今だから…昭和さ ある男のぼやき

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市丸[この歌に-三味線ブギウギ その1]

2006-11-26 00:12:59 | 我が愛しの芸者歌手たち

かつて読売新聞に[この歌に]というコーナーがありました。
今回ご紹介するのは、91年7月に掲載された市丸姐さんのモノです。
抜粋してお届け致します。

(中略)
昭和六年、『花嫁東京』でビクターからデビューし、『天竜下れば』が大ヒット、うぐいす芸者として、粋筋はもちろん、歌謡界の人気を集めた市丸さんが、戦後、『三味線ブギウギ』を歌って世間をあっといわせた。昭和二十三年十二月だった。
それまでの市丸さんの歌う歌といえば、純粋の日本調。丸髷姿だから「首を動かしてもダメ」といわれ、いつも不動の姿勢でしか歌っていなかった。
「ちょうど笠置シヅ子さんの東京ブギウギがはやっていて、一度でいいからからだを動かして歌ってみたいと思っていたところに、服部良一先生が曲を書いてくだすったんです」
自分でそう願ってはいたものの、市丸さんにとっては、大変な挑戦だった。裏面もまた、初めて歌う『雪のブルース』。
「そりゃ一生懸命でした。何回も何回も練習して、やっと吹き込みが終った翌日からは、熱を出して寝込んでしまいましたよ」と言う。

市丸さんのイメージをがらりと変えた仕掛け人の服部良一さんは、「市丸さんはきれいだし、リズムに強いから、モダン芸者として当たるだろうと、自身を持ってつくったんです。なにもかも初めてづくしなのに、市丸さんは頑張りましたよ。予想通りヒットしましたが、あとで、中山晋平先生が、時代が時代だからといって、市丸にあんな歌を歌わせることはないじゃないか、と怒っていたそうです」と、当時のことをなつかしむ。

ステージ姿も派手だった。ブギウギだから、笠置シヅ子さんほどではないが、日本髪姿に着物のすそを持ち上げ、踊りながら歌う。
「劇場が変わるたびに、振り付けの先生も変わるから、覚えるのに大変でした。十教わって全部動くと、かんじんの歌詞がおろそかになるもんですから、ごめんなさい、といって少し動きをはぶいたりしたもんです」
昭和二十五年四月、古賀政男さんらとともにハワイ、ロサンゼルスを巡業した時、『三味線ブギウギ』は大喝采で迎えられ、テレビにも日本の芸能人としては初めて出演したほどだ。


(明日へ続く)

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