Blog~続・トイレの雑記帳

鉄道画像メインの「ゆる鉄写真ブログ」のつもりでしたが、
政治社会の事共について記したくなり、現在に至ります。

皇族方は、何故学習院大を敬遠されたか

2018-01-16 20:49:30 | 国際・政治

明日1/17は、1995=平成7年に生じた 阪神・淡路大震災から23年。一時は、以前の勤務先都合により 約一年半世話になった神戸の地。数千超の犠牲各位のご冥福をお祈りすると共に、万を超える 被災の各位にも、改めてお見舞いを申したい。主な復興が果たされたとは言え、まだ途上の所もあると聞き、将来、同様の震災に見舞われる可能性消えない当地愛知も、この災禍から学ぶ所多いはずであり、これからも その事共とは謙虚かつ真摯に向き合いたく思う所です。

本題です。皇室の、秋篠宮ご一家の皇女姉妹 眞子・佳子の両内親王が、以前は 皇族方なら必ずと言って良い程の、学習院女子大をご卒業でないのは、少なくとも一部では話題になっている様だ。ご成婚の慶事めでたい 姉君の眞子様は、初めから学習院女子大進学を選ばれず、国際基督教大に進まれ、妹君の佳子様も、一度は学習院女子大に進まれるも中退、改めて、眞子様と同じ 国際基督教大に進まれている。ご姉妹がなぜ、学習院女子大を選ばれなかったのかの詳細は、憶測を慎むべきは理解しているが、少し前、学習院大及び同女子大の内情につき、気になる記事に接したので取り上げておきたい。

その気になる記事とは、学習院大及び同女子大の教授などの指導陣に、左派容共勢力の識者が複数進出し、学内の教育指導に、大きな影響力を振るう様になる事が、予め懸念されたからだとの主張が表された事についてである。先日の朝日新聞に、この事を裏付ける記事が見られた。 学習院女子大 某准教が載せた「私の視点」なる表題。以下、問題点を見て参りたい。

「修正主義の危険性~歴史教育で『悪意』封じよ」

ユダヤ人虐殺ホロコースト否定者のD・アービング氏と 闘った歴史家D・E・リップシュタット氏の裁判を題材とした映画「否定と肯定」が公開中だ。ホロコースト否定のように 史実を意図的に矮小化したり、一側面を誇張したりする行為は 歴史修正主義と呼ばれる。特定の民族や少数者マイノリティへの憎悪を煽る事が多く、差別言動ヘイト・スピーチの一種とみなされている。欧米では この裁判を機に害悪が広く認識され、特に 2000(平成12)年の判決後、社会が監視し、時に法規制で封じ込める体制が創られた。(註①)

修正主義は 欧米だけの問題ではない。日本でも程度の差こそあれ、歴史の矮小化を試みる言説が散見される。だが「南京事件はなかった」のような単純な史実否定(註②)を除けば、何を修正主義とみなすかの線引きは難しい。修正主義者が 特定の史料を無視したり拡大解釈した時、指摘できるのは専門家だけで、普通の人には判断できないためだ。修正主義の危険性は、まさにここにある。(註③) 一般的に確立した歴史理解に対し、あたかも議論に値する別の解釈が存在するかのように思わせることで、同じ土俵に這い上がる事が修正主義者の狙いだ。彼らは史実に反証できないため、発言に立証責任を負う意思はない。(註④) 意図的に「言いっ放し」をし、批判されると「個人的な見解」と言い逃れる。

それでも声高な主張は、人の心に「火のない所に煙は立たぬ」と認識の揺らぎを呼び起こし、人々は修正主義の主張にも 一定の真実があるかも知れないと考え始める。結果、有罪立証までは無罪という推定無罪の原則で、修正主義は 一つの「見解」の地位を手に入れる。一旦土俵に上がった悪意ある言説は増殖し、社会的な合意を切り崩してゆく。(註⑤) しかも日本の若い世代は、現代史教育がタブー視される中で育ち、深く学ぶ機会を与えられていない。政治的な意図はなくても、きちんとした歴史解釈に触れる機会が少ないため、むしろまっとうな歴史像を「偏っている」と感じる様になっている。危惧すべきは、日本社会にじわじわと広がる、こうした「体験としての修正主義」だ。修正主義を 社会が封じ込める事を怠って来たが故に「もう一つの歴史解釈」として受け入れる人が増えているのだ。(註⑥)

現在 欧州連合EU加盟国の約半数が ホロコースト否定を法律で禁じている。妄言に「自由な言論」などという看板を掲げさせてはならないが、法による規制は言論統制の手段にもなりかねない。修正主義を封じるのは 第一に十分な歴史教育であり、悪意ある言説を許さないという一人一人の意思であるべきだ。(註⑦ 引用ここまで)

この記事の受け止めは、読者各位のご判断に委ねたいが、拙的には、随所に左派容共臭が感じられてならないものだ。以下 個別列挙する。

(註①) 筆者は、記事冒頭で 欧米の歴史修正主義の悪意を引き合いに出したが、本心では、日本でも これに倣った法規制を志向しているのでは、との意図を感じざるを得ない。

(註②) 筆者は「南京事件はなかった」の様な 単純な史実否定は「歴史修正派」の烙印を押そうとの意図が感じられるが、指弾されている保守側も、事件自体は史実として受け止める見方が多数だ。規模や犠牲者数につき、中国大陸側が不当に増幅しようとするのに反論しているだけであろう。事実誤認の疑いが付き纏う。

(註③) 筆者はこの箇所で「歴史修正主義の見極めは、一般人には判断できない」様な物言いをしたが、前出の方々中にも、大学などで深い専門教育を受け、知識などを習得しておれば、可能性が開ける事もあるのではと心得る。よってこの箇所も、正確を欠く。

(註④) 筆者は「歴史修正主義者は、史実に反証できないため、発言に立証責任を負う意思はない」・・ちょっと待て。本当に、その様な断定ができるのか。前述の定義まがいの見方を覆す人物が出現したら、どう言い訳するつもりなのか?その時は、それこそ 筆者側の立証責任が問われる事になるが。

(註⑤) 筆者は、歴史修正主義につき「一旦土俵に上がった悪意ある言説は増殖し、社会的な合意を切り崩してゆく」とするが、この「社会的な合意」を歪んだ形で認知させ、増殖させる意図こそ 左派容共勢力の狙いと言う事を理解しているのか?

(註⑥) 筆者は「日本の若い世代は、現代史教育がタブー視される中で育ち、きちんとした歴史解釈に触れる機会が少ないため、むしろまっとうな歴史像を『偏っている』と感じる様になっている」とするが、具体的根拠に欠ける見方だ。断定するからには、更に踏み込んだ立証が必要なはずだが、そこは避けているのだろうか。

(註⑦) 筆者は「欧米の法規制は 言論統制の懸念あり」とするが、何故その様なやむなきとなったのかについての、丁寧な説明に欠ける。その様な措置に踏み切らざるを得なくなった事情が、国家による一定差こそあれ、厳然と存在するはずで『十分な歴史教育』を行っても、法規制に代るものにはなり得ない との現実から目をそらしている疑いがある。

以上、ざっと個別に見て参ったが、拙者には どうしても左派容共臭を拭う事ができなかった。学習院大並びに同女子大に、どれ位 こうした勢力が跋扈しているかは不明だが、こうした思考の関係者が増えれば、以前から左派容共色有りとされる、法政大学の次を行く事になりかねない。そうなれば、学齢に達した皇族方は、益々学習院大学を敬遠され、その歴史にも大きなダメージを及ぼす事となろう。今なら遅くないから、速やかに 左派的教導勢力を斥け、皇族方が学ばれるに相応しい、優れたバランスを誇る学府への回帰努力を願いたい。今回画像は、東京都内の田町付近で捉えた 東海道・山陽新幹線下り列車の模様を。

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