白龍のオウム・アーレフで過ごした日々

オウム・アーレフと新団体「ひかりの輪」について考える。

尊師のシャクティーパット

2006-09-27 00:59:09 | Weblog
 当時、オウムでは、地方の信徒対象に、通信プログラムというものがあった。どういうものかというと、自宅で3時間修行したら、シャクティーパット単位取得用紙に、ハンコを1つつけることが出来、規定の単位が貯まると、シャクティーパットを受ける資格を取得出来るというものであった。私も、シャクティーパットを目指して、修行に励んだ。しかし、3時間修行するというのは、入信して間もない者には、なかなか大変な作業だった。
 
 そのうち、尊師のシャクティーパットが、今回で打ち切りになることが分かった。絶対に受けたかったので、頑張ったが、3時間びっちり修行するのはなかなか大変で、1時間位で嫌になることもあった。それでも、シャクティーパットが受けたかったので、少々誤魔化して、ハンコを押してしまったこともあった。(懺悔)

 そんなこんなで、何とか単位を貯めて、シャクティーパットの申し込みを行った。
申し込みは無事受理され、シャクティーパットの日程が知らされてきた。ついに、シャクティーパットを、受けることが出来るという期待に胸が踊った。クンダリニーが覚醒した後、私にどんな世界が開けてくるのか、想像するだけで楽しかった。「生死を越える」や「イニシエーション」の体験談にあるような体験が、自分にも待っているのだと思うとわくわくしてきた。

 シャクティーパット当日、そんな期待に胸を膨らませながら、電車に乗り東京に向かった。6時間くらいかけて、世田谷の本部道場に到着した。シャクティーパットを行う場所は、道場ではなく、近くのマンションの一室であった。すでに、信徒さんが、何人かいて順番を待っていた。私も、どきどきしながら順番を待った。尊師に、単位を誤魔化したことや、日頃の煩悩的な生活を、全部見透かされるんじゃないかと不安になった。
 
 期待と不安が入り混じった状態で、2,30分待っただろうか、自分の番がやってきた。ドアを開けて部屋に入ると、本で見た麻原彰晃尊師がいらっしゃった。じっくり見ている暇はなかった。ケイマ大師が、補佐していたのかな?女の人に、横になるように言われ、仰向けに寝て、目を閉じた。すぐに、額のところに、クリームのようなものが塗られ、そこに指があてがわれた。親指で、最初はゆっくり回していたが、しだいに早く回すようになった。ぐるぐる回された指の感触は気持ちよかったが、特別何も起きない。一生懸命指を回している尊師に、修行単位誤魔化して申し訳なかったなあという気がしていた。
 
 10分か15分位続いただろうか、「はい、終了です。」と言われた。「あれっ、終わりなの。」と言う感じであった。尊師は、フーという感じで、シャクティーパットを終った。この後、尊師が言ったのか、別の大師が言ったのか、今となっては定かではないが、「細いですが、クンダリニーの道筋はつきましたからね。」と言われた。何も劇的な体験は無かったが、クンダリニーの道筋がついたと言われたことがうれしかった。

 道筋さえつけば、後は修行によって、クンダリニーの本覚醒が起こるだろうと思っていたので、とりあえず今日のところは、これでよしとしようと自分で慰めた。自分が煩悩的で、修行を怠った事が、体験をしない原因なのだろうと考えた。

 しばらく後になって、尊師のシャクティーパットについて、こんな話が流れてきた。どういう話かというと、シャクティーパットの最初の頃は、霊的な体験をさせることに重きが置かれていて、アストラル世界に働きかけるものだった。最後の頃になると、コーザルにダイレクトに、尊師の菩薩のデータを植えつけるシャクティーパットになったため、体験しづらくなったと言うのである。おそらく、シャクティーパットで体験をした人が、少なかったのではなかったかと推測される。信徒から、文句が出ないように、以前のものより高度なシャクティーパットであったかのように、言ったのではないだろうか。菩薩の種子を植えつけたなどと言われると、単純に喜んでしまう体質が、オウムの信徒にはあると思う。

 しかしながら、私は、この後、ケイマ正悟師、ヤソーダラー正悟師、マイトレーヤ正悟師のシャクティーパットを受けたが、4回とも何ら劇的な経験は無かった。
ヤソーダラー正悟師には、何を言われたか覚えていないが、ケイマ正悟師には、「怒りを無くすよう努力しましょう。」と言われた。マイトレーヤ正悟師には、「嘘」と言われた。「俺は、そんなに嘘をついていたかなあ?」確かに、現世で生きていると、嘘が多くなるけどね。

 これら、シャクティーパットに関する、一連の出来事について、私の意見をここで書き込むことは止めておく。私には、これといった体験はなかったが、他の信徒さんの中には、劇的な体験をした人もいたので、ここでは、私に起こった事実だけを、書き込むようにしたい。
 今後の、書き込みのスタイルも、出来るだけ当時の、状況を忠実に表現出来るように努力していきたいと考えている。したがって、教祖のことを、尊師と言ったり、当時のステージで、成就者を呼んだりするが、その点に関する突っ込みは、ご勘弁願いたい。


3 コメント

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旧オウムについて (けん)
2011-07-15 21:24:55
私は精神世界が好きです。正確には「好きでした」かな。今は本も全部売って卒業しましたから。
今から何年前だったか、精神世界専門誌「TZ」がまだあった頃、旧オウム真理教の大阪支部に何回か足を運んだ事があります。
上祐さんにも一度お会いしました。昼食後でげっぷしながら話していたのを覚えています。髪の毛もぼさぼさでした。
後、生前の浜口忠仁さんにも二回お会いしました。「ムー」の、サークルの会員募集を見て、あるサークルに参加した所浜口さんがいました。
大阪支部は、いつも人でごった返していましたね。ヒヒイロカネを、信徒さんに配っていたのも覚えています。
その後、結局入信せずに今日まで来ましたが。精神世界自体も、最近卒業しました。
タロット中心に、西洋オカルトを研究しよう!と、魔術等の洋書と和書やタロットカードを買い漁っていましたが、四年ほど体調が悪く頭がぼーっとして本が読めません。
いつか読もうと思い、本を買うばかりで一向に読めるようにならないのと、精神世界特有の雰囲気がいやでやめました。
本とカードは専門古書店に売りました。結局、ちょっと勉強しただけですね。
旧オウム真理教は、入信する動機等共鳴する部分はありますが、私には合わない要素もありました。
しかし、オウム真理教がこんな事になるとは、夢にも思っていませんでした。浜口さんも亡くなりましたからね。
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追記 (けん)
2011-07-16 00:58:59
続きを。亡くなった方をこう言うのは失礼かもしれませんし、オウムの殺人を肯定する意図もありませんが。
私が浜口さんに、二回お会いした印象で感じたのは、「精神的にちょっと病的だな…」と言うものでした。
実際、重症のアスペルガーかも知れないと思っています。精神的に明らかに病的でした。
オウムの犯罪は別にして、今の私にも解脱願望はあります。しかし、五十人以上霊能者を見たり、本山さんの所の人達を見て、精神世界を見尽くして、明らかに精神世界に限界と、うそしか書いていない事、うそしか言っていない事等も分かりましたし、占いなんかプロ歴三十年の大ベテランに占ってもらい、ほぼ全て外れていましたしね。
占い師なんか、はっきり言って本一冊で出来るアホみたいな仕事ですよ。だから卒業しました。
違う趣味を見つけましたが、体調が悪くてなかなか取り組めませんね。いつになれば治るやら。
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けんさんへ (白龍)
2011-07-18 01:09:47
 けんさんはじめまして。
 久しぶりにブログに書き込みがあったのでびっくり。^^
 以前大阪支部に行ったことがあるとか・・。浜口さんてVXガスで亡くなった方ですか?
事件に関してあまり詳しくなくてすみませんが、いまいちどういう方か、なぜ殺されたのかよく分からないです。
 精神世界とか神秘世界に対する興味関心は、誰でも少なからず持っていると思われます。しかし、そこから宗教に入るには、本来大きな壁があるはずなのですが、オウムへの壁はヨーガというクッションがあったため比較的容易に乗り越えてしまった観があります。

>今の私にも解脱願望はあります。しかし、五十人以上霊能者を見たり、本山さんの所の人達を見て、精神世界を見尽くして、明らかに精神世界に限界と、うそしか書いていない事、うそしか言っていない事等も分かりましたし、占いなんかプロ歴三十年の大ベテランに占ってもらい、ほぼ全て外れていましたしね。

 解脱の願望は私にもあります。しかし、その世界はすでにあこがれプラス疑念の世界になってしまいました。
 もしそのような道を指し示すものが現れても、近づかないかもしれません。オウムでの経験は良い教訓になりました。

>違う趣味を見つけましたが、体調が悪くてなかなか取り組めませんね。いつになれば治るやら。

 新しい趣味を見つけられたのは良かったですね。お体の調子が一日も早く良くなられることをお祈りしております。
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