昨日、私が以前このブログに書いた「紡績会社のこと」にコメントが投稿された。それは、浜松市が昔制作した映画があったということを知らせてくれたものだ。感謝して、このことにも触れたい。
この映画を見ていて、浜松市の産業として、ピアノなど楽器産業、織物など繊維産業、そして「オートバイなどの軽自動車」が紹介されていた。オートバイって、「軽自動車」なの?という疑問があるが、確かにホンダやスズキ、そしてその他多くの小さなメーカーがあり、オートバイ製造にしのぎを削っていた。
さて、この映画は、東北地方から浜松の繊維産業に働きに来た女性が主人公である。東北地方から若年女子労働者が浜松とその周辺の繊維産業に働きに来るという事例は戦前からあり、彼女たちは「奥州っ子」と呼ばれていた。ある程度働いたら帰郷する人もいたが、多くはこの地方で結婚して住み着いた。
戦前の新聞、たとえば『静岡民友新聞』をみると、低賃金で過酷な労働に耐えかねた若い女性が逃亡したというニュースがたくさん記されている。浜松周辺の織物業などの繊維産業は、なかなかひどい搾取をしていたのだ。
浜松にはこうした若年女子労働力が、全国各地から集められた。東北(秋田、岩手、福島など)や九州南部、さらには北海道、利尻島、九州の五島列島などから、「募集人」によって集められ集団で働きに来ていた。職場の環境は以前書いたので記さないが、こうした「募集人」は全国各地にいた。中学校や女子中学生がいる家庭を訪問して、いろいろなプレゼントを持って、さらには「支度金」みたいなものも与えていた。なにしろ、中学校を卒業する女性は、「金の卵」だったのだ。
この映画に登場する女性は、伊熊織布(今、そこはどうなっているのだろうか)に就職したようだ。伊熊織布はそうした若年女子労働力を雇用する会社のなかで面倒見がよい会社であった。小さなひどい会社もあった。食事は、食べるときには冷たくなっている弁当をあてがわれた会社もあるが、ここはそうではなかった。
全国各地から集まった少女たちは、ここ浜松で青春を過ごし、昼間定時制高校を卒業後、あちこちに散っていった。その少女たちは、どういう男性と結婚したかによって、その後の人生の明暗を分けているように思われる。
ふつうの高校生は全日制高校にかよい青春を過ごしていたが、彼女たちは早朝、深夜にわたる労働によりみずからの生活を支えながら学んだ。
だから私が幸せになってほしいと思うのは当たり前のことだ。
この映画を見ていて、浜松市の産業として、ピアノなど楽器産業、織物など繊維産業、そして「オートバイなどの軽自動車」が紹介されていた。オートバイって、「軽自動車」なの?という疑問があるが、確かにホンダやスズキ、そしてその他多くの小さなメーカーがあり、オートバイ製造にしのぎを削っていた。
さて、この映画は、東北地方から浜松の繊維産業に働きに来た女性が主人公である。東北地方から若年女子労働者が浜松とその周辺の繊維産業に働きに来るという事例は戦前からあり、彼女たちは「奥州っ子」と呼ばれていた。ある程度働いたら帰郷する人もいたが、多くはこの地方で結婚して住み着いた。
戦前の新聞、たとえば『静岡民友新聞』をみると、低賃金で過酷な労働に耐えかねた若い女性が逃亡したというニュースがたくさん記されている。浜松周辺の織物業などの繊維産業は、なかなかひどい搾取をしていたのだ。
浜松にはこうした若年女子労働力が、全国各地から集められた。東北(秋田、岩手、福島など)や九州南部、さらには北海道、利尻島、九州の五島列島などから、「募集人」によって集められ集団で働きに来ていた。職場の環境は以前書いたので記さないが、こうした「募集人」は全国各地にいた。中学校や女子中学生がいる家庭を訪問して、いろいろなプレゼントを持って、さらには「支度金」みたいなものも与えていた。なにしろ、中学校を卒業する女性は、「金の卵」だったのだ。
この映画に登場する女性は、伊熊織布(今、そこはどうなっているのだろうか)に就職したようだ。伊熊織布はそうした若年女子労働力を雇用する会社のなかで面倒見がよい会社であった。小さなひどい会社もあった。食事は、食べるときには冷たくなっている弁当をあてがわれた会社もあるが、ここはそうではなかった。
全国各地から集まった少女たちは、ここ浜松で青春を過ごし、昼間定時制高校を卒業後、あちこちに散っていった。その少女たちは、どういう男性と結婚したかによって、その後の人生の明暗を分けているように思われる。
ふつうの高校生は全日制高校にかよい青春を過ごしていたが、彼女たちは早朝、深夜にわたる労働によりみずからの生活を支えながら学んだ。
だから私が幸せになってほしいと思うのは当たり前のことだ。

