虎尾の会

幕末の草莽の志士清河八郎の会の名を盗用しています。主人は猫の尾も踏めません。

「ぶった斬ってみろ」 海音寺潮五郎

2008-09-22 | 読書
海音寺潮五郎のこの逸話は知っていたのだが、だれが言った話かわかったので書く。
海音寺潮五郎全集第17巻(武将列伝下)の月報に書かれてあった。
書いた人は井伏鱒二だった。
昭和16年11月、海音寺や井伏ら作家や新聞記者、文化人など約120人がが陸軍徴用で大阪の兵舎に入隊。徴用者心得には、軍刀を持参せよと書いてあったそうで、そのとき、海音寺は、普段着の背中に朱鞘の大刀を佐々木小次郎のように真田紐でぶらさげて現れたそうだ。入隊式のとき、指揮官の訓示が生意気だったらしい。話はこうだ。一部、引用する。

「指揮官の訓示が強引すぎた。宣誓式がすむと壇上に出て、いきなり居丈高にこう云った。「お前たちの生命は、今からこの俺が預かった。ぐずぐず云う者はぶった斬るぞ・・・」すると、徴員たちの誰か一人が、「ぶった斬ってみろ」と大きな声で云った。一同騒然となった。途端に卒倒して医務室に担ぎ込まれる者がいた。「ぶった斬ってみろ」と云ったのは海音寺潮五郎であった。当時、軍人に向かって、しかも自分の直属指揮官に向かって、そんな発言をするのは容易な覚悟ではない。背中の日本刀がそれを発言させたわけでもあるまいが、常識では考えられぬことである。海音寺さんは、戦地に着いてからもずっとそんな態度を崩さなかった。朱鞘の大刀も相変わらず背中にぶら下げていた。自分で納得がいかないと梃子でも動かない人に見えた」

こういう作家は今、いないよなあ。