映画「袴田巌」プロジェクト    

2016年 春 全国ロードショー        

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カメラ越しの巖さん あれから1年 !

2015-07-10 11:01:39 | 監督日記

「はっきりいって正直どんな映画になるか今はわからない…」
なかば開き直りのような気持ちで撮影がはじまって、はや1年が過ぎた。
毎週のように袴田巖さんと秀子さんのお宅におじゃまし、
カメラを回し続け、撮影素材はすでに200時間を超えている。

「袴田事件は終わった、冤罪もない、死刑制度も廃止した・・・」
ある時は警視庁総監になり、ある時は裁判長になり、ある時は松尾芭蕉に・・・。

 事件のことを語る巖さんは未だに“妄想”という
自分の世界から抜け出すことができない。

しかしまったく表情がなかった頃から比べると
巖さんの気持ちが解きほぐされていると感じる時がある。
 突然はじまった将棋三昧の日々。私も、何度となく挑戦したが、
なんと73戦全敗。そのたびに、勝ち誇ったかのようにニヤッと笑顔をみせる。



親戚の赤ちゃんを抱いて、好々爺の表情。
身体に染みついているボクシングの話題になれば、
半世紀前の記憶がよみがえり、試合の論評もする。

 死に怯えながら独房という閉ざされた空間で
48年間を生きてきた巖さんにとって、ごく平凡でごくあたり前のことが、
本当は特別なことなのだ。

布団で寝る、お腹いっぱい食べる、買い物に行く、将棋を指す、
好物のあんパンを食べる、ゆっくりお風呂に入る、テレビを見る、
うたた寝をする、怒る、笑う・・・。

 巖さんの「妄想の世界」を、
日常という「現実の世界」がゆっくりと包み込んでいく。 
そしてその“平凡な日常”というものは、
実は誰にとっても一番大切なものだということに気づかされる。

 ずっと支援金などを貯めていた巖さんはその額が
10万円になった日からなぜかあんなに楽しんでいた将棋をやめた。
そしてひとりで買い物に行くようになった。
「釣りはいらない!」1万円出してそう捨て台詞をはく。
思わず聞いた時は笑いそうになったが
その行動や言葉をそのまま受け取ることはできない、
どうやら“神からの指令”だという。

 私たちの想像が及ばない巖さんの深い深い闇。
しかし“平凡な日常”のつみ重ねが光となって
その闇を照らしはじめているように思う。

どんな映画になるのか答えがでたわけではない。
時間の許される限り袴田巖さんの48年ぶりの暮らしに寄り添い、
生きることの尊さを静かに問いかけたい。


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