先日見たネットの特集の相談のとこで、異性同性を含めて人を好きになれなくて、あるいは人を
愛せなくて困っているうんぬんの記事を見た。けっこう若い人たちなのだ。
こんなことがあるのか…とちょっと驚いたが、事実のようである。それも男女を問わず、増えて
いるという。同性愛者でもないのに異性を好きになれないなんて、煩悩の塊のようなわたしなど
には考えられないことである。
例えば会社に魅かれる異性が居たとして、会社に行ってその人の顔をチラとでも拝顔して仕事を
するのと、見ることもできずに仕事をするのでは、張合いも違うし、気持ちの潤いが違うのだ。
ましてや、辞めて居なくなってしまったりしたらそれこそ…寂しいもんでありましょう。
しあわせ探し屋のわたしなど会社に行く足取りは相当重くなるに違いないし、行く気さえ無くなって
しまうかもしれないのだ。それほどに、魅かれた異性の力は強いのである。
人を好きになるのは自由な自分の感性なので、それが発揮できないというのは、確かに悲しいことに
違いない。しかし、人を好きになれないというのは、自分をも好きになれないのかも…と思って
しまった。わたしは以前苦しくて、自分が嫌になった時、自分を嫌ってしまうほど孤独なことは
ないと気付き、何はなくとも自分だけは嫌いになるまいと思ったものである。
まずは、自分の一番嫌いなとこを見つめて受け止め、いじいじと愛うしもうではないか。
そして兎にも角にも自分を好きになろう…と思う。それからなのだ、人に目を向けるのは…。
気が付いたら、その人の顔が見たくなり、会いたくなり…居ないと寂しくなるのである。
それが異性を好きになるということではないだろうか。
人生は宇宙単位でみるとほんとに短いのだ。あの流れ星のように、ほんの一瞬の煌めきで
終わってしまうのである。その一瞬の煌めきこそ、幸せの輝きではないだろうか。
ということは、そういう人が居るのは幸せってことになる。すると…かく言うわたしは…
しあわせってことか…ナ。ちょっとは光ってるってことかなあ…。
愛せなくて困っているうんぬんの記事を見た。けっこう若い人たちなのだ。
こんなことがあるのか…とちょっと驚いたが、事実のようである。それも男女を問わず、増えて
いるという。同性愛者でもないのに異性を好きになれないなんて、煩悩の塊のようなわたしなど
には考えられないことである。
例えば会社に魅かれる異性が居たとして、会社に行ってその人の顔をチラとでも拝顔して仕事を
するのと、見ることもできずに仕事をするのでは、張合いも違うし、気持ちの潤いが違うのだ。
ましてや、辞めて居なくなってしまったりしたらそれこそ…寂しいもんでありましょう。
しあわせ探し屋のわたしなど会社に行く足取りは相当重くなるに違いないし、行く気さえ無くなって
しまうかもしれないのだ。それほどに、魅かれた異性の力は強いのである。
人を好きになるのは自由な自分の感性なので、それが発揮できないというのは、確かに悲しいことに
違いない。しかし、人を好きになれないというのは、自分をも好きになれないのかも…と思って
しまった。わたしは以前苦しくて、自分が嫌になった時、自分を嫌ってしまうほど孤独なことは
ないと気付き、何はなくとも自分だけは嫌いになるまいと思ったものである。
まずは、自分の一番嫌いなとこを見つめて受け止め、いじいじと愛うしもうではないか。
そして兎にも角にも自分を好きになろう…と思う。それからなのだ、人に目を向けるのは…。
気が付いたら、その人の顔が見たくなり、会いたくなり…居ないと寂しくなるのである。
それが異性を好きになるということではないだろうか。
人生は宇宙単位でみるとほんとに短いのだ。あの流れ星のように、ほんの一瞬の煌めきで
終わってしまうのである。その一瞬の煌めきこそ、幸せの輝きではないだろうか。
ということは、そういう人が居るのは幸せってことになる。すると…かく言うわたしは…
しあわせってことか…ナ。ちょっとは光ってるってことかなあ…。