はなこのアンテナ@無知の知

たびたび映画、ときどき美術館、たまに旅行の私的記録

美術館の役割~保存・修復

2009年11月09日 | はなこのMEMO
このブログには日々気づいたこと、思ったこと、考えたことなどを主に綴っているが、同時に備忘録としても活用している。様々な情報に触れる中で、「これは面白い」と思ったものも、ただ読んだだけでは記憶に残らない。少なからぬブロガーが読書記録や映画鑑賞記録をブログに残しているのも、心もとない自身の記憶力のみに頼らず、ブログというメディアに記録することで、その感動の記憶の消失を防いでいるのだろう。また、人間の記憶容量には限界があり、ブログという別メディアに記憶を移管することで、新たな情報の一時保存(記憶)の余地を確保しているとも言えるのかもしれない。

以下の記事も備忘録として書くものだ。


西美にボランティアとして関わって6年近くになるが、西美についてはまだ知らないことが沢山ある。例えば、去る11月2日(月)付日経朝刊36面(文化面)に、西美の修復担当の主任研究員河口公男氏が寄稿された記事で、私は西美の企画展示館に、展示室以外に5つの特別な部屋があることを初めて知った。

その5つの部屋とは、作品の修復・調査を行う部屋で、「油彩画」「紙」「彫刻」「化学分析」「物理分析」の5室。室内には「手術に使う医療用顕微鏡、有毒ガス吸引装置、壁一面に並んだ様々な工具、紙やテープ、脱脂綿などが整然と詰められた引き出しの数々」等、作品の保存・修復の為に使われる道具が一通り揃っているらしい。

筆者の河口氏は、91年に国公立美術館では初めての保存・修復専門の研究官として、西美に採用されたと言う。その経歴は以下の通り。

・画家を目指して22歳で欧州に渡り、その後ベルギーやドイツの博物館、美術館で修復の技術を学んで81年に帰国。

・帰国後10年間は工房を構えてフリーで仕事。当時からほぼ28年間、西美を中心に西洋美術の保存・修復に関わる。


その長いキャリアに基づく体験談は興味深い。以下に列挙してみる。

・修復と言うと、カンバスのひび割れを直したり、彫刻や絵画の表面を洗ったりする作業を思い浮かべるかもしれないが、それは修復家の仕事のごく一部である。

「修復」に関する考え方(何をするべきか、してはいけないか)も時代と共に変化

河口氏が技術を学んだ70年代:Active Conservation(積極的な保存)
…修復の技術が盛んに議論されていた。

河口氏が帰国した80年代:行きすぎた修復を反省し「最小限の手当」が提唱された

現在:Preventive Conservation(予防の為の保存)…手を加えず作品を守る


西美入りして河口氏が取り組んだことは、今ではその何れもが常識と考えられていることだが、ほんの20年近く前に、河口氏によって初めて西美に導入されたものであることに驚く。「欧州では19世紀半ば、米国では20世紀初頭から美術品の保護を進めて来た歴史があるが、日本での取り組みは始まったばかり」と言う河口氏の言葉に、美術品の保存・修復分野における日本の遅れを痛感する。

・空調システムの整備:20年近く前まで、美術館の空調は来館者主体に考えられており、閉館時には全館で空調設備のスィッチを切っていた。「温度・湿度を”作品保護の為に”24時間一定に保つ空調を理解してもらうまでには長い議論が必要だった」(?!)。現在は温度21度、湿度53%に保ち、来館者が軽装にある夏場は23度。

・阪神大震災の教訓から、西美では99年、前庭に置かれている重さ7.2トンのブロンズ彫刻、オーギュスト・ロダンの「地獄の門」に免震装置を取り付けた。さらにロダンの「考える人」など野外彫刻の作業を終えて、現在は展示室の彫刻に取り組んでいる。鑑賞の邪魔にならず、コストも安い免震機能付きの台座を修復家も一緒になって開発

・展覧会に作品を貸し出す際、借り手の美術館の保存体制や展示室の設備の事前調査を行うのも修復家の仕事。近年は温湿度を記録できる「データロガー」*と言う小さな機械を貸し出し作品に必ず取り付ける。

「データロガー」*:輸送や展示期間中に計測したデータをパソコンに取り込める仕組みで、海外の美術館であっても展示室の様子が手にとるようにわかる。

英国など一部の美術館は2か所以上を巡回する日本の展覧会へ作品の貸し出しを控えるようになり、保護の意識は高まる傾向にある。


修復家ならではの作品との関わりから生まれる喜びもあるようだ。一度は画家を志した河口氏だけあって、作品から作家の創作過程を想像し、その力量を読み取れるようである。

修復措置の仕事も次々と舞い込む。17世紀スペインの画家、フセーペ・デ・リベーラ「哲学者クラテース」は購入先のスイスから運び込まれた時、カンバスに3本のひびが見えた。驚いて裏を返すと、メリケン粉ののりで比較的新しい裏打ちがされている。輸送の箱が一重だった為、飛行機内で乾燥し、割れてしまったようだった。X線撮影し、裏打ちし直したが、その過程で、この画家の優れた筆さばきを観察することができたおかげで、この作品は私が最も好きな作品のひとつとなった。

作品の学術調査も修復家に与えられた大切な仕事だ。この世の中に傷んでいない美術品はない。その傷みや損傷部分から画家の技法や作品のオリジナリティー(出自)についての新たな発見もある。修復家は損傷の原因、作家の意図や技法、材料など様々なことを調べ上げる。名だたる美術品と顔を突き合わせ、対話できるのは、修復家の醍醐味だろう。

展覧会をご覧になる際には、その作品を100年、1000年先まで残す為、多くの人が力を尽くしていることをぜひ知ってほしい。」と記事を結んでいる河口氏の思いは痛いほどにわかる。私もスクール・ギャラリートークの際、常設展示室の最初の部屋にある西美所蔵作品で最も古い14世紀のテンペラ画を児童生徒に見せて、いつも尋ねている。

「600年以上前のこの作品が、皆さんの家にあったと想像してみてください。果たして、ここにあるような美しい状態に保ち得たでしょうか?」


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