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僕が愛する俳句たち(13)牡蠣フライ、ジョン・F・ケネディー忌であった

2007-05-18 22:38:27 | 僕が愛する俳句たち
  牡蠣フライ、ジョン・F・ケネディー忌であった  池田澄子『ゆく船』


言うなれば、池田澄子の俳句は共感系だ。


  春は名のみの三角巾をどう干すか
  文化の日油断をすると猫背になる
  しばし見つめる作りすぎたる菊膾
  元日の起きる気力が漲らぬ
  修理して又いたむ家百日紅
  考えて徐々に腹立つ夕端居
  花冷えや日暮は外を見たくなる
  短日の燃やすものもうないかしら
  青嵐神社があったので拝む


そうです、僕たちは三角巾に干し方に困っているし、考えれば考えるほど腹を立ててしまう生き物なのです。おそらくあなたもついつい料理を作りすぎてしまったり、なんとなくベッドから起き上がれない朝があったりするはず。

その共感が、時折足を踏み外して、世界の真理をざらりと垣間見せる。


  塵取ではこぶ落葉のよく浮きぬ
  さざんかや走ると少し早く着く
  山椒魚ついつい山椒魚を産み
  体重計の針は一本たまたま春
  君子蘭部屋に日向と日陰あり
  忘年会ポン酢はるけきところにあり
  新鮮に死んでいるなり桜鯛
  袋に入れると片手で持てる西瓜かな
  初恋のあとの永生き春満月


あるいは、


  年を越すと思って年を越しにけり
  使い捨て懐炉をつかい捨てにけり


というような一見トートロジーの類に見える作品も、よくよく読んでみると、不意打ちのような驚きを僕たちに与えてくれる。




「池田澄子の俳句」を特徴付ける4つの視点を提示したい。


一つ目は「戦争への視点」である。


  松の花最敬礼は久しぶり
  TV画面のバンザイ岬いつも夏
  八月十五日真幸(まさき)く贅肉あり


「戦争は悲惨だった」と言ったり、「戦争は現実的に必要悪だ」と言ったりするのが、戦争について語ることでは必ずしもない。

ここで語られているのは、池田澄子という一人の人間の正直な実感だ。誰の意見に左右されるでもない、素直さだとか率直さだとかいったことだ。

それは、あまりにも短い俳句形式の賜物だということが、もしかしたらできるのかもしれない。



二つ目は「動物やモノへの視点」である。


  蝙蝠に生まれて上手に避(よ)け合えり
  おどりいでたる蚯蚓のみみずざかりかな


蝙蝠の避け方を「上手」と誉めてあげる、その温かい眼差し。
「みみずざかり」って、何て素敵な誉め言葉なのだろう。

かと言って、常に彼女が動物やモノに対してそのような眼差しばかりを向けているわけではないらしく、


  渡る鳥は渡らせておく握り飯


というドライな態度も、又、魅力。



三つ目は「自分への視点」。


  ちょっとルンバを踊る夜長の畳の上
  涼風や仮寝の私あーと言う
  湯上がりの我はももいろ桃咲く頃


澄子さんってば、可愛すぎる。

ちなみに前句集である『いつしか人に生まれて』の中には、


  余震のあとのイケダスミコとゼリーかな


というこれまたプリティーな作品がある。



そして、最後四つ目が「他者への視点」。


  カメラ構えて彼は菫を踏んでいる
  叔父よりも叔母が大声八つ頭
  

落ち着いている。
まるで場面の外側から状況をしみじみと観察しているような。


  元日のかわりばえせぬ夫や佳し
  星月夜家居の夫を窓から見る


夫を愛している。

かと思えば、


  おかあさんどいてと君子蘭通る
  初がすみ健筆をまた祈られし
  年下の博識の奴ひたし豆


なんてちょっと皮肉っぽい句もあったりして、さてさて、僕はどう見られてるのかな。・・・ちょっと怖いな。



以下、『ゆく春』の中から好きだった作品。


  触れて銅鑼の音を鎮める雪もよい
  日本の夜長スー・チーさんの髪飾り
  冬麗の火の見櫓は恥ずかしい
  うまく言えずなんかこうグラジオラス
  鳥帰るぬるくさびしい舌の味
  ゆく年のねェと呼ばれて捩じる頸
  燃えながら紙きれの浮く夕がすみ
  スリッパが脱げて夏風邪らしきかな
  言語せつなく富士山頂の凹みかな
  寒満月そう言えば命は尊けれ
  人生に春の夕べのハンドクリーム
  苔咲いて地上はついに天が下
  鏡拭く顔をよくよく見てよく拭く
  雨月かな早寝してあぁ耳が邪魔
  月・雪・花そしてときどき焼野が原
  椿咲くたびに逢いたくなっちゃだめ
  一年の計にピーナツの皮がちらばる
  折紙の鶴の処分にまた困る
  太陽は古くて立派鳥の恋
  さびしからん巨大舟虫 迅し
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5 コメント

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君は… (ミ)
2007-05-19 03:27:26
かなり賢い!この分析、スミコさんに見せてあげたいね。


できれば寝坊しなければもっと賢いね。
スミコサンは夫の (ゆうすけ)
2007-05-19 09:47:11
句も多いですが、父親もよく詠んでいます。けど、母親の句が少ない。このあたりが戦争への視点と関係してくるのではないでしょうか。
ふむふむ (久留島)
2007-05-20 12:38:56
戦争への視点はまぁよく言われそうなことですが
動物、自分、他者、の三つの分類が興味深いですな。
反戦をことさら主張するわけでもなく戦争の怖さ
とかいやらしさ?を表現できるのは、単純ですが
三橋敏雄と共通するかなぁと思っているんですが。
どーでしょね
あらー (sumi)
2007-05-20 22:59:06
ユ様、読んでくださって有り難うございます。
どちらの「ミ」様か存じませぬが(存じてますョ)ユ様の分析を読ませたく思ってくださって(^_-)-☆有り難うございました。
久留様にも、多謝。
うほっ (ユースケ)
2007-05-22 11:09:16
>ミさま
ミさまに誉められて、「おー、いろんな人に見られてる!」と今更ながらに気がついて、こそこそ手直しするくらいの賢さですけど(笑)。

最近は遅刻してません。大丈夫です。

>ゆうすけさま
その逆もあるんじゃないかな。つまり、戦争という状況やその結果が、父や夫といった身近な男性へのコンプレックスを増幅させた、みたいな。

>久留島さま
うほっ、三橋敏雄!
いいですよね、生前にお目にかかりたかった・・・。
三橋敏雄と池田澄子の共通するところ、僕も感じてはいます。むしろ、久留島さまのブログに期待(リンクしましょうよ)。

>sumiさま
そりゃあ、読んでますよ!
乱文、失礼いたしました。

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