。集中が高まりすぎたときに訪れる、奇妙に静かで荘厳な瞬間も。
 踊るように、銀朱は足踏みをする。
 小さな爪先をトン、と地面に打ちつけて、しなやかな腕を広げ招く。
「さぁどなたからになさるんですの?」
 高揚する。
 その気持ちのままに浮かべた笑みは、きっとひどく獰猛なものとなっていることだろう。
 まだ候補とはいえ一応は魔術師なのに、こういったことのほうが得意なのもどうかと思いはするけれど。
 これならば、そこいらの相手には負ける気がしない。
「いらっしゃいな」
 ふわりと微笑んで、銀朱は睦言のように甘く囁いた。
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第六章(2)

2010-04-14 13:53:55 | 小説
 結論として言うならば。
 手当たり次第に欲しいものを買っていくのは爽快なようで、実はたいしておもしろいものでもなかった。
「初めて知りましたわ。色々と迷うのも、実はお買い物の楽しみの一部でしたのね」
 お得意様用らしいサロンのソファにへたり込んで溜め息を洩らす銀朱に、そうだろうなと蘇芳は軽く微笑う。
「だから高額すぎる報酬には意味がないと言っただろう。なんというのかな、物を手に入れることに対してのありがたみが薄れるのだろうね」
「せっかく買っていただいたのに失礼ですけれど、確かにどれもあまり欲しくなかったような気がしてきましたわ」
 部屋の隅に堆く積まれた買い物を、どこかうんざりと銀朱は見遣る。
 服はもちろん下着から靴から、銀朱がすこしでも興味を示せば、そのすべてを蘇芳は買ってくれていた。
 もちろん自分たちで持ち帰ることは不可能な量となったので、滞在先のホテルが決まり次第、そこに運んでくれるよう頼んである。
「ここにいるのはたった一週間ほどなんでしょう。こんなに着替えが必要なんですか?」
 呆れ返ったように言われて、ふふんと蘇芳が嗤う。
「君はもうすこし女性というものを学びたまえ。その時々の気分で、着たい服が変わる生き物なのだよ」
 ふうかふかとしたソファに足を組んで、慌てて駆けつけたらしい社長だという中年女性が差し出した紅茶のカップを受け取った。
 今日も黒い服だが、いつもと比べればかなりシンプルな、地味とも言えるデザインだ。だがそれは彼女の麗しさを引き立てこそすれ、なにも損なってはいなかった。
「馬鹿馬鹿しい。学園や屋敷にいるときならばともかく、旅先でまで日に何度も着替える必要はないでしょう」
「別に必要というわけではないが、あったほうが望ましい。選択の幅というものだよ。すこしでも気の向かないものを身に着けたくはないからね」
 魔女のくせに蘇芳はクレジットカードなどというものを持っていた。
 どうやら『機構』のものらしいそのカードに限度額などないらしい。
買おうと思えばどんなものも買えるそうだよと微笑った蘇芳がそれを差し出した途端にデパート中が大騒ぎとなり、店長をはじめとしてこの店の主だった店員全員に恭しく迎えられたのだった。
「権力や金銭で得られる満足感は、ほんの一時のものでしかない。もちろんないよりはあったほうがいいし、ちやほやされて嫌な気持ちがするほど私は捻くれてはいないがね」
 甘い微笑に、周囲の者たちからうっとりしたような溜め息が洩れた。
「それでも、すべてが自分の魅力ゆえだなどと思い込むほど素直でもないな。薄汚れた子供だった頃には、誰も、見向きもしてくれなかったものだ」
「薄汚れた子供? あなたが?」
 想像もできませんわと首を傾げた銀朱に、
「君たちのように恵まれた育ちでは、残念ながら私はないのだよ。ほんの幼い頃は、空腹でないというだけでも幸せを感じることができたものだ」
 生まれついての女王のような、この上もない優雅さでそう言った。
 確かに奇跡のような美貌でもあるが、蘇芳ならば仮面で顔を覆い隠していてさえ人の目をそば立たせずにはおくまいと思う。すべての動きに独特ななめらかさがあり、指先の動きひとつですら魅了される。
「ところで私たちの関係だが」
 紅茶を一口すすりこんで、微妙な表情でカップを置いた。
 どうやらお気に召さなかったようですわねと銀朱はほくそ笑む。そんなの当り前ですわ。わたくしの渾身のお茶でさえ不満だというのに、そこいらの、適当なお茶で満足されては堪りませんわ。
「関係と申しますと……?」
「私たちが『機構』から差し向けられたということは、念のために秘匿しておかねばならないのだよ。友人同士の旅行というには無理のある組み合わせでもあるし、そのあたりのことを打ち合わせておかねばと思ってね」
「――…隠さなきゃならなかったんですか!?」
 押し殺した悲鳴のような少年の声は、そのまま銀朱の思いだった。
「秘匿するって、だって、こんな大っぴらに『機構』のカードとか使ってしまっているのに……」
「…………」
 沈黙が落ちた。
「まさかとは思いますが…なにも考えていらっしゃらなかったんですの、お師匠さま?」
 そんな間の抜けた話が――すべてにおいて抜かりはないと思い込んでいた師匠の意外な失敗に、 いささか呆然と銀朱は呟く。
「……訊くが、君の力で私たちに関することだけを忘れさせることは可能かい? 私がやるとすべての記憶が消えてしまいかねない」
「できますよ」
 蘇芳らしくなく戸惑いを含んだ問いかけに、頭痛を堪えるような顔で瑠璃は呻いた。
「できますが、一度自分にかけた封印を解いてしまうと二、三日はかけなおすことができません。さすがに負担が大きすぎますからね。混乱を避けるために、俺はこれ以上同行できなくなってしまいます」
 それでは仕方ないね、と呟いて、蘇芳はその白い手で手招いた。
「君。責任者の。折り入って相談があるのだが」
 遠巻きに見守っていた店員たちの中から、先程の女性がまろび出てくる。その顔は強張り蒼褪めていた。
「なに話は簡単だ。私たちが『機構』の関係者だということを黙っていてもらいたい」
 無言で震える女性に向けられた顔は、憂いを含みひたすらに美しかった。
「このことが周囲に広まってしまったら、私はすこしばかり困ってしまうのだよ。……お願いできるだろうか?」
 やわらかな声。すこしだけかすれて甘い。
 最後の言葉は、壁際に立ち尽くしている店員たち全員に対してだった。
 こんな顔でこんな声で、頼み事をされて断ることのできるものがいるだろうか。
 ずば抜けた美しさというのはそれだけで力なのですわねと、こっそり溜め息をついた。
わたくしだってきっと断れない。こんなふうに頼まれてしまったら。
 女性の顔が赤く染まり、がくがくと首を縦に振った。銀朱の母親よりはいくらか年上だろうか、それほど美しいわけではないが、上品な顔立ちをしている。
「ありがとう。助かるよ」
 ふわりと嬉しげに微笑まれて、老若男女、誰もが今にも倒れそうだ。
 さすがに魔女の美貌に耐性のできている銀朱は今更この程度で動じはしないが、瑠璃ですら言葉をなくしてぼうっと見惚れてしまっている。
「お師匠さま」
 自分で思っていたよりもずっと不機嫌な声が出て、内心でおおいに焦った。
 誤魔化すように、にこりと微笑う。
「そろそろ参りませんと。もう日も暮れますわ」
 実のところ『機構』から用意された宿があるのだけれど。確実に監視役が配置されているだろうから他のところにすると、この街に着くなり蘇芳が言い出したのだ。
 あのメイドの少女は、適当なところを探しておくようにと命じられて別行動となっている。待ち合わせ場所に決めた店で、すでに待っていることだろう。
 そうだねと蘇芳は頷く。
「では、宿がわかり次第こちらに連絡を入れよう。くれぐれも私たちのことは内密に」
 店員たちが畏まりましたと口々に応える。声は、あるものは緊張に上擦り、またあるものは夢を見ているかのように頼りなかった。
「ありがとう。あなた方のご厚意に感謝する」
「…………」
 例えどこの宿を選ぼうとも、これほど目立つのではすぐに発見されてしまうだろうと銀朱は思ったが、敢えて口にはしなかった。
「無駄だと思いますけれど」
 それでも堪え切れず洩らした呟きは、蘇芳には届かなかったようだ。
「とりあえず私と君が姉弟ということにしておこうか」
 最敬礼で店を送り出され、歩きながら蘇芳が言った。
「髪の色も同じだし、顔もそれなりに似ているかもしれないからな」
「似てませんわよ、全然。それで、わたくしはどういう関係なんですの?」
「そうだね…君は弟の婚約者なんてどうだろうな」
「お断りいたしますわ」
 一瞬の躊躇いもなく銀朱は切り捨てた。
「そんなの不自然じゃありませんの。申し上げておきますけれど、わたくし演技は得意ではありませんわよ」
 どうしてわたくしだけ他人なんですのと、内心に渦巻く不満は声にはできなかった。なんだか恥ずかしい。
「それなら君も妹ということにしておこうか。似ていないと言われたら、腹違いとでも言えばいい」
 適当なことを言って微笑っていた蘇芳が、ふと笑みを消して立ち止った。
「お師匠さま?」
「その呼び方は止めたまえ。お姉さまでも蘇芳とでも、好きなように呼んでいい」
「…………」
 さすがに名前を呼び捨てにする勇気はない。よくも平気で己が師匠を名前で呼べるものだと、瑠璃に対して半ば感心していたくらいなのに。
 戸惑う銀朱を置いて、蘇芳は足早に路地へと向かっているようだ。
「どうしたんですか、一体?」
 黙って後ろをついてくるだけだった少年が、慌てたように問いかけた。
「いや…なんだか気になる音が……」
 追いついて、目の前にした光景に銀朱はうんざりと溜め息を洩らした。
 まったく、と鼻の付け根に皺を寄せる。こういうことをする下衆は、本当にどこにでもいるものですわね。
 古いが清潔な街も、路地はいささか薄汚れている。
 そこに制服を土で汚して座り込んでいる少年と、それを取り囲む少年たち。こちらはいささか着崩されているがその身に着けている制服は同じもので、だが友人同士と言うには互いのあいだを流れる空気が殺伐としすぎていた。
「これは、一体どういう状況だい?」
「おそらく古式ゆかしい虐めというものですわ…お姉さま」
 少年たちは皆、銀朱と同じくらいの年齢だ。
 特に不良だとか、そういったものではないだろう。
 粋がって髪を染め制服を着崩してはいるが、それはあくまでも世間からぎりぎり許容される範囲のもので、学校で風紀検査でもあれば直してくぐり抜けるのだろうと想像させる程度のものだった。
 対して座り込んでいる少年はというと、今は土で汚れてはいるものの堅苦しいほどにきっちりと制服を着込み、いかにも優等生といった雰囲気だ。
「集団で弱い相手を嬲ることが大好きという輩はどこにもおりますのよ」
 学園に入った当初、ごく軽いものだが銀朱もやられたことがある。ちょっとした持ち物を隠されたり連絡事項をまわしてもらえなかったり、擦れ違いざまに嫌味を言われたりといった程度のものだった。
 あれに関してはその頃の自分の態度も褒められたものではなかったと今では自覚しているが、その幼稚さに当時はかなりうんざりしたものだ。
 幸いにしてあの友人と寮が同室ということで仲良くなれたので、つまらない嫌がらせはすぐに止んだ。学園中の人気者であった彼女が、銀朱が周囲から浮かないようにさりげなく気遣ってくれたおかげだ。
「どうしてそんなことが楽しいのか、頭の悪い方々の考えはわたくしにはわかりかねますけれど」
「……おまえも虐められた口だろう」
 溜め息混じりに瑠璃が言う。
「まぁ虐めた側の気持ちも理解できないじゃない。その態度じゃ無理もないな」
「あなたがそれを言いますの? どうせあなたも同類でしょうに」
 黙り込んでしまった少年に、図星のようですわねと嗤ってやる。わたくしにだって理解できますわと言いながら、コートのポケットを探った。
「一応は理解できますけれど、到底、共感することはできませんわね。そんな下劣な欲望は」
 座り込んでいる少年に歩みより、ハンカチを差し出した。
「怪我をなさっているのでなければ、もうそろそろ立ち上がってはいかがかしら。そこ、すこし泥濘んでいるじゃありませんの。浸みてきますわよ?」
「……どうして君がここに……」
 少年の叫びに首を傾げたが、驚愕もあらわなその声が向けられていたのは銀朱ではなかった。
「君は候補者に選ばれたんじゃなかったのか? それがどうしてこんなところにいるんだ!?」
 続いて少年が口にした名前は、銀朱には聞き覚えのないものだった。
「あなたのお友達ですの?」
「その…ようだ……」
 戸惑いに黒い瞳を揺らして、瑠璃は所在無げに立ち尽くしていた。
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第六章(1)

2010-04-10 20:49:50 | 小説
 その街はごく普通の地方都市で、銀朱の実家のあるあたりは元より隠居した祖父母の住んでいたあたりに比べても、おそらく田舎と言っていいだろう。
「こんなに、うるさいものでしたかしら?」
 片手で耳を押さえながら言うと、こちらも不快げに耳を押さえつつ蘇芳は、
「これでもマシなほうだろう。どちらかといえば私たちの生活圏が静かすぎるのだろうな」
 答えて、先に立って歩き出した。
「建物の中に入ればすこしは楽になるだろうさ。さて、まずはどの店に入ろうか?」
 汽車や車を乗り継いで半日ほど離れたこの街は、屋敷のあるあたりとは段違いにあたたかい。
 すでに春が来たかのようにやわらかな、だがすこし埃っぽい風に蘇芳の長い黒髪がなびく。石畳を歩く、足取りは分厚い絨毯の上を滑るがごとき優雅さだ。
 多少は高級そうな店が揃っているとはいえごく普通の商店街に、その姿は恐ろしいほど似合っていなかった。
 それこそ豪奢な夜会や劇場ででもあれば、蘇芳はその美しさで女王のように君臨するであろうけれど。道行く人々がことごとく驚いたような顔をして振り返っていくのも無理はないと、銀朱はこっそり溜め息をつく。
「デパートに行けばよろしいのでは? それぞれ別の店を探す手間が省けますわ」
「俺は先にホテルに行ってもいいだろうか?」
 いきなり決められた同行のせいで、制服姿のままの瑠璃が言った。
 普通ならこんなところでは見かけないはずの制服姿だが、一般の人間にはそれが東の学園のものだということもわからないのだろう。
 整った容姿のせいで彼に目を留める通行人も少なくはないが、奇異なものを見る視線ではない。
「それは別に構わないが、君は今夜の着替えすら持っていないのだろう。私たちの好みで選んでいいものなら、適当に買ってくるが?」
「まぁそれは楽しそうですわ。わたくし、一度でいいから弟や妹へのプレゼントというのを選んでみたかったんですの」
 くすくすと銀朱は微笑った。蘇芳ですら、なんだかすこし浮かれているようだ。
「実は私もだよ。幸いにして君の容姿はなかなかのものだし、どんなものでも似合いそうだから、選ぶのもきっと楽しかろうさ」
「…………」
 蘇芳の言葉に不安を覚えでもしたのだろうか、少年は不機嫌な顔で黙り込んだが別行動を取るのは止めにしたらしい。
 この街では荷物にしかならないコートを脇に抱え、大人しく後ろについてくる。
「君は街に慣れているようだな」
「……あいつが…青藍が、よく街に遊びに行くんです。それに付き合わされて無理矢理」
 さすがに蘇芳が相手とあっては、彼の高慢さも影を潜めるようだった。ぶっきら棒ではあるが、銀朱に対する態度とは明らかに違う。
「君も遊びに行くのかい」
「いいえ」
 心底うんざりとしたように、瑠璃は溜め息をつく。
「青藍は封印と探査の実習だと言ってます。機械類に影響が出ない程度まで能力を封じた上で、あいつを探し出すんですよ。それがまた、怪しげな酒場だとか非合法っぽい賭場だとか、なんというか碌でもない場所ばかりで」
「相変わらずだな、青藍も」
 言いながらも、流し目で銀朱を見る。
「ねぇ君にもわかっただろう、銀朱。守護者なんて碌でもない人間ばかりで、私など、そのうちではかなりの人格者というかまともというか」
「ご自分でそれをおっしゃいますの?」
「言うさ、紛れもない真実だからね。君は運がいい。守護者候補などというものに選ばれてしまった不運なものの中では、最大限に幸運だ」
「……かもしれませんわね」
 能力の一部だけ残して封ずるなどと、そんな器用なことが可能なのかと感心していた銀朱だったが、あの師匠に従わなければならない彼の苦労を思うと溜め息が洩れる。
 いくら気に食わない相手であっても、気の毒なものは気の毒なのだ。
「同情は止めてくれないか。一層惨めな気分になる」
 銀朱の視線に気づいたか、暗い声で少年は吐き捨てた。
「守護者に、それも良識ある守護者になるのが今の俺の目標です。間違ってもあいつのようにはなりたくない」
「壮大な野望だな」
 からかうようでもなく、やさしげに蘇芳が言った。
 そうこうしているうちにデパートに到着した。街の規模にしては、なかなかに立派な店構えだ。
「君が望んでのことではなかっただろうが、まぁしばらくはあの性格破綻者から離れていられるということだ。短いあいだではあるが自由を謳歌したまえ」
 さて、と銀朱を振り返り、魔女は高らかに言い放った。
「それでは盛大に買い物をするとしようか、銀朱。欲しいものがあれば、どんな高価なものでも構わない、なんでも好きに買えばいい」
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