浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

スクールグッヅの利権

2022-04-08 08:05:34 | 社会

制服が入学式までに納められなかったとして大騒動になった。制服なんかあるからだ。

まず私は、制服を廃止すべきだと思う。私は高校生の時、制服廃止の運動を行った。その頃、アンケートを行って、東京、長野、北海道などでは制服がないところがありうらやましいと思ったことがあった。最近は、やっと制服を廃止する動きが出て来ているようだが、長い間、子どもたちの制服が好きという時代が続いていた。制服は、コンフォーミズムの典型的なものだと思う。くだらない校則があるのも、制服があるからではないかと思う。

学校は生徒たちを同一化するために、何でもかんでも生徒たちに同じものを買わせる。体操服、バッグ、靴など・・・それらはスクールグッヅとして、一般的な価格と異なり高額である。学校の指定店になれば、それらスクールグッヅとして業者には大きな儲けになる。

私が住む地域の中学生は、ジャージで登下校する者もいる。部活動を推奨しているからだ。

姿形も管理され、長時間の部活動により、時間も管理される。そういう時期を通り過ぎた者は、「みんな一緒」に慣れ親しみ、自分自身を「出す」ことができなくなる。

私は、「出る杭は打たれる」ということわざに抗って、「出過ぎた杭は打たれない」というモットーで生きてきた。

日本の民主主義が脆弱なのも、学校で「自由」が認められていないからだと思う。

 

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