Happy life 

「自分を癒すことができるのは自分だけ」
この言葉に強い衝撃を受けました。そうして、はじまった私の自己探求。

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3月3日

2007年03月03日 | 日常☆
主人の家は、数字にウルサイ。
おじいさんが研究を重ねた数聖哲学は、職業になり、今では叔父さんが継いでいるが、主人のお父さんもしっかり、勉強して身につけている。
で。
行動を起こす時の方向や日付などが重要視されてくる。
私が感じるに、「よくなる為」ではなく「悪をさける為」っていうスタンスっぽい。
数字にはそれぞれ意味があり、方角がある。
名前の画数の組み合わせによって、個人の数字の組み合わせがあり、
各個人、月々の吉方があり、吉凶がある。
病院へ行くにも、かかる科によって、その人に合った方向が違っていたり。

なんだかんだと、ややこしい。

で。
【結婚】という一大イベントにも、もちろんそれは例外でなく。
何日か候補があげられたうち、【3月3日】に決めた。
・・・主人の仕事の都合などから。。

いろいろと規制がかかって「思い立ったら吉日」タイプの私は、正直わずらわしいなぁ、と思っていたが。
昔から大好きな【3】の日に、一緒になれたのは、よかった。

ドリームブックによると、【3】は、三位一体・心と身体と精神の調和。
その日に、未熟な男性性を持つ私が、男性と一緒になったのか。
今になって思えば、なかなか興味深い。



************

自己探求を始めようと思ったキッカケのひとつが、この「数字」生活。
何をするにも制限されて、息苦しかった。
もっと、自由に自分の思うままに行動したかった。
たぶん、「この日にしたほうがいいよ」ではなく【この日以外は駄目】
【方角が悪いから駄目】【今月は悪いから気をつけないといけない】
って言うような決め付け口ぶりの義母がわずらわしかった。

名前を変えたストレスもたまってきていた。(納得したつもりだったけれど)
自分が誰なのか、とても中途半端浮かんでいる様な自分がいた。
特に最近は銀行口座なども【戸籍上の名前】でないといけない。
通称名なんて通用しない。『私の時は作れた』なぁんて40年も前の話をされても困る。
結婚と共に名前を変えた。でも戸籍はすぐには変えれないから、今までの名前と、
新たな名前とが混在する生活に。
次第にどちらの名前もシックリこなくなってしまった・・・


したければすればいい。嫌なら言えばイイ。
なのに、言われたからと抑えつけていたのは自分。
ようやく、少しずつだけれど、ゆったりと周りを見れるようになって来た。
義母の言動にイチイチ、いらいらする事も減ってきた。


今、とてつもなく愛を求めている自分を感じる。
主人からの愛は、感じる事ができる。
求めているのは、それを受け止める(許可する)ことのできる自分と、
私自身から、あふれてくる愛。
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