韓国文学。なかなかに素晴らしい本だった。郊外のとある大学病院に関わる50数人、それぞれの視点で描かれる連作短編集。小学生から80代の老人まで、老若男女、LGBTや外国人まで織り混ぜて、ほんの少しずつでも関わり交差する人々の人生が、ときに悲しく過酷、ときにユーモラスで優しく、切ない。
■どんどん知人が増えていく感覚
最終的に「傑作」と思ったけれど、最初はそれほどでもない。読み進めるほどに作中に“知り合い”が増えてくる感覚で、次の話には誰が出てくるかな?と楽しみになるし、発見すると気持ちいい。
病院でご遺体を運ぶ仕事を失うのが怖くて労働条件に不満を言えない65歳の男性が、人事に少しの外出を申し出るとき、ああ、その青年はいい人だからちゃんと対応してくれますよ!と思ったりするのが楽しかった。
■穴に落ちたぺ・ユンナとその義母チェ・エソン
最初に強く興味を引かれたのは、大学で文章を教えるパーマをかけた女性、ぺ・ユンナだ。義母の目線から登場する彼女は、道が突然陥没して落下し、大怪我をして入院する。義母は自分の子が息子ばかりだから嫁を娘のように愛しく思っているが、けっこう感情的で自分本意の人でもある。毎日お見舞いに行くのは思いやりからだけど、嫁としては嫌だろうなーと勝手に想像してしまった。
それはそれとして、この義母の思いが伝わってくるラストの文、「(子供たちを守ってやるために)あずきしか持っていないなんて。あずきくらいしかないなんて。」がとてもよかった。
■徐々に浮かび上がる社会問題
舞台となる街の立ち位置(首都圏ではあるがソウルからは遠く不便)とか、公共建築への不信感をはじめとする韓国の社会問題が次々に浮かび上がり、どんどん物語が厚みを増していき引き込まれた。
韓国特有を感じるものもあるけれど、格差、学歴社会、パワハラ、セクハラ、長時間労働、企業倫理の欠落などは日本も他人事ではなく、閉塞感や生きづらさはシンクロする部分が多い。
私としては、優秀な一人息子が大学で建築科を選んだのが気に入らない建築現場のお父さんジンゴンや、認知症の母と就職に失敗した娘を抱えるお父さんイム・チャンボクなど、切実な親心が描かれるものに共感した。(その意味では前述の義母もそう)
子どもが突然容赦ない悲運に巻き込まれる場面もあり、小学生ダウンの回は涙ぐんでしまった。これも、社会問題を大人がちゃんと正してこなかったせいだと思うとやりきれない。
■シュークリーム教授について
一番好きなのは70代のシュークリーム教授かな(頭の毛がクリームみたいなので影で親しみをこめて呼ばれている)。貧困地域への医療ボランティアで、子供に「おじいさん」と呼ばれて、周囲があわてて「先生って呼ばなくちゃ」と注意するのを「おじいさんだよ、な?どうしたんだい?」と話しかけるところがすごく好きだった。
運のいい人生を淡々と振り返るのがほっこりするなと思えば、妻と平気で心中の相談をしているのも可笑しかった。悲壮感はなく、医者なので人体の終焉について事務的にさばく気質が身に付いているのだろう。
日本が占領していた時代に親が数学教師として働いていたという身の上話は、ちょっと触れただけで何の感情も盛り込んでいないが、それだけに韓国との歴史が思い起こされハッとした。
運がいいと言っても自分も努力しているわけだが、周囲の格差を見渡せば、医者になりたいという子供に「勉強も出来なきゃいけないし、運もよくないとな」と言うのもよくわかる。一生懸命やっていれば運がついてくる、とも言えない現実に、誠実な答えが沁みる。
■すぐ再読したくなる
老いも若きも気のいい人が多くてよかったけれど、パワハラで放逐されるおじさんも出て来てくるなどバラエティー豊か。一方で、愛すべきおじさん、おじいさんがたくさん出てくる小説だったなあと思った。
文章は軽やかで読みやすいけれど叙情みがあり、内容は軽くなく、かといって重すぎず、絶妙な読みごたえのある本だった。この著者の他の本も読んでみたい。しかしその前に再読もしたい。きっと読み落としているところがあるはず。
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