花夢

うたうつぶやく

056:とおせんぼのうた

2007年02月28日 | 題詠2006感想
好きな作品が多かったです。


かなしさをかなしさがとおせんぼしてきみはしずかにたちつくすだけ
飯田篤史

ちゃんと、泣け。



とおせんぼするてのひらにパンチしてキスして感謝して先行くね
西宮えり

めちゃめちゃかっこよくて、めちゃめちゃ好きなうた。

こんなふうに鮮やかに、爽やかに、華やかに。



蜘蛛の糸切って二秒後とおせんぼされてたことに思い当たった
おとくにすぎな

なにを伝えたかったのだろう。



背の高いひまわりときみ とおせんぼ ああ、あの夏の先にいけない
あおゆき

余韻の残る作品。

あの夏の空の高さよ。



蔦が這う もしもわたしがひとならばとおせんぼうをゆるしはしない
瀧口康嗣

モチーフを含め、印象的な作品。

蔦は、
とおせんぼうをする存在なのでしょうか。
それとも、突き進む存在なのでしょうか。

2句からのひらがなの部分が、不思議な効果を醸し出しているように感じます。
この言葉は、蔦の言葉?
そう取ると、蔦は突き進む存在になりますね。
いや、それとも、ひとではないのだから、とおせんぼうをしている。ということなのか。

いずれにしても、蔦の這い方が、強い意志を持っているようで、圧倒されてしまう。
単純に真っ直ぐ伸びるのではなく、絡みながら、うねりながら伸びてゆくその様子が、逆に、気持ち悪いほどの意志を感じてしまって、こころがざわざわとする。

ジャンル:
ウェブログ
コメント (7)   この記事についてブログを書く
« 055:頬のうた | トップ | 057:鏡のうた »

7 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
ありがとうでした (橘 こよみ)
2007-04-28 20:38:44
花夢さん、お久しぶりです。
昨年度のブログをほっぽっていたら、
「萌」と「とおせんぼ」が花夢さんに掬われていて
とてもうれしかったです。ありがとうございます。
今年度は、名前も改めています。
これからもどうぞよろしくお願いします^^
たんたんと鑑賞を続けてくださっていること、
読み手としても詠み手としてもとても学びになります。

花夢さんの今年のおうたを拝読しました。
お互いまだまだ序盤ですが、
これからますます花夢さんらしさが出てくるのではないかとすごく予感させるおうたばかりでした。
「始」や「使」もすてきな反面、
「一緒」「玉ねぎ」なんかはリアルでかわいらしい毒をはらんでいて。
わたしもますます楽しみます。
ありがとうございます (花夢)
2007-04-28 21:02:24
こよみさん、ありがとうございます。
未だに2006年感想に取り組んでいます。
2006年のこよみさんの作品は特に後半に詠まれたものからぐぐぐっと迫ってくるような力を感じて、とても好きです。
もちろん、お名前を変えられてからの活動もこっそり拝見しておりました。
(この頃のお名前も好きだったんですけれど。)

2007年の題詠もあまり進まなくて不安ですが、嬉しいお言葉、ありがとうございます。
一緒に走れて嬉しいです。
よろしくおねがいします。
ありがとうございました☆ (すぎな)
2007-04-28 23:33:06
おひさしぶりです。
トラックバックありがとうございました。
丁寧に鑑賞を続けられていることに感動しつつ、ふむふむ~とさかのぼって読ませていただきました。

今年はペース遅い私ですが、またご一緒できてうれしいです。よろしくお願いします。
ありがとうございました。 (あおゆき)
2007-04-29 08:48:27
こんにちわ、おひさしぶりです。
TBありがとうございました。

ほんとな皆さんの短歌も読ませていただいて、題詠に参加したことになるんだろうなあ、とやや反省ぎみに思ったりします。
ありがとうございます×2 (花夢)
2007-04-29 13:10:40
おとくにすぎなさん、あおゆきさん、ありがとうございます。
こうして2006年の題詠を読んでいると、懐かしい人たちのブログにお邪魔できるので、それもひそかな楽しみにしています。
2006年の題詠は私のなかでひとつの意味を持ち始めている気がします。
皆さんのおかげです。

今年は、私もだいぶペースダウンしています。難しいですね。
でも、一緒に走る仲間がいるのはやはり嬉しいことです。
これからもどうぞよろしくお願いします。
こんにちは (瀧口康嗣)
2007-05-04 04:15:14
僕も題詠停滞中です。
絶対完走は無理だ!って思えば楽になるのですが、まだ5月なので、あいかわらず遠いゴールを見ています。

花夢さんの短歌鑑賞は、たぶん、その短歌の作者が読んで「すごく的確だ」と驚いていると思います。
少なくとも、僕はいつもそうなのです。
高校時代、意志と妥協について書いた詩に、蔦を登場させました。まだそれを引きずっているようです。

意味がぶれているのは、作者の甘さのせいです・・だんだん鈍く、円くなってきました。
ありがとうございます。 (花夢)
2007-05-05 01:54:35
瀧口さん、ありがとうございます。

自分の感覚で噛み砕いているので・・・その感覚が作者さんの感覚と近づけているのであれば嬉しいです。
ただ、暴走する可能性もかなり大きいので・・・どうぞお許しください。

私も、一年ほど前に、蔦の詩を書いたことがありました。
私にとっての蔦は、瀧口さんのそれとはまったく違う形になって伸びてゆきました。
だからこそ、瀧口さんの蔦のゆるやかにざわざわと這ってゆく様子がとても印象に残った気がします。

円くなったのは良いことのような気がします。蔦って、とてもゆるやかだから。
頑なで強靭であることとはまた違う、ゆるやかだけれど確かな意志を、歌の雰囲気から感じることができ、それは蔦の性質とぴったり合っているように感じました。


私は、今年は、ゴールのことは据え置いて、とりあえず1首づつを向き合っていこうと考えていました。
1首、1首を詠んでいけば、必ず100首に辿り着くのだとわかったので。
苦戦していますが、昨年、100首を完走できたこと、なにか自分に残ったものがあると思えたこと、がかなりの励みになっているようです。
一緒に頑張りましょうね~

コメントを投稿