今だから…昭和さ ある男のぼやき

主に昭和の流行歌のことについてぼやくブログです。時折映画/書籍にも触れます。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

日本、シャンソン歌手第一号・高英男(コウ・ヒデオ)

2007-02-01 23:55:34 | 高英男

以前、何度が触れようとしつつも、ちゃんと触れないで来たのが高英男さん。
もう、「雪の降る町を」がしっくりくる季節、ここらでネットには殆ど情報が無い高さんをビシッと取り上げてみたいと思います。

昭和52年頃
高英男(1918~)
本名:吉田英男
大正七年十月九日、樺太(サハリン)生まれ。
八人兄弟の末っ子。
生後すぐ、母方の伯母の嫁ぎ先へ戸籍上だけ養子に。
高は実家の姓。名字から誤解されそうであるが正真正銘日本人である。
実家・養家は共に製紙工場を経営していた。
十一歳のとき、勉学のために単身東京へ出される。
下谷の従弟のもとに身を寄せる。
吉田の家が、浅草でも知られた顔だったため、映画・舞台を自由に見て回れた。
本人曰く
「《樺太の自然児》として育った子供が、急に人と人の関係が複雑な芸能界のウラみたいなトコで過ごすようになっちゃったんだから、こりゃあ変な男が出来ないはずがないですよ(笑)」
中学は独協中学へ。4年先輩には灰田勝彦がいる。
中学一年のとき、兄が買ってきたレコード「カルメン」を聴き、歌に興味を持ち始める。
中学卒業後、武蔵野音楽学校へ進学。同級に木下忠司、大谷冽子(きよこ)がいる。
入学後、先輩の紹介で、ディナ・ノタルジャコモ女史にベルカント唱法を習う。
昭和十一年、初舞台。ソロで3曲歌う。
またその頃、コーラスグループ「コーロエーコー」に入団。最年少団員だった。
余談だが最年長は東海林太郎。
武蔵野入学後、一年強で日本大学へ転学。
当時既に歌で稼いでいたため、学校側がうるさく言ってきていたのと、徴兵を遅らせるため、当時殆ど無い音楽科がある日大へ移ったというのが真相である。
日大では、学生仲間でタンゴのバンドを結成し、ボーカルを担当。
日大の後輩には、西村晃、三木のり平、小林桂樹などがいる。
昭和十七年、日大卒業。
即、徴兵。大学出なので幹部候補生ということで少尉になるも、肺結核に罹り、即除隊。療養の傍ら、慰問に参加。
終戦後は、進駐軍で、ビング・クロスビーの歌を歌った。
昭和20年暮れにNHKの出演テストに合格、翌年よりNHK音楽番組に引っ張りだこ状態で出演。その頃、NHKで三浦環の最期の録音に偶然立ち会う。また、山口淑子とも競演。
また、その頃から中原淳一に目をかけられるようになり、舞台からも声がかかるようになった。
昭和二十四年、中原淳一プロデュースで初の独唱会開催。
昭和二十五年、舞台劇「ファニー」に出演。
昭和二十六年、フランス・巴里へ留学。ソルボンヌ大学に学ぶ。
昭和二十七年、帰国。帰朝リサイタルでは、フランスから持ち帰った『愛の讃歌』『ロマンス』『詩人の魂』などを日本人では初めて披露する。
また、このときの中原淳一の発案で、日本人のシャンソン歌手第一号となる。
昭和二十八年、キングレコードから『枯葉/ロマンス』でレコードデビュー。
またこの年、作曲家の中田喜直からの指名で『雪の降る町を』を吹き込む。
その後も『詩人の魂』『セ・シ・ボン』『パダム・パダム』など、シャンソンを次々吹き込む一方、日劇等の舞台にも多く出演する。日劇は昭和五十六年の閉館まで、トップスター扱いで活躍する。
昭和三十三年、再びパリへ。その後昭和四十八年頃まではパリと日本を行き来しながら、どちらでも仕事をする。
パリではジョセフ・コスマやダミアなどとも親交を結ぶ。
昭和四十九年からは五年連続で帝劇公演。
昭和五十二年から六十一年まで日本歌手協会理事を勤める。
昭和五十七年、国立劇場でポピュラー歌手としては初のワンマンショウ開催。
昭和六十年、六十三年と心臓疾患で倒れるも回復。
またこの頃から平成五年頃まで、淡谷のり子とジョイントショーを度々開催。
平成元年、紫綬褒章受賞。
平成三年、日本シャンソン協会設立時には淡谷のり子と共に名誉顧問就任。
平成四年、フランス文化勲章シュバリエ章受章。
平成七年、勲四等旭日小授章受賞。
平成八年、歌手生活六十周年記念リサイタル開催。
平成九年に、自律神経失調症で一時意識不明になり入院もすぐ回復し、復帰。
平成十八年の現在も、舞台に立ち続けている現役歌手である。
映画「やくざ刑罰史 私刑!」より
俳優としての映画出演も多数あり、特に「吸血鬼ゴケミドロ」での殺人スナイパー役は海外でもファンが多い。
また、宝塚ばりのメイクと派手な舞台衣装でも有名。
好きな言葉は「色・艶・香」である。


非常に読みにくいですが、これが高英男さんの略歴であります。
映画出演については、ココを御覧下さい。

高さんですが、CDは2003年にキングから発売されています。
シャンソン協会主催のパリ祭や、三越劇場で年二回開催されるポピュラー・ハイライトには毎回必ず出演されています。
年齢相応の、年輪を重ねた、「うたはこころ」を地で行く歌を聴かせてくれます。
先月末に、ステージを見に行きましたが、思わず姿勢を正してしまいました。

そもそも、レコード吹き込み数自体非常に少ないので、なかなか手持ち音源が増えないのが悩みですが、何とか集めた中から、いくつか紹介したいと思います。

雪の降る町を
『雪の降る街を』『雪の降るまちを』『雪のふるまちを』…様々な表記があるが、どれでも構わないらしい。高さん自身は、哀愁がある・詩的イメージが沸くことから『雪の降る街を』という表記が気に入っているとか。
ラジオ放送「えり子とともに」で生まれた1曲。
フランスでの熱唱
ダークダックスなども持ち歌にしていて、学校教科書にも載った名曲中の名曲。
高さんは何と11回レコーディング、業界最多記録らしいです。

セ・シ・ボン C'est si bon
フランスの有名なシャンソンで、1947年作曲。
イヴ・モンタン、アーサー・キッド、ルイ・アームストロング(サッチモ)などが持ち歌に。
日本では、宝とも子、越路吹雪、岸洋子、芦野宏、江利チエミなども持ち歌に。
高ヴァージョンの艶っぽさは、群を抜いています。
岸、チエミといった女性歌手よりも、艶っぽさは上。
日本の歌手では独壇場と言っちゃっても良いかも。
今をときめく永六輔と。男オバサン対談
♪セ~シボ~~ン 抱きしめてる~~~~

幸福(しあわせ)を売る男 Le Marchand de Bonheur
1961年に、仏コーラスグループのシャンソンの友が歌いヒット。
カリプソのリズムの入った軽快な曲。
日本では越路吹雪、芦野宏なども持ち歌にしてますが、個人的には高さんがおススメ。
狂気を売る男という気も
93年・99年にキングから発売された全曲集に収録されているライブ録音は、音質的にはあまり良くない(MDウォークマン+マイクを使って録音した感じ)ものの、華やかさ・軽快さ・クレイジーさが、半端じゃ無くある素晴らしいモノ。さすがは舞台芸人と自称するだけあります。

パダム・パダム Padam Padam
エディット・ピアフが1951年に発表した曲。
日本では、二葉あき子が有名。淡谷のり子、岸洋子も歌っている。
高さんは中原淳一の名訳で、ピアフに優るとも劣らぬ、名唱を披露。
日劇での一枚
♪パダム パダム パダム~そら聞こえるだろう~
    パダム パダム パダム~ふたつの足音~
       パダ~~~ム(絶叫) パダム パダム あやなしてひびくよ
         疲れた足音と希望の~~~あし~~~おとが~~~~~~~
             ア~~~~~~~~

狂人と化しつつある人の心の揺れ動きを完璧に歌いきっております。
93年・99年にキングから発売された全曲集に収録されている、昭和51年の帝国劇場リサイタル実況音源は、高英男ここにあり、と言うべき素晴らしい音源です。

ラ・ボエーム La bohome
シャルル・アズナヴールの大ヒット曲。
日本では美輪明宏による完璧な名唱が有名。
高さんの歌唱は、本家アズナブールよりにも勝るとも劣らぬ美輪版に比べれば、落ちるものの、充分すぎるほどの名唱。
淡谷のり子と
♪ラ~ボエ~ム ラ~ボエ~ム 遠き日は帰り来ず~~

ロマンス Romance
ジュリエット・グレコの持ち歌のシャンソン。
高さんのレコードデビュー曲で、名刺代わりの1曲。
中原淳一の格調高い訳詞も、相成って大ヒット。
先月末、ナマ歌を聴きましたが、実に心に沁みました。
マダム・リッツ他と
♪友よ聞きたまえ この愛の歌を 
   永久(とわ)の幸福(しあわせ)を奏でる歌を


落葉の巷(三人のスリの唄)
服部良一作曲の、三人のスリの複雑な心境を歌った1曲。
この曲を日劇で歌っているのを聞き、古賀政男が絶賛したそうです。
他にも高さんには「一人のスリの唄」(三木鶏郎作詞・作曲)など、スリ・シリーズというジャンルが存在するとか。
このスリ・モノを歌うときは、着流し姿で、先代水谷八重子・花柳章太郎から貰った金入れ・キセルを懐に歌うそうである。
爬虫類フェイス
♪ラッシュアワーの人ごみを スリが三人歩いてた~

白いねむり
中原淳一晩年の大傑作。
和製シャンソンとしても大変優れている作品で、二葉あき子お気に入りの1曲。
ぜひ、他の歌手にも歌い継いで欲しいですね。
作画・中原淳一
♪白い絵の具の筆で 胸の中塗りつぶし 
      真白い世界の中で 今夜だけ 今夜だけ 眠りたいのよ


小さなひなげしの花 Comme Un Petit Coquelicot
まさに高英男な一枚
シャンソンの友などが歌った哀しい1曲。
芦野宏、石井好子なども歌っています。
ひなげしの花=女の胸からの流血・・・
まさにシャンソンな世界。

枯葉 Les Feuilles Mortes (Autumn Leaves)
シャンソン・ジャズどちらでも知られている曲。
シャンソンだとイヴ・モンタン、ジャズだとナット・キング・コールが有名。
日本では高英男の専売特許です。
長い顔
♪枯葉よ~ 絶え間なく 枯葉よ 
   風に散る 落ち葉のごと 
    冷たい土に 落ち果てて 
      過ぎた日の 色褪せた恋の歌
        密かに 胸のうちに 淋しくも聞くよ

中原淳一の訳詞がまた格調高くてよろしい。
高さんがフランス留学時に声楽を習ったマダム・リッツの親友が、この曲の作曲者のジョセフ・コスマだったことから、親交を結ぶ。
時折、高さんのショウでは、コスマが高さんの紹介をした音源が流れることがある。

男と女 Un Homme Et Une Femme
魔物の宴 
♪き~こえルダバダ ダバダバダ~ 
で、ラジオ番組「コサキン」リスナーには御馴染みの1曲。
原曲はフランシス・レイ。
フレンチ・テイスト溢れるシャレたバージョンと、妖怪変化全開なヴァージョンの二つの録音が存在するが、CD化されているのは後者のみ。

他にもイロイロと歌ってますが、未CD化/未ソフト化の持ち歌が非常に多いのが残念。フランス語で歌い、大好評だったらしい『ソーラン節』『蘇州夜曲』、世界各国一周しキザな台詞まである『俺と波止場と夜の風』、シャンソンとして解釈し、出色の出来のカバー『誰もいない海』…一杯ソフト化して貰いたいモノはあります。
近影。ステージではまだまだド派手
高英男さんも歌手生活70年、追悼盤になる前に何とかネットからでも再評価の声を出したいものです。

追記
プロフィールは加筆/修正した上でWikipediaに投稿致しました。これで少しでも興味のある方のお役に立てれば幸いです。

ジャンル:
ウェブログ
コメント (26)   トラックバック (1)   この記事についてブログを書く
« スウィングの女王・池真理子 | トップ | 池真理子がフォルクローレで... »
最近の画像もっと見る

26 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
シャンソン歌手1号 高 英男 (odoriko)
2007-02-06 12:37:00
何と何と!高 英男のそのままの、的確な記事。に
楽しく拝読しました。昭和35年頃 NHKテレビでよく
出演されていましたので、私は、M・Kさんのファンでしたが、シャンソンも、その影響で、好きになり
沢山の、歌を、覚えて、「高 英男」「芦野 宏」
タンゴでは、「藤沢蘭子」生歌声、生演奏は、素晴らしくて大人ばかりの、観客のなかで、ボンゴのたたく音。もちろん、往復は、徒歩でした。
「高 英男」といえば、1月29日(月)衛星放送11
ビッグショー「古関祐而」のゲストで、30年前の映像
が、お若い「高 英男」懐かしかったです。
良い歌/良い歌い手 (函館のシト)
2007-02-06 23:47:33
高さん、芦野さん、藤沢嵐子さん、そして三浦さん。
こういう歌い手はすっかり姿を消しましたね。
この4人では嵐子さん以外は全員現役で歌ってらっしゃいますけどね、

高さんも三浦さんも年齢相応な歌声ですが、もう歌っているだけで国宝モノ。一日でも長く歌って頂きたいものですね。

>「高 英男」といえば、1月29日(月)衛星放送11
ビッグショー「古関祐而」のゲストで、30年前の映像
が、お若い「高 英男」懐かしかったです。

BSは観れないんですよ(^^ゞ
「ビックショー」先日の再放送は吉田正だったそうですね。三浦さんの円熟した美声が堪能できましたか?

ホント、(アンテナを立てられないので)観れないのが悔しいです。
高英男前!!! (pierrot le fou)
2007-05-28 05:27:55
初めまして!!実は先日NHK-FMの「ラジオ深夜便」の中での、『日本の歌、心の歌』コーナーの中の
邦人歌手シャンソン特集なる放送を聴いていた時、私の大好きなシャンソン、「セ・シ・ボン」が、強烈な色香と艶を放った歌い方で迫ってきたので、一体こんな邦人歌手が日本にもいたのかと、思わず歌手名をチェックした所、高英男さんだった事が判明し、高さんの事について、もっと知りたいと、ネットサーフィンを重ねた所、辿り着いたのがこのホームページでした!!
本当に詳しく調べていらっしゃって、高さんという歌い手は、唯歌が旨いという言葉だけではかたつ゛けられない、品性や艶を放つのは、きっと深い人生経験に裏付けられたものなのだろうという事を、垣間見たような気が致しました!!
こんなふうに、高さんの事について詳しくまとめてくださり、本当に本当に、どうも有り難うございます!!

近年、高さんも89歳という高齢の為に、シャンソン界からの引退をお考えになったようですが、出来ればもう一度で良いから、舞台で歌っている高さんを観たいと、心から思います!!
因みに私はセ・シ・ボンを高さんのような艶っぽさで
耳元で囁く様に歌う男性には、思わずその人と『結婚』したくなります・・・。(笑)
ぜひ…また (函館のシト)
2007-06-02 15:15:53
pierrot le fouさん
はじめまして、管理人/函館のシトです。
「セシボン」、良いですよね!
高さんのバージョンは屈指の名唱だと思います。

高さんの舞台は去年2度観ましたが、伝わってくるモノがケタ違いでした。
今年の2月の舞台で引退発言をなさったそうで(実はそれまでも何回かそういう発言をなさったことはあるそうですが)、今年の『パリ祭』(シャンソン歌手オールスター大会)もお出にならないようです。

…そう云わずにまたお出になって頂きたいと思います。

数多い持ち歌をビシッとまとめたCDが欲しいです。
現状ではかろうじてベスト盤が一枚ですからね。
私的録音等も駆使して出して頂きたいものです。
高さんで聴いてみたい歌は一杯あるので…
蔵出しビッグショー (今井正子)
2007-07-23 22:06:05
初めまして!。
今夜、NHK BS2で「高英男、枯葉ほか熱唱」を懐かしく拝見しました。お元気なのか知りたくて、此処にたどり着きました。今もなお歌われていられるのを知り詳しい情報有難うございました。戦後の私の少女時代、中原淳一さんの発行していた雑誌、ひまわり、ソレイユ等にも高さんはモデルでも出ていられました~~十代の美輪明宏さんも~~。CDをさがしてみたくなりました。
いらっしゃいませ! (函館のシト)
2007-07-24 02:26:52
管理人/函館のシトです、はじめまして。

>戦後の私の少女時代、中原淳一さんの発行していた雑誌、ひまわり、ソレイユ等にも高さんはモデルでも出ていられました~~十代の美輪明宏さんも~~

中原さんの理想の男性像だったようですね、高さんは。星の王子様(三遊亭円楽師匠ではなく)の愛称もあったとか…当時の舞台も華やかなモノだったのでしょうね。

高さんのCDは今ならばまだ手に入ると思います。
品切れ/廃盤⇒入手困難の可能性も充分あるので、
今のうちの購入をオススメします。
いつも素敵な高さん (北村 護)
2007-10-27 19:06:27
高さん、引退したとか聞きました。
3年ほど前、事務所にTELしてスタッフの佐々木さんとお話させていただきました。
大阪の厚生年金会館でパリ祭を開催してた頃は毎年出演されておられました。今では懐かしい思い出です。
もう、高さんの唄は聴けないのでしょうか。
まだ (函館のシト)
2007-10-29 12:56:20
北村さん
はじめまして、函館のシトでございます。

高さんですが、まだ歌っております。
最近では「るたんフェスティバル」というシャンソンのイベントにお出になりました。

11月末のポピュラーハイライト(三越劇場)にもお出になるとのこと。

年齢的に往年のイメージ通り…とはいきませんけども年輪を感じさせる歌をこれからも歌い続けて下さると思います。
函館のシトさんへ (北村護)
2007-12-02 23:30:26
先日、探し歩いてようやく、高さんのCDを入手しました。母と一緒に堪能致しました。惜しむらくは「愛の賛歌」が収録されておりませんでした。残念。
新風舎から出てる「高英男ワンマンショー 人生漂泊の途すがら」は興味深い一冊ですよ。日本芸能史異聞ともいうべき名著といっても宜しいかと思います。是非、一読なさってはいかがですか。
「愛の賛歌」は (函館のシト)
2007-12-03 23:02:41
北村さん
「愛の讃歌」は廃盤になってしまった99年/93年版のアルバムに収録されていて、現行のアルバムには未収録なんですよね。
コレ、何とかして頂きたいモノです。

高さん、先月29日の三越劇場「ポピュラーハイライト」の昼の部に出演なさっていましたが、大ベテランならではのステージでした。

「高英男ワンマンショウ」ですが、勿論持っております。読み応えのある本で、私の愛読書のひとつです。

コメントを投稿

高英男」カテゴリの最新記事

関連するみんなの記事

トラックバック

「男と女」はダバダバダ、11PM はシャバダバダ (トンデモない一行知識の世界 2 - 唐沢俊一のガセビアについて -)
「裏モノ日記」 2009年 05月 04日(月曜日) http://www.tobunken.com/diary/diary20090504131118.html シャンソン歌手・俳優の高英男、死去、90歳。 『枯葉』な...