らんかみち

童話から老話まで

ギャル語も勉強すべきか

2009年01月05日 | 社会
 今朝の朝日新聞は声欄に、正しい言葉を伝えよう、という主張がありました。日本語が正しく伝わっていないのではないか。例えば、アメリカ合衆国は本来ならアメリカ合州国と表記すべきだとか、燃費は燃比と書くべきではないか、といった事例を挙げてました。なるほど、ぼくなんかアメリカは「民衆」主義の国だからと、深く考えたことがなかったので驚きました。
 
 また、バスのアナウンスなどで、「カードを触れてください」というのも変だと主張します。ごもっとも、確かに変に聞こえます。だからといって、気功じゃあるまいし、「かざしてください」では機械が読み取らず、「当てて下さい」というとカードの角を当てる人がいるかもしれない。「触れさせてください」というべきでしょうが、それは「さわらせてくれ」とも聞こえるので、「ら」抜き言葉のように「させ」抜き言葉にしたのでしょうか。
 
 そもそも「ら」抜き言葉は若者の使い始めた表現なのに、若者におもねて道路看板を「次のインターで出れます」と表記するのは我々の世代でしょう。「触れてください」にゴーサインを出したのもそうじゃないでしょうか。
  
 言葉が時代とともに変遷するのは理解できます。しかしだからといって、ギャル語を取り上げてもてはやすメディアもどうしたもんか。
 本来なら古い世代が、「今どきの若い者の言葉は……」と、苦言を呈してしかるべきところを、我々の世代が率先してギャル語を習得し、まるで言葉の進化を目の当たりにしているかの気分に浸ってはいないでしょうか。
  
 ユナイテッド・ステイツを直訳すれば合州国とすべきところを、わざわざ衆の字を当てて「アメリカは民主主義の国である」ことを表し、燃比と訳すべきなのに費の字を当て、「単なる比率のことではなく、効率のことだよ」と教えてくれるセンス。
 こういった先人の創意工夫に我々が光を当て、考えることによってはじめて正しく日本語を伝えられるのだと思います。ギャル語を研究するのは次の、そのまた次の世代に任せておきましょう。


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