山のあなたの空遠く、パンパン音のするという……独り寂しく窯詰めをしていた昨日、イノシシ猟と思われる発砲音が聞こえてきます。解禁日を迎えたとばかり思っていたところ、本焼きを始めた今朝になってすごいニュースが飛び込んできました。
「村のみなさま、お早うございます」
昨日発砲音の聞こえた村の拡声器から、村内放送が聞こえてきます。
「本日は、恒例となりました芋煮会を催します」
どうやら、その村の損長さんとおぼしき方の告知です。
「今回の芋煮は、イノシシ味をきかせて美味しく仕上げます」
ほぅ、視点を変えればボタン鍋ですか!
「みなさまの畑の芋や蜜柑を食べて丸々と肥えたイノシシです。是非とも食べてやって下さい。繰り返します。みなさまの畑の芋やミカンを……」
最後の決め台詞にすっかりほだされ、イノシシ食わずんば精を得ず! ああしかし、火を点けた窯の前を離れることはできんのだ。
独り悶々と窯焚きをするうち、「窯の番をしておいてやるから食べてこい」と先輩が来ておっしゃる。しかし先輩を差し置いて自分だけ食えるわけがない。お気持ちだけいただき、ボタン鍋は諦めました。
やがて昼時となり、用意していたパンを食うべきか、いや、誰か芋煮会に誘ってくれるかも、だけど窯を放ったらかして……。
コーヒーとパンを前にためらっているところへ、「窯は主人に任せて、芋煮会に行きましょう」とのお誘いが、やったー!
「これは、イノシシと言われないと分からんよ。臭みもなくて美味しい。昨日撃ったやつですか」
ボタン鍋というより、非常に上品な豚汁をいただきながら聞きましたら、「解禁日は来月じゃろ、冷凍しておいた肉よ」
解禁日はまだのようでしたが、狩猟許可さえ更新していれば通年で撃てるんだそうです。
ミカン猪(しし)をいただきながら、「シトラス・猪、シトラ・シシ、シトラッシー!」
もはや猪なのか虎なのか分からない、実にいかがわしいネーミングがよぎったのは、窯焚きが失敗だという事実からの逃避と気がつきました。実に愚かなミスをやらかしていたのですが、猪に掬われた思いの神無月です。