花日和 Hana-biyori

ケストナーの伝記

『ケストナー ナチスに抵抗し続けた作家』クラウス・ゴードン/那須田 淳・本木 栄訳(偕成社)を読みました。
読みやすい文章(訳文)、注釈も丁寧で誠実さを感じます。


ケストナーの生涯を辿ると、それはドイツの一番困難だった時代をたどるということになり非常に興味深く、読みだしたらやめられない。二つの戦争、世界恐慌、ナチス独裁、東西分断…。

歴史の、今までぼんやりしていた部分が補填される所も沢山あった。具体的かつ簡潔な文章で語ってくれるのでわかりやすい。たとえば、ヒトラーがどうやって独裁政権を握ることができたのか、ヴァイマール共和制という政治下の自由な雰囲気で文化が花開く一方、第一次世界大戦の負債を抱えたドイツがどれだけ不況にあえいでいたか、それらを利用する形でナチスはのし上がって、ドイツをソ連化させたくない資本家や地主たちの後押しと見通しの甘いヒンデンブルク大統領によってヒトラーが首相になってしまったいきさつ。

ヒトラーの犯した罪は独裁・迫害だけでなく、ケストナーの大切な故郷ドレスデンやベルリン等、ドイツだけでなく歴史的にも人類の宝と呼べる美しい建築物・街並みを壊滅に追いやったこと(最後まで無駄な抵抗を続けたため)、領土を広げるどころかドイツを東西に分断させる結果を招いたことなどを改めて認識した。
ただ、ヒトラーひとりのせいにするにはあまりにも事が悲惨で大きい。ケストナーや多くの作家たちがいくら警鐘を鳴らしても、大きな暴力の前に人々が屈していくのをとめられなかったことが悔やまれる。
「飛ぶ教室』の、クロイツカム先生が言う
「行われたいっさいの不当なことにたいして、それをおかしたものに罪があるばかりでなく、それを止めなかったものにも罪がある。」(高橋健二訳)
という言葉。『飛ぶ教室』を発表したのとナチスが政権を握った年が同じなので、ケストナーがどんな気持ちでこの言葉を書いたのかと思わずにはいられない。

それに、ドイツ人のせいでユダヤ人が迫害されて、戦後困難なのは自業自得だというアメリカ・フランス・イギリス・ソ連がドイツにしたこと。ドイツにだけではないけれど。そこで暮らしている人たちの事は何も考えずに勝手に線を引いたり決め事をしてしまうなんて。なんて恐ろしいことだろう。怒りで頭痛がしてくる。

ケストナーは、ヒトラー独裁政権下で自著を焼かれたり執筆禁止されたりしながらも、外国で出版したり仲間の助けを得たりしてなんとかドイツに踏みとどまった。ナチスに与しない文化人としてはたった一人でといってもいい。
ただ、児童文学で人気を博していたこと、ドイツに残った外貨を稼げる、または外国に誇れる、たったひとりの才能だった事など、何が彼を生かしたかということを考えると胸が熱くなる思いがする。

ただ、児童文学の名匠としてはあまりほめられたものではない私生活や子供がぐずった時の対処法を記した手紙にはがっかりした。
もちろん作品と作家の私生活なんて別々に見なくてはいけないし、矛盾を孕むからこそ人間らしいとも言える。
しかし時代の目撃者として厳しい時代にドイツに留まったという部分の主義主張には矛盾がなかった。
本人の死後、第三者の立場で記されたものだからこそわかる事もある。
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