松岩寺伝道掲示板から 今月のことば(blog版)

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春の枝に花あり/夏の枝に葉あり/秋の枝に果あり/冬の枝に慰めあり 内村鑑三

2019-03-01 | インポート

撮影 千田完治

今朝のことでした。鐘をつきながら、境内の欅の木をみてきづきました。葉がすべて落ちているのです。なんて、書くと、「カエデもイチョウも欅の葉も、秋に落ちて冬が始まるころには、まる裸になるのでは。三月に葉がないのはあたりまえ」
 そんなふうに思うのは、自然と会話をしていない、無粋ものの発想です。確かに、冬が始まる頃にほとんどの葉は落ちます。でも、何十枚かは落ちずに年を越してお正月を迎えます。そこまで残った何枚かはねばりつよい。雪が降ってもおちません。多くの読者がいうでしょう。
「温暖化の影響ではないか」
 私も同じように思って、出入りの植木屋に尋ねました。科学的な根拠はないかもしれないけれど、現実と向き合っていることばには説得力があります。
「春先に新しい芽を出す支度ができたから、古い葉を押し出すんだよ。全部が落ちたのは終わりではなくて、始まりってことさ。和尚さん、そんなことも知らなかったのー」
 脚に藍色の脚半をまいて、同じ色の地下足袋をはいた職人と同じことばを詩にしたのが、無教会主義キリスト者・内村鑑三(1861~1930)です。
今月のことばに掲げたのは、「寒中の木の芽」と題した詩の冒頭です。でも、作者がほんとうに言いたいのは、四連からなる詩の真ん中の二つなのではないでしょうか。というわけで、全文を紹介します。インターネット上に公開されている「青空文庫」からコピー&ペーストしました。


寒中の木の芽

一、春の枝に花あり
  夏の枝に葉あり
  秋の枝に果あり
  冬の枝に慰(なぐさめ)あり

二、花散りて後に
  葉落ちて後に
  果失せて後に
  芽は枝に顕(あら)はる

三、嗚呼(ああ)憂に沈むものよ
  嗚呼不幸をかこつものよ
  嗚呼冀望(きぼう)の失せしものよ
  春陽の期近し

四、春の枝に花あり
  夏の枝に葉あり
  秋の枝に果あり
  冬の枝に慰あり


底本:「内村鑑三全集3 1894-1896」岩波書店
    1982(昭和57)年12月20日発行
底本の親本:「国民之友」284号、署名(内村鑑三)
    1896(明治29)年2月22日発行 

「散って」「落ちて」「失せて」はじめて芽がでて、「沈んで」「希望も失せない」と、春陽は遠いのです。そんな励ましのことばを弥生三月のことばとしました 。

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