花日和 Hana-biyori

汚職警官の末路『ダ・フォース』

翻訳ミステリー大賞ジンシケートで連載されているライター、♪aikiraさんが主催する読書会に行ってきました。

お題の本は『ダ・フォース』ドン・ウィンズロウ:著/田口俊樹:訳/ハーパーBooks(ハーパーコリンズ・ジャパン)

上下巻で1000ページ近い、字もぎっしりの長編です。上巻は説明的な内容で、主人公の悪徳警官ぶりに共感もできず、けっこう読むのに苦労しました。下巻からは読みやすくなり面白く、概ね一気読み。読書会では、主人公のマローンが転落していく様を楽しむものだとの意見が出ていましたが、なるほど全方位的に追い詰められる濃厚かつ重厚なストーリーでした。

(ほぼ本の感想のみ↓読書会のことはまた別途)
ニューヨーク市警、マンハッタン・ノース特捜部「ダ・フォース」の部長、デニス・ジョン・マローンが主人公。ニューヨークといっても北部の低所得者層の公営住宅がある地域で、黒人やらヒスパニックやらのマフィアが半ば公然と麻薬を売り、お世辞にも治安が良いとは言えない街です。この街を「俺が守る」「俺の街」「俺の王国」「王は俺」というプライドを持って警官をやっているのが主人公のマローンなんですね。

“安全にはどんなコストがかかるのか、人々は知らない。知らない方がいいからだ”
という一文が印象的でした。現場の警察官がいかに身の危険と隣り合わせで職務を遂行しているか、ということに思い至させる一文ですね。読書会では、作者が「大きな組織の腐敗を糾弾しつつ、現場の警官に敬意を払っている」という話が出ました。巻頭には、この本の執筆中に殉職した警官の名前をおびただしく並べ、こういう犠牲の上に安全や平和は成り立っていると、人々に突き付けています。

とはいえ、主人公マローンは、現場に置き去りになっていた金を横領しチームの仲間と山分けしたり、娼館に目をかけてやる代わりに賄賂を受け取ったり(自分から取りにはいっていないと言い訳)と、お行儀はよくないほうの刑事です。

“そこで一線を超えてしまったのだ。が、一線などというものは何本もあることをそのときはまだ知らなかった”

という言葉が示す通り、最初はさほど誰も傷つかないことだったものが、やがて法曹界との癒着、マフィアのボスに自ら制裁、押収したヘロインの横流しなど、どんどん「次の一線」を踏み越えていきます。それが、当然ですがやがて彼の首を絞めることになり、追い込まれていくのです。その「堕ちっぷり」がまあ見事。

ただ単に悪事が暴かれるだけではなく、大事な仲間を守ろうとして結局裏切者になるというプライドの崩壊があり、見ていて気の毒になるほどです。「事件のとき一番凄惨な場面を見るのは、最初に現場に急行する警察官」という過酷なストレスも描かれ、清廉潔白ではやっていられない現実も分かる気がしてきます。

私がとくに身につまされたのが、命がけの仕事なのに時給にすれば「30ドル」、「子どもを大学に行かせる費用」、「俺には住宅ローンがあった」など、子どもを大学に入れなきゃというプレッシャーは全世界共通か…と。それに、王様・ヒーローでありたいと思っている人なので、もちろん自分なりの正義を持っています。例えば子どもが虐待されたり殺されたりしたとき、狂犬的な勢いで加害者を追い詰めるのは、もはや性癖。

そんな諸々が、マローンを単なる汚職刑事としてよりも、自分の大事なものを必死になって守ろうとした愚かな男という印象を抱かせ、憎み切れないものを感じました。これが哀切、というやつでしょうか。
名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「読書」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事